小さな仕事にもきっかけがある『幸せへのまわり道』 #山崎ナオコーラによる線のない映画評
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小さな仕事にもきっかけがある『幸せへのまわり道』 #山崎ナオコーラによる線のない映画評

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 作家の山崎ナオコーラさんが綴る、映画をテーマにした連載エッセイ。今回は、ある記者と、米国の国民的子ども向けTV番組の司会者が交流したという実話を映画化し、トム・ハンクスが第92回アカデミー賞で助演男優賞にノミネートされた感動作『幸せへのまわり道』('19)について書き下ろしてもらいました。

文=山崎ナオコーラ @naocolayamazaki

 子ども向け番組で人気を博している大物司会者フレッド・ロジャース(トム・ハンクス)のところへ、雑誌「エスクァイア」の記者ロイド・ヴォーゲル(マシュー・リス)がインタビューをしにいく。

 物語としては、その2人の邂逅かいこうという、シンプルなものが描かれる。
 これは実話である、と冒頭にテキストが出る。実話を描く映画といえば、大きな事件や歴史的な人物を扱ったものが多いだろう。
 けれども、『幸せへのまわり道』は、雑誌記者である平凡な市民が主人公だ。平凡な市民の、家族関係の変化が描かれる。
 ロイドは、たまたま仕事でフレッドへのインタビューを行ったことで、自身の家族関係を見つめ直し、人生を大きく変化させるのだ。
 そう、ルーティンワークとして済ませることができる仕事、そのときだけの出会いとして自分を出さずにそつなくこなす人間関係、というものも、本気で取り組めば、人生が変わるかもしれない。

 個人的な話になってしまうのだが、私は雑誌にエッセイを書いたり、記者さんや編集さん、ライターさんなどによるインタビューを受けて話し言葉を記事にしてもらったり、といったことをほぼ毎月行っている。そのため、見慣れている仕事内容がこの映画の中にたくさんあった。ただ、私はこれまで、そういったことが「映画に描くことができるような工程がある仕事内容」、「記者さんや編集さん、ライターさんの人生を変えるきっかけになるかもしれない仕事内容」だとは、決して思ってこなかった。
 エッセイは、決まった文字数の中で、最大限の面白いテキストを起こす。インタビューされるときは、決められた時間の中で、一瞬の出会いを楽しみ、記事になりそうなことを話す。それが仕事だと思っていた。
 求められているのは自分ではなく、テーマなのだから、自分を出し過ぎることは記事を悪くする。テーマに沿ったことを書いたりしゃべったりしなければならない、とわきまえる必要性も勝手に感じ取り、自分を抑えていた。
 雑誌というのは、紙媒体でもネット媒体でも“フロー”なものだ。日々によって流され、やがては消えていく。それでいいのだ、時間や文字数に限りがあるのも面白いし、はかなくて淡い出会いも美しい。テーマに制限があることも楽しみたい。私は自分の仕事を、そう捉えてきた。
 けれども、『幸せへのまわり道』を見て、心が変わった。

 ルーティンワークの中にある、淡い出会いで、ふとしたひと言で、相手の人生が、あるいは自分の人生が、変化するかもしれない。

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 フレッドは、穏やかな語り口調で、落ち着いた雰囲気で、子どもに人気のある人物だ。聖人君子のように見える。
 しかし、常にそんな状態でいられる人間などいるわけがない。必ず影があるはずだ、怒りも抱いているはずだ、とロイドは、ちょっと意地悪な視線でインタビューを開始する。
 正直なところ、私も最初、ちょっと意地悪な視線を向けて映画を観賞していた。
 というのは、『幸せへのまわり道』は、ロイドと父親の関係に、フレッドが入り込んで、ロイドの「怒り」の感情に変化を加えていくことが最初に示唆されるのだが、「怒り」というのはそんなに簡単な感情ではない、とまずは思ったのだ。「怒りを抑える」だとか、「アンガーマネジメント」だとかという最近のはやりに私は懐疑的になっていて、人それぞれでしょう、怒ったっていいじゃないか、という考えがあったものだから、素直な視線を送ることがまずはできなかった。
 それと、親子関係の中に「怒り」が介在するのはよくあることで、それを取り除く方が良いか、そのままにして怒りを肯定する方が良いかは、ケースバイケースだろう。
 だから、ロイドが父親に対して怒りを抱いていることを、簡単に否定していいのか、という気持ちがあった。

 けれども、後半になって、「あ、映画マジックが起こった」と私は感じた。なんというか、映画でしか描けないことが、ここにはある。それが展開されていた。
 良いとか悪いとかという、善悪の問題なんてどうでもいいのだ。人生指南も受け取る必要はない。
「怒り」をどうするかなんて、本当に人それぞれだ。ここにはアドヴァイスなどない。
これは、ただの映画なのだ。素晴らしい映画だ。
 こういうことがあった、と描かれている。観る人は、シンプルに感動するだけでいいのだ。
 インタビュー記事を作る、というのは、室内で2人でしゃべるだけ、文字にするだけ、といった地味な仕事内容なのに、映画では、模型のオモチャによる街の表現、印刷工場での雑誌の印刷シーン、テレビの撮影の合間の会話、ピアノを弾きながらの感情表現、といった工夫が凝らされていて、とても鮮やかに目に飛び込んでくる。

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 ちょっとした仕事の中に、人生を変化させるきっかけが隠れている。
 それをどうするかは、自分で決めていい。
 ただ、ロイドとフレッドの間には、これが起こった。
 それが、映画という媒体でしかできない描かれ方で描かれていて、私は感動した。

ナオコーラさんnoteプロフ220118~

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