このままだって自分もヒーロー #山崎ナオコーラによる線のない映画評
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このままだって自分もヒーロー #山崎ナオコーラによる線のない映画評

 作家の山崎ナオコーラさんが綴る、映画をテーマにした連載エッセイ。今回は、DCコミックスのスーパーヒーロー、ワンダーウーマンの活躍を描くシリーズの第2作『ワンダーウーマン 1984』('20)について書き下ろしてもらいました。

文=山崎ナオコーラ @naocolayamazaki

 このところ、「ヒーロー」が気になる。
 個人的な理由なのだが、うちにいる5歳児がヒーローというものを愛しており、特撮やアニメを鑑賞したり、おしゃべりやお絵描きにやたらとヒーローを登場させたりするからだ。

 それで、私も自然とヒーローに接する機会が増えた。
 すると、「『悪者を倒すのが正義』みたいになっているけれども、悪者って絶対的な存在じゃないよなあ」「登場人物が特定の性別に偏っていて不自然だなあ」「今でも『この性別はピンク』とか、『愛されることが正義』とか、古いジェンダー観でキャラクターが作られ続けているんだなあ」といった、大人としてはなじみ難いところに出くわすことがある。つい、「子どもよ、ヒーローには確かに良さがあるが、これに染まらないでくれー」と思ってしまう。

 それだったら、もっとニュートラルなものを見せたり、自分で考える力が付くような教育を施したりしたら良いではないか、と言われるかもしれない。
 グーの音も出ない。確かにそうだ。
 けれども、子どもも5歳ともなると、もう他者であり、社会活動が始まっており、意志も強く持っており、触れるものをすべて親が選んでコントロールするというのも結構難しい。
 むしろ、親側が、「自分の『ヒーローというものへの嫌悪感』はどこから来るんだろう?」と考えた方がいいのではないか。他者はなかなか変えられない。まずは自分が変わった方がいい。
 そんなわけで、ヒーローについて考えてみたい、と、このところ思っていた。

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「ワンダーウーマン」というヒーローがいることは前から知っていた。「ヒーローの性別が気になる自分だから、観てみるといいんじゃないかな」と思っていた。
 ただ、静止画像だけだとコスチュームが必要以上にセクシーに感じられ、ちょっと手が伸びずにいた。
 だが、今回、とうとう観た。パティ・ジェンキンス監督による『ワンダーウーマン 1984』。
 もう、とにかく、主演のガル・ガドットがかっこいい。写真で見るよりも、動いているところの方が何百倍も魅力がある。ちょっとした姿勢、まばたきの仕方、子どもたちを守る動作、笑顔も真顔も、動きのすべてがクールだ。
 いや、ロングヘアーとか、露出の多い服とか、戦闘向きじゃないでしょ、……というツッコミはどうしたって心中に浮かんでくるのだが、そういうのが吹っ飛ぶくらいにガル・ガドットの多大な魅力が画面にあふれる。いつまでだって観ていられそうだ。

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 これは憧れるわ、正直、自分もガル・ガドットになりたいくらい、いや、私は正反対のキャラクターだけど……と思っていたら、今回の悪役はクリステン・ウィグ演じるバーバラで、登場時は、地味で存在感がないので周囲から気にされず、所在なく仕事している冴えない研究者だった。もごもごと自信なさそうにしゃべり、気配を消すように動くところを見て、「あ、私だ」と思う観覧者は多いのではないだろうか? 私も「バーバラは私だ。いつもの私は、バーバラみたいな感じで生きているもの」と、感情移入して観た。
 このバーバラが、「ダイアナ(ガル・ガドット演じるワンダーウーマンの本名)みたいになりたい」と願う。
 そりゃそうだよ、私だって、みんなだって、そう願うんじゃないの? と思ったのだが、この願いがとんでもないことにつながっていく。
 そう、そんなこと、願わなくて良かったのだ。元々のバーバラのままでもヒーローだったのだ。
 元々のバーバラは、職場の人に穏やかに接したり、家がなくなった人に差し入れをしたり、優しく清らかなものを持っていた。それこそがヒーローの特性だった。

 バーバラが酔っぱらいに絡まれるシーンがある。私は当初、この酔っぱらいを許せなく感じた。世間では「痴漢などの性犯罪者は、美人を被害者に据える」という誤解をされがちだが、実際にはダイアナのような強く美しい人よりもバーバラのような自信がなさそうな人を対象にしがちのようだ。理由は、逆らったり、訴えたりしなさそう、ということだと聞いたことがある。つまり、甘く見ている。
 だから、酔っぱらいに対して暴力を振るうのは、やり過ぎることがないような気が最初はした。
 でも、違うのだ。加害者に必要以上にやり返すのはヒーローじゃない。ヒーローというのは、もっときらりと光る行動をする。

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 もしも、現状の社会に簡単に受け入れられるようなストーリーを作るとしたら、ダイアナとバーバラの友情を優しく描き、バーバラも救う、というものになったと思う。「『女性』を良いキャラクターにし、『女性同士』の絆を描く」というのがこの頃の流行だ。でも、『ワンダーウーマン 1984』は一歩先を描いている。
 ジェンダーの問題で悩むとき、「まずは強くならねば」とつい思ってしまう。
 でも、弱くても、存在感がなくても、嫌なことを嫌だといい、訴えたいことを訴えていい。
 力を持てばいいということではない。これからは、加害者にならないことも考えていかなくてはならない。
 ラスト、公園でほのぼのと過ごす人たちの全員がヒーローなのだ、と感じられた。ダイアナもガル・ガドットもは魅力的だけれど、みんながみんなダイアナを目指さなくていい。
 そうだ、今のままの冴えない自分もヒーローのひとりなのだ。

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