私の中にもある移住の記憶 #山崎ナオコーラによる線のない映画評『ミナリ』
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私の中にもある移住の記憶 #山崎ナオコーラによる線のない映画評『ミナリ』

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 作家の山崎ナオコーラさんが綴る、映画をテーマにした連載エッセイ。今回は、韓国から米国アーカンソー州に移住した一家とその祖母の喜怒哀楽を描き、第93回アカデミー賞でユン・ヨジョンが助演女優賞を受賞するなど高い評価を受けたホームドラマ『ミナリ』('20)について書き下ろしてもらいました。

文=山崎ナオコーラ @naocolayamazaki

 人類は移住を繰り返してきた。
 ホモ・サピエンスはアフリカで誕生して以来、あちらこちらへ移っていき、世界中へ広がったのだ。ほとんどの人間が、移住した先祖から生まれている。
 本作には、その普遍的な記憶が描かれている、と私は感じた。

ミナリ』は、1980年代にアメリカはアーカンソー州へ移住した韓国系移民の物語だ。私は最初、「アメリカという土地」に「韓国系の移民」として移住したということが重要なのだと考えて、その国らしさに注目して観ようとしていた。だが、しばらくして、いや、いや、そうではない、と首を振った。国がどうの……というよりも、全人類の記憶の物語なのだ。

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 農業といえば、現代日本においては、「地道」「素朴」「真面目」といったイメージが漂っているように思う。でも、古来においては、「勝負」だったのではないか。成功と失敗の差が大きく、ドキドキハラハラする仕事だった。成功に向かって危ない橋を渡った人もいただろう。ひと昔前の農業家には、山師の雰囲気が漂う人も多かった気がする。

 大昔においては、自然による成功や失敗が大きかっただろうから、おそらく、賭け事っぽさがかなり強くあった。
 人間は、賭け事に夢中になる。
 賭けのように種を蒔き、成功するか失敗するかにドキドキし、そのスリルに夢中になり、「もっと良い土地ならば大成功するはず」と明るい未来を思い描きながら移住をする。その移住は往々にして家族連れで行われたと想像されるが、家族内の考えが完全に一致していたことは稀だっただろう。
 賭けるのが好きな人もいれば、安定志向の人もおり、親に従うしかない人、子どもに頼らざるを得ない人もいて、ばらばらの考えを持ちながらも、家族としての愛憎を抱き合い、粛々と生活を営んできたのに違いない。
 それは、地球上の様々な土地で繰り返されてきた。

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『ミナリ』の主人公、ジェイコブ(スティーヴン・ユァン)は、賭けるのが好きなタイプのようだ。成功を夢見て、アメリカの土地を耕す。
 妻のモニカ(ハン・イェリ)は、子どもたちの教育や健康に対する不安が強いらしく、成功ばかりを求めることに懐疑的だ。リスクの大きいことはしたくないという思いがある。且つ、都会育ちのため、農業になじみもないみたいだ。アーカンソーに引っ越してくると、まずは、ぼろぼろのトレーラーハウスに顔をしかめる。
 一人目の子どものアン(ノエル・ケイト・チョー)はしっかり者で、韓国の記憶も少しあり、母や祖母をよく助ける。
 二人目の子どものデビッド(アラン・キム)は、アメリカしか知らないので、韓国を懐かしがる母や、「クッキーを焼いてくれるような、アメリカのおばあちゃん」からは程遠い風変わりな祖母のスンジャ(ユン・ヨジョン)に、少し距離を感じている。ちなみに、監督・脚本のリー・アイザック・チョンはアーカンソーの農場育ちであり、半自伝的な物語として書いたようなので、デビッドは監督の分身的な存在でもあるのかもしれない。
 そして、モニカの母のスンジャは、かなりキュートだ。クッキーは焼けないが花札はできると七歳のデビッドに花札の手ほどきをしようとしたり、何かと悪口や余計なことを喋ったり、周囲に波風を立てまくる。人間っぽさ満載で、愛らしく、憎めない。最初はデビッドと距離があるが、少しずつ心を通わせていく。

 私はよく、こういった映画で、誰かひとりに肩入れして物語を追いがちになる。主人公か、あるいは、自分の属性に似た登場人物か……。だが、『ミナリ』は、特定の人物のみに肩入れすることなく観ることができた。
 父親の気持ちも、母親の気持ちも、子どもの気持ちも、祖母の気持ちも、よく分かるのだ。それぞれの思いを想像しながら、物語を追うことができた。
 それは脚本の力もあるが、俳優たちの力も大きい。
 ところどころでの表情のアップで、「そうだよね、そういう気持ちになるよね」と自分の感情がひとりひとりの俳優にリンクしていく。決して派手な演技ではないのだが、ちょっとした表情で、感情を伝えてくれる。小さな表情の積み重ねで物語が紡がれていく。

 私個人の人生では、移住や、大きな引越しの経験を持っていないのだが、人類の記憶のようなものが私の中にもあって、「ああ、私もいつかの昔に、この父親のような、この母親のような、この子どものような、あるいは祖母のような気持ちで、どこかからどこかへ移住したことがある」という思いが湧いてくる。

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 ミナリというのは、韓国語でセリを表す言葉だという。
 韓国から運んできたセリの種をスンジャが蒔くところ、その種が川の近くで育っていくところが印象的な映像になっている。
 そうだ、こうやって種が蒔かれていったのだな、と心が揺さぶられる。
 人と人とがぶつかり、土と植物がぶつかる。
 人の移動には、良いことも悪いこともある。全肯定はできない。
 けれどもみんな、一所懸命だったのだ。

ナオコーラさんnoteプロフ211224~

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