ムーミン作者の、恋愛と孤独と自由 #山崎ナオコーラによる線のない映画評『TOVE/トーベ』
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ムーミン作者の、恋愛と孤独と自由 #山崎ナオコーラによる線のない映画評『TOVE/トーベ』

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 作家の山崎ナオコーラさんが綴る、映画をテーマにした連載エッセイ。今回は、“ムーミン”の生みの親トーベ・ヤンソンの半生と知られざるムーミン誕生の舞台裏を描いた伝記ドラマ『TOVE/トーベ』('20)について書き下ろしてもらいました。

(※初回放送 6/30(木)後7:15)

文=山崎ナオコーラ @naocolayamazaki

 ムーミンは、日本で人気がある。
 童話や絵本が何度も訳し直されて出版されているし、何度かアニメ化もされてきた。大人がかわいいものを愛でたりキャラクターを推したりする文化がある日本なので、ムーミンのイラストをモチーフにしたグッズはどんどん売れ続ける。スナフキン、ミイ、ムーミントロール、トゥーティッキ、トフスランとビフスラン、ニョロニョロ、ムーミンパパ、フィリフヨンカ、スニフ、ムーミンママ……。日本人の多くが、これらのキャラクターの顔と性格を知っている。
 かくいう私自身、中学生の頃に文庫でムーミンシリーズを読んで以来、かなりのファンだ。出版されている童話はすべて読んでいるので、キャラクターもみんな分かる。
 そして、日本では、作者のトーベ・ヤンソン本人の人気も高い。ヤンソンは86歳まで生きた。高齢になってからの顔写真がよく知られている。「妖精を信じる(ムーミンは妖精だ)、自由なおばあさん」といった感じで親しまれている。フィンランドの小島に自分で小屋を建て、同性のパートナーと共に夏を過ごした、というエピソードも有名だ。そのパートナーの名はトゥーリッキ・ピエティラといい、『ムーミン谷の冬』に登場するトゥーティッキというキャラクターのモデルになっている。枯れたイメージ、友だちのようなパートナー、ドロドロした恋愛とは無縁の「おばあさん然」とした雰囲気が、日本の「日常好きでほのぼの系」の人たちの需要にはまるのだ。
 私も、ヤンソンのそういう雰囲気が好きで、自伝も読んだし、ヤンソンの住んだ家の写真集も持っているし、ヤンソンが夏を過ごした小島にいつか行ってみたいと夢想している。
 それから、近年は北欧人気も高い。暮らし方、家具、食器、服……、北欧っぽいおしゃれなものが今の日本にはあふれている。北欧では、持続可能なエネルギーの選択や、福祉の充実なども進んでいると聞く。
 私も、フィンランドなどの北欧をいつか旅してみたくて、憧れている。

 そんなわけで、映画『TOVE/トーベ』を観る前に、ムーミンのキャラクターたちの造形や、おばあさんの穏やかな日々、意識の高い北欧の暮らし、といったものが描かれることを期待した日本人は多いのではないだろうか?
 私も、てっきりそれを思っていた。

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 けれども、蓋を開けてみたら、ヤンソン(アルマ・ポウスティ)が若い。
 いや、若いといっても、青春時代というほどの若さではなく、シワが少しできつつあるもののまだまだ脂がのっている時期……。ドロドロした大人なのだ。
 まあ、そりゃ、そうだよな。初めからおばあさんだったわけがない。
 そう、ムーミンを描き始めたとき、ヤンソンはおばあさんではなかったのだ。
 ヤンソンは、異性とも同性ともドロドロした恋愛関係を築き、性欲を燃やし、父親との関係にイライラし、出世欲にも悩み、イラストではなく絵画に集中して芸術の王道を進みたいと本当は考えていて、それでも貧乏に耐えられず、自分の心を誤魔化しながらムーミンのイラストを描き始める。
 今でこそ、ムーミンは世界中で愛されており、商業的にだけでなく、芸術としても大成功したキャラクターになっているが、ヤンソンの小さな落書きとして生まれたときは、「芸術ではない」とヤンソン自身からバカにされていた。
 それが、結構、ショックだった。
 ムーミンのことを私は、ヤンソンが強い信念で生み出して、最初から完成されたキャラクターとして存在したものだと思い込んでいたのだ。
 そうではないんだな。芸術と金の間で葛藤し、苦し紛れに生み出されたんだな。
 映画では、ムーミンのキャラクターのかわいらしさや、北欧のライフスタイルといったものよりも、ヤンソンの人間味あるドロドロした感じに焦点が当てられていく。

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 ヤンソンは、自由を愛している。自分だけの生き方をしようともがく。性別にこだわらず、冒険に出る。結婚や出産といった、多数派が人生を築くためにやるようなことは、選択しない。恋人との関係は、世間一般にある「付き合おう」「別れよう」といった挨拶で区切るような固定観念に縛られず、距離ができても続いていく友情に似たものとして築く。父親を尊敬しつつ、父親の価値観から逃れる。人生作りを、すべて個人作業で行なっている。

 よく思い出せば、ムーミンシリーズのキャラクターたちにその思想は引き継がれている。確かに、ムーミンの世界は、かわいいだけではないのだ。孤独と自由が尊重される、厳しい世界でもある。
 作品の中に、必ず作家はいる。ヤンソンの思想は、ムーミンの世界の中にある。
 でも、作品の雰囲気が、作者の生活の雰囲気と似ているとは限らない。
 意外にも、ドロドロの恋愛と、孤独と自由で作られる厳しい生活の中で、ムーミンは生まれたのだ。

ナオコーラさんnoteプロフ220118~

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