おフザケしながらも大真面目! 笑いの中に込められた奥深いメッセージ
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おフザケしながらも大真面目! 笑いの中に込められた奥深いメッセージ

 映画アドバイザーのミヤザキタケルさんが、オススメの作品を1本ご紹介するのと同時に、その映画に合う作品をもう1本ご紹介する連載「シネマ・マリアージュ」。つまり<これを観てから、これを観るとさらに楽しめる>というコンセプトのもと、組み合わせの良い2作品を皆さまにお届けさせていただきます! 今回は、ともにアダム・ドライヴァーが出演しており、一見おフザケ映画に見えてしまうものの、その中身には奥深いメッセージが込められている『ブラック・クランズマン』『デッド・ドント・ダイ』をマリアージュ。

文=ミヤザキタケル @takeru0720

『ブラック・クランズマン』(’18)

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アフリカ系刑事によるKKK潜入捜査の実話

 第91回アカデミー賞脚色賞を受賞したスパイク・リー監督作。ロン・ストールワースのノンフィクションノベルをもとに、デンゼル・ワシントンを父に持つジョン・デヴィッド・ワシントンが主人公ロンを演じ、相棒のフリップ役にはアダム・ドライヴァー。1972年の米コロラド州。新聞広告に掲載されていたKKKのメンバー募集に応募したロンが、電話で交渉して面接まで漕ぎ着けると、対面では同僚の白人刑事フリップが出向き、2人で1人の人物を演じながらKKKの潜入捜査を進めていくことになるのだが…。

おフザケしながらも大真面目

 実話ベースであるとはいえ、奇想天外なストーリー展開に笑ってしまう場面もある本作だが、そのテーマは僕たちが生きる現代社会にも根強く残り続けているもの、「人種差別」である。おフザケ描写の数々と相まって、基本的には楽しみながら観ることができる作品だが、そういった作りであるからこそ、観客の警戒心を巧みに解きほぐし、より多くを感じ取れる状態へと導いてくれる。

 学生時代の授業や、時折流れてくる悲惨なニュースでアフリカ系の人々への差別に向き合うことはあっても、普段の生活の中で肌の色の違いによって生じる争い事に直接縁のない人もいるだろう。ただ、差別へと至ってしまうメカニズムや、根底に宿るものは、おそらく誰もが知っているし、その身に宿しているかもしれない。そういった本質的な部分を感じさせてくれるドラマがこの作品には内包されている。

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映画は多角的な見方や受け取り方ができる

 地元初のアフリカ系警官であるがゆえに、同僚の白人警官たちから嫌がらせを受けるロンの姿や、活動が加熱していく劇中のブラックパンサー党やKKKの姿から、自ずと見えてくることがある。それは、どんなに自分が惨めで無価値な人間に思えたとしても、底辺にいるのは自分ではないと思えれば、意外と人は生きていけるというもの。

 そんな思考でいるから、時折痛い目にも遭ってしまうものだが、口にしないだけで、自分より格下だと思える相手を心のどこかで確保していることはないだろうか? 人種差別に限らず、イジメやあらゆる差別がこの世からなかなか消え去らない。この映画の元になっているのは1970年代の出来事(実話)であるが、僕たち自身の問題でもあるのだ。

 映画に何を求めているかは人それぞれですが、バディものや潜入ものの要素も兼ね備え、笑いの中に現実的な要素を多分に含んだ『ブラック・クランズマン』のような作品を通して、映画は多角的な見方や受け取り方ができるものだということを強く実感することができると思います。

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『デッド・ドント・ダイ』(’19)

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鬼才ジム・ジャームッシュによるゾンビ・コメディ!

 映画好きの多くが通ることになるであろう鬼才ジム・ジャームッシュ監督。その最新作は、まさかのゾンビもの。ビル・マーレイ、アダム・ドライヴァーのW主演に加え、ジャームッシュ作品常連俳優陣が大集結! アメリカの田舎町で起きた変死事件を皮切りに、墓地から死者が次々とよみがえり、地元民が次々と犠牲になる中、警察署長のクリフ(ビル・マーレイ)と巡査のロニー(アダム・ドライヴァー)は、迫り来るゾンビとの激闘に身を投じていく。

 それまでのジャームッシュ作品からは想像もできない「ゾンビ」という意表を突く題材を扱い、賛否両論を巻き起こした本作であるが、『ブラック・クランズマン』を経て、広い視野を、捉え方次第でいくらでも評価や受け止め方が変化していく映画の在り方を心得ているあなたなら、作品の奥深くに込められたものを柔軟に受け止めることができるはず。たとえうまく受け止めることができなくとも、「つまらなかった」の一言で片付けることはせず、作品に込められたメッセージに思いを巡らせる時間を得ることができるだろう。

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ゾンビを通して描いていたもの

 ユーモア混じりのゾンビ・コメディ映画の体裁を取っているものの、その根底には僕たちが生きるこの社会、いや、地球規模の問題が描かれていたように思われる。冒頭における白人至上主義の男とアフリカ系の人物とのやり取りや、少年拘置所においていかなる事情があろうと男女をキッチリ分けようとする姿勢などから、人種差別・男女差別の要素が垣間見えてくる。

 僕たち人間はいまだ理解し合うことが叶わず、いがみ合っている。人類同士の不和を乗り越え、次のステージへと進まなければならない段階にまで来ているというのに。

 原因不明の白夜、止まる時計、怪しく光る月、突如飛来する飛行物体など、本作で目にするものは突飛なものばかりであるが、それらはまだ見ぬ光景を、いずれ訪れるであろう厄災の片鱗を暗示していたように思われる。地球温暖化がもたらす海面上昇や熱中症や食糧危機などのリスクは日毎に増していくばかり。

 今この時代を生きる僕たちの世代は問題なく生涯を全うできるかもしれないが、この先の世代がどうなるかは分からない。自分がいない100年後の世界などどうでもいいという考えもあるだろうが、恐れていたリスクが必ずしも僕たちの死後に訪れるとは限らない。場合によっては10年後、5年後、1年後、いや、明日にだって訪れるかもしれない。具体的にどういった危機に直面することになるのかまでは想像もつかないが、それが「ゾンビ」という形で具現化した際の人類の姿を本作は綴っていたように思われる。

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世捨て人なのは果たしてどちらか

 そうした視点で考えると、トム・ウェイツ演じる森で暮らすボブが「世捨て人」呼ばわりされていたことが違った意味を持つ。劇中においても、僕たちが生きる現実においても、彼の生き方は異端である。ただ、少し角度を変えて考えてみてほしい。森の中で自給自足の生活を送り、必要最低限の人工物しか所持していない。生きていくために動物を殺して食べてはいるが、それは食物連鎖からなる自然なこと。熊にでも遭遇すれば、自分が捕食対象になるリスクだって付きまとう。地球温暖化等の問題を考えた時、原発などのリスクを考えた時、地球に優しい生き方をしているのは、僕たちとボブ、一体どちらだろう。本当に世捨て人なのは、この先の未来を考えていないのは、果たしてどちらだろう。

 堅苦しいお話が続きましたが、基本的にはどちらも爆笑しながら見られるユーモアにあふれた作品です! その笑いの部分を拾うだけでも良し、本記事で記したような部分にまで視野を広げてみるのも良し、どう受け止めるかはあなた次第。そこに正解・不正解はありませんが、せっかく見るなら多くを感じ取れた方が楽しいに決まっている。それこそが映画の醍醐味ではないでしょうか。そんな映画の奥深さを感じさせてくれるであろう2作品、ぜひセットでご覧ください。

ミヤザキさんプロフ

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クレジット:
『ブラック・クランズマン』:© 2018 Lava Films LLC. All Rights Reserved.
『デッド・ドント・ダイ』:Credit : Abbot Genser / Focus Features ©2019 Image Eleven Productions, Inc.

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