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まだ終わっていない朝鮮戦争のこと―― 1本の映画から考える

 SDGs(Sustainable Development Goals)とは、2015年9月の国連サミットにて全会一致で採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す17の国際目標。地球上の「誰一人取り残さない(Leave No One Behind)」ことを誓っています。
 フィクションであれ、ノンフィクションであれ、映画が持つ多様なテーマの中には、SDGsが掲げる目標と密接に関係するものも少なくありません。たとえ娯楽作品であっても、視点を少し変えてみるだけで、われわれは映画からさらに多くのことを学ぶことができるはず。
 フォトジャーナリストの安田菜津紀さんによる連載「観て、学ぶ。映画の中にあるSDGs」。映画をきっかけにSDGsを紹介していき、新たな映画体験を提案するエッセイです。

文=安田菜津紀 @NatsukiYasuda

 今回取り上げるのは、EXOD.O.が主演した『スウィング・キッズ』(’18)。

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 朝鮮戦争時の捕虜収容所で結成されたタップダンス・チームに集ったのは、背景も動機も違う男女4人だった。黒人の下士官ジャクソン(ジャレッド・グライムズ)は、クリスマス公演を目指し、彼らのダンスを指導する。凄惨な時代を映画とともに振り返りながら、SDGsの「目標16:平和と公正をすべての人に」について考えたい。

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(SDGsが掲げる17の目標の中からピックアップ)

日本人にあまり知られていない「朝鮮籍」と「韓国籍」の背景

 ボールやクラブを自在に操り、巧みな技が決まるたび、会場から惜しみない拍手が送られた。2020年秋、世界的に活躍を続けるジャグリングパフォーマーのちゃんへん.さん(@CHANGHAENG)が、自身のこれまでの歩みを綴った『ぼくは挑戦人』を刊行したことを記念し、大阪市内でイベントが開かれた。

 最も得意とするディアボロは「中国ゴマ」の名でも知られ、個数が増えるほど難易度が増す。果敢に挑戦し続けるちゃんへん.さんの姿を、参加者たちは息をのみながら見守った。パフォーマンスが終わる頃、会場には不思議な一体感が生まれていた。

 汗を拭いながらマイクをとり、ちゃんへん.さんはこれまでの歩みを語り始めた。

 ちゃんへん.さんの家族は、朝鮮籍だった。時折、この「朝鮮籍」が、「北朝鮮籍」と勘違いされることがあるようだ。ここで少し、日本に生きる在日コリアンの人々が歩んできた歴史を振り返りたい。

 朝鮮半島出身の人々は、日本の植民地時代には「日本国籍」とされていたものの、終戦から数年後、今度は一方的に日本国籍を奪われ、特定の国籍を持たない「朝鮮人」として扱われることになってしまった。

 さらに米国やソ連の思惑で、朝鮮半島は二つの国に分断されてしまう。そして1950年6月、同じ民族同士が武器を向け合う朝鮮戦争が起きる。米国を主体とする国連軍が韓国側に立ち、北朝鮮軍を中国軍が支援した。今も休戦状態にあり、「戦後」を迎えられていない。

 1965年、日本は南側の韓国とのみ国交を結んだ。その際に韓国籍を取得した人もいれば、「朝鮮籍」のままでいることを選んだ人たちもいる。

 ちゃんへん.さんは小学校時代、「朝鮮人」であることを理由に、命を奪われていてもおかしくないほどの壮絶ないじめを受けている。そんな彼の人生で決定的な出会いとなったのは、中学時代、ふらりと立ち寄ったジャグリング・ショップで見た、ジャグラーのアンソニー・ガットのパフォーマンスだったという。

 ちゃんへん.さん自身がジャグリングで世界へと飛び出すためには、事実上「無国籍」である朝鮮籍よりも、韓国籍を取得した方が道が拓けるのでは、と母親の昌枝さんは考えたようだ。昌枝さんは意を決したように、ちゃんへん.さんを祖父母のところに連れて行った。そして号泣しながら祖母に土下座し、おでこを床に擦り付けながら、こう叫んだ。

「息子に韓国籍を取らせてください!」

 祖母はちゃんへん.さんの目の前で、昌枝さんを蹴り飛ばした。蹴られ続けながらも昌枝さんは、「息子の夢のためなんです! 一生のお願いです!」と、泣きながら繰り返す。やがて少し冷静になった祖母が、今度はちゃんへん.さんに向かってこう叫んだ。

「お前! 韓国国籍を取るとかぬかしてんのか!」。そしてさらに大声で、こう続けた。「お前は南北分断を認めるのか!」

 北と南、どちらかの国を選ぶということは、あの理不尽な分断を認めることなのだと、彼女は目に涙をためて叫んだのだ。

「お前は! 戦争という手段を使って一部の人間だけが幸せになろうとする奴らを認めるのか!」

 ステージ上でここまで語り終えると、とうとうと語っていたちゃんへん.さんが、一瞬言葉に詰まった。目が真っ赤だった。恐らく今日までにも、何十回、いや何百回と同じ話を人前で伝えてきたはずだ。それでも、言葉に詰まる。慣れることができない、慣れてはいけない痛みを、彼は語っていた。その心の揺れが波動のように観客側にも伝わってくる。さっきまでパフォーマンスに沸いていた会場が、水を打ったようにしんとなり、皆真っすぐに耳を傾けている。

 この話には続きがあった。昌枝さんと祖母のやり取りの時、静かにTVを観ていたはずの祖父が急に立ち上がって、こう語ったのだ。

 「俺たちの国は50年前に国が分けられ、兄弟や家族ともバラバラに引き裂かれ、戦争が始まってもうめちゃくちゃになった」。祖父の家族は北に兄、南に弟がいる状態で朝鮮半島が分けられてしまったのだ。日頃は無口な祖父が口を開いたことに、ちゃんへん.さんは驚いたという。

 そして祖父はこう続けた。「俺の夢は今も昔も変わってない! 祖国がまた一つになった時に、バラバラになった家族とまた一緒に暮らすことや! 俺の夢は叶わへんかもしれん。でも、こいつの夢は国籍を取るだけでチャレンジできるんや!」

 ちゃんへん.さんの祖父母はともに10代半ばの頃、さまざまな事情で日本に渡って来ている。朝鮮半島から出る時、祖母の持ち物は家の鍵と飴玉数個だけだったそうだ。後から来るはずの母と一緒に食べようと、空腹をがまんして飴を食べずにいたという。

 日本が敗戦を迎え、故郷に帰ろうという時に朝鮮戦争が起きてしまった。持ち出した「鍵」を再び使う日は、ついに訪れなかった。それでもこの日本で生き抜き、子どもを育て、そして孫のために生きようと努めてきたのだった。

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「戦争という手段を使って一部の人間だけが幸せになろうとする奴らを認めるのか!」

 映画『スウィング・キッズ』を観ながら、あの日ちゃんへん.さんが語った家族の言葉を、ありありと思い出していた。

 映画の舞台は1951年、国連軍の管理下にあった、韓国南部、巨済島の巨大な捕虜収容所だ。最大で朝鮮人民軍15万人、中国人民義勇軍2万人の17万人が収容されていたとされる。米国人の所長は、「収容所のイメージアップと宣伝になる」と、ブロードウェイのダンサーだった黒人の下士官ジャクソンに、捕虜のタップダンス・チーム“スウィング・キッズ”の結成を命じる。

 集まったのは、背景も動機も異にする4人だった。有名になれば、生き別れた妻に再会できるかもしれない、と参加を決めた民間人捕虜カン・ビョンサム(オ・ジョンセ)、栄養失調の中国人捕虜シャオパン(キム・ミノ)、貧しい暮らしをしながらも、4カ国語を話し、通訳を買って出た女性ヤン・パンネ(パク・ヘス)、そして朝鮮人民軍捕虜ロ・ギス(D.O.)だ。

 描かれているのは「前線」の凄惨さだけではない。「アカ」(共産主義者の蔑称)のレッテルを貼られた避難民は、村中から石を投げられ暴行された。さらには女性搾取、米軍の収容者蔑視、米軍内の黒人差別までもが、複雑に物語と絡み合う。

 そんな渦中、異なるバックグラウンドの(ジャクソンを含めた)5人でも、ダンスという共通言語であればつながり合えると思っていた。そこに、一筋の光が見い出せるかもしれないと、私は淡い期待を抱きながら観ていた。けれども現実は、そう甘くはなかった。

 戦争が続くほど、愛する人の命を奪われる者が増えていく。それはすぐに、抑えようのない憎しみに変わった。やがて収容所内で、共産主義か、資本主義か、南側を支持するか、それとも北側かと、捕虜同士がぶつかり合い、凄惨な殺し合いとなっていく。

 ロ・ギスはある時、仲間を裏切り密告をした友人を問い詰める。彼はロ・ギスをにらみつけながらこう切り返す。「資本主義や共産主義は、アメリカやソ連が勝手に作ったものだ! そのせいで、ばあさんを死なせたくない。人を殺し、国を分ける思想はばかげている」。

 間違いなく言えるのは、タップダンス・チームの5人は命の限り、彼らが掲げた思いを貫いた、ということだ。彼らがダンスを披露したクリスマス公演の演題は「くそ、イデオロギー」だった。

 映画を観終え、あまりの衝撃にしばらく立ち上がることができなかった。ふと、ちゃんへん.さんの祖母の言葉が心の中でよみがえる。「お前は! 戦争という手段を使って一部の人間だけが幸せになろうとする奴らを認めるのか!」。

 私の父の家族も、在日コリアンだった。父は死ぬまで、そのことを語らなかった。もしも朝鮮戦争が起きなければ、私の祖父母は朝鮮半島の故郷に帰ることができていたかもしれない。そうなれば、私はこの世に生まれていなかったのだ。考えると、言いようのない複雑な思いが沸き上がる。2020年、ようやく手にした祖父母の書類と、そこに貼られたモノクロの顔写真を見つめながら、心の中で語りかける。「ハンメ(おばあちゃん)、ハルベ(おじいちゃん)、あなたたちはどうあの時代を生き抜いて、どんな未来を望んでいたのですか」。

 朝鮮戦争は終わっていない。だからこそ、その終結を願い、この映画から「目標16:平和と公正をすべての人に」を改めて考えたい。「一部の人間」ではなく、あらゆる人が分かち合える、平和と公正を。

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安田さんプロフ

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