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「おばさん」味というより人間味  #山崎ナオコーラによる線のない映画評

 作家の山崎ナオコーラさんが綴る、映画をテーマにした連載エッセイ。 今回は、滝を見るツアーに参加した7人の“小さな冒険”を描いた『滝を見にいく』('14)について書き下ろしてもらいました。

文=山崎ナオコーラ @naocolayamazaki

 私も「おばさん」だ。

 先日、近所の橋をひとりで歩いていたら、「ばばあが来た」という小声が聞こえた。小学校3、4年生くらいの子どもが7、8人、川岸に集まって遊んでいる。私は欄干に手を置き、その子たちをしばらく眺めた。私を指して「ばばあ」と言ったように取れたが、私が視線を向けると誰もこちらの方は見ず、ただ、河岸でじゃれ合っている。

 セリフを耳にしたときは、「大人に見られたらあんまりよくないような遊びをしていて、『大人が来たから隠せ』とわいわいやっている」といったシーンを想像したが、見ている限りでは、みんな仲良さそうにしていて、特に悪さをしているとは捉えられない。「人をばばあなんて言ったらいけないんだよー」ぐらい言おうかとも考えたが、私を指して言った確証もない。

 仕方ないので5分ほどしてから黙って歩き出したところ、また背後から「ごにょごにょ、ばばあが、ごにょごにょ……」と判然としないセリフが小さく聞こえた。

 悪い言葉を使ってみたい年頃なんだろうなあ、と思うが、やっぱり「ばばあ」はいただけない。じゃあ、「おばさん」ならいいのか? うん、悪意がないなら、まあ、「おばさん」は構わない。

 性別で区切られるのが嫌いな私だが、一般社会でそう呼ばれるのは、まあ、受け入れられる。だが、近年では、「ばばあ」よりむしろ「おばさん」という言葉の方が耳にしない。

 私が子どもの頃は、20代の人にさえ、「おばさん」という言葉を使っていた。でも、このごろは「おばさん」というのは親戚のことしか呼ばず、昔は「おばさん」と呼んでいたシーンにおいて、できる限り名前を聞いたり、スタッフさん、〇〇くんのママ、お店の人、給食調理員さん、などと呼び換えたりしている。

 現に、40代の私は、子どもからも大人からも「おばさん」と呼ばれた経験がない。この「ばばあ」が初めてだ。

 「おじさん」は結構聞く。でも、私自身は「おじさん」も差別用語に近いと思うようになったので、最近使わなくなった。
 年齢で区切って人を捉えるのは失礼、ということが世間に浸透しているのだろう。

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 だから、『滝を見にいく』を観る前、すごく楽しみな気持ちの中に、「ちょっと不安だな」という思いも混じった。

 「7人のおばちゃん、山で迷う」という惹句。

 出演者は、「40歳以上の女性、演技経験は不問」というオーディションで選ばれた、映画初出演もしくは演技初経験の方々だという。

 沖田修一監督のセンスはすばらしいと知っていた。『南極料理人』('09)がものすごく面白かった。群像劇がうまいこと、笑いのセンスが私好みであること、生活の中の小さな「人間らしさ」を拾う人であることが分かっていた。

 また、『滝を見にいく』の中に唯一登場するベテラン俳優は黒田大輔だ。『南極料理人』でもすごくいい味を出していた。私は、劇作家の前田司郎による「五反田団」の演劇で何度かこの黒田を生で見ている。ものすごくキュートで、今きらめいている俳優だ。

 笑えるのは間違いない。群像劇もうまく描いているだろう。

 でも、「おばちゃん」というところで、もしかしたら、私は引っかかってしまうかもしれない。

 「おばちゃん」ってこういうところあるよね、といった、あるあるネタを繰り出されたら、たとえ、「おばちゃん」を肯定的に捉えよう、下に見ているわけではない、という描き方だとしても、引いてしまう。だって、同じ人間なのだ。

 「自分たちとは違う存在」として「おばちゃん」を描かれるのは、たとえ尊敬の気持ちで描かれたのだとしても、つらい。「典型的なおばちゃん像」で笑いを取る時代は終わったはずだ。

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 観たら、杞憂だった。

 ゲラゲラ笑って、「人間だなあ」としみじみ感じた。

 監督が描きたかったのは、「おばちゃん」味ではなく、人間味だった。
若い人だって、性別が違う人だって、同じだ。

 ほとんど初対面と思われる7人の人間が、山の中で道に迷う。だんだんとあだ名が付いて、少しずつキャラクターが現れる。どうやって食べるか考えて、寝られないときは歌を歌う。気持ちを奮い起こすために、バカバカしい遊びをする。

 年齢や性別で区切るのはくだらない。だが、今の社会に「年齢や性別の区切り」から逃れて他者と付き合える人はほとんどいない。だから、いわゆる「同じカテゴリー」の人で集まったところを描写したい、という気持ちはなんとなくわかる。

 壁がないと錯覚して本心をむき出しにしがちだし、だからこそ気遣いが大事なんだと変なルールを作りがちだし、恋愛などの余計な要素がなくなって純粋になりがちだし、「人間らしさ」をすくいやすくなる。不思議な友情を描きやすくなる。

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 私は20代の頃に、母の英会話サークルのグループの人たち15人くらいと一緒に、オーストラリアの山を登るツアーに参加したことがある。私のほかは50代60代70代といった方々で、正直、山よりも、その人たちのノリを観察している方が面白かった。みんな、なぜか、2、3人のグループに分かれて行動したがり、なぜか、リーダー格の人を立て、なぜか、よく分からないルールを大事にし、なぜか、10分前行動を徹底し、なぜか、雑談を不自然なほどにまで頑張っていた。

 ある日の夕食時、私はツアーアテンダントと隣の席になったので、無言でいるのも悪いかと思い、雑談のつもりで「明日の予定ってなんでしたっけ?」と話を振ってみたら、「えっと、みんなの前で後で言います」とにっこり返され、そうか、ひとりだけに情報を伝えるのはトラブルの元なのだな、と察した。みんな同じ、と思うからこそ、難しくもなるし、面白くもなる。

 いわゆる「同じ属性」で、いつもとは違う場所に行く。そこに、人間らしさが漂うかもしれない。

 『滝を見にいく』は、とにかく人間らしい映画だ。

ナオコーラさんプロフ200925~

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▼山崎ナオコーラの『映画マニアは、あきらめました!』過去の記事はこちらからご覧になれます。

クレジット:©2014「滝を見にいく」製作委員会

緊張しながら投稿しているので嬉しいです!ありがとうございます!
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