
こんな時代にこそ必要な勇気と希望。人に備わる可能性を描いた2本の長編デビュー作
映画アドバイザーのミヤザキタケルさんが、オススメの作品を1本ご紹介するのと同時に、その映画に合う作品をもう1本ご紹介する連載「シネマ・マリアージュ」。つまり<これを観てから、これを観るとさらに楽しめる>というコンセプトのもと、組み合わせの良い2作品を皆さまにお届けさせていただきます! 今回は、ともに監督の長編デビュー作であり、主演を務める俳優の実体験が物語に反映されている『37セカンズ』と『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』をマリアージュ。
文=ミヤザキタケル @takeru0720
『37セカンズ』(’19)
一歩踏み出す勇気を与えてくれる名作
第69回ベルリン国際映画祭パノラマ部門にて観客賞と国際アートシアター連盟賞のW受賞を果たした、アメリカを拠点に活躍するHIKARI監督の長編デビュー作。自身も脳性麻痺の佳山明が主演を務める。出生時に37秒間呼吸が止まったことで脳性麻痺となり体に障害を負った女性ユマ(佳山)と、彼女が漫画家としての夢を追い掛けていく中で出会うことになる人々や家族との関係を描いた人間ドラマ。
「知らない世界」ではなく、「知ろうとしていなかった世界」
一般的に知られることのない世界や、スポットライトが当たりづらい事象に焦点を当てた作品はいくつかある。観る前まで、本作もそのカテゴリーの一つだと思っていたのだが違っていた。そう、本作が描いていたのは、「知らない世界」などでは決してなく、日頃僕たちが「知ろうとしていなかった世界」。
僕たちが生きる日常に障害のある人たちは間違いなく存在しており、その事実から目を背けようとしていた自分を、心の弱さや都合の良さを、「知ろうとしていなかった世界」を、この作品は、物語を追っていく中で自覚させる。
ただ、それらが物語の主軸になっているわけではない。ユマが漫画家志望のゴーストライターであり、ひょんなことから成人向け漫画を描こうと決意するストーリー展開はユニークだ。また、YouTuberであったり、性のアレコレであったり、家族間の関係性であったり、うまくいかない現実であったりと、誰もが共感し得る要素や人間ドラマが紡がれていく。
一見「障害者が主人公の映画」「車いすに乗っている女の子の物語」という受け止め方をされてしまいがちだが、物語(脚本)の力強さが、観る人に健常者や障害者といったボーダーラインをかき消し、あらゆる誤解や偏見を取り除いた上で、真っすぐにユマの心を感じ取らせてくれる。
きっかけは何であれ、勇気を出して未知の世界へと飛び込んでいくユマ。その結果、惨めで、怖くて、寂しい思いもする。けれど、それらを経たからこそ得られるものや気が付けることにも直面していく。
僕たちが生きる人生と何ら変わらない。何事においても、初めから受け入れてもらえるとは限らないし、どうしても反りの合わない人はいる。でも、この広い世界には、まだ見ぬたくさんの人々が存在している。腐らず本気で生きていたのなら、その本気に呼応する人にだっていつの日かきっと出会えるに違いない。そこにたどり着くまでが一苦労ではあるものの、諦めない限り、可能性は絶対についえない。
ユマの行く道筋が、この作品の在り方が、より良き人生を歩んでいくために必要なすべを示してくれると思います。
『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』(’19)
人生に迷う大人のための青春映画
タイラー・ニルソンとマイケル・シュワルツの初長編監督作にして、世界中からさまざまなインディペンデント映画が集まるSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)映画祭2019において観客賞を受賞した青春映画。役柄同様、自身もダウン症であるザック・ゴッツァーゲンと、シャイア・ラブーフの共演で、プロレスラーを夢見るダウン症の青年ザック(ゴッツァーゲン)と訳あり漁師タイラー(ラブーフ)の奇妙な旅路が映し出される。
ザックの純粋無垢な心、悪ガキをちゅうちょせずブン殴るタイラーの真っすぐさ、近代的な建物が見当たらないノースカロライナ州郊外の素朴な景色、打算や計算を必要としない人間関係など、かつて誰もが有していた心持ちが、当たり前にあった光景が、今では失われつつあるたくさんのものが、劇中にはあふれている。
それらは、今からでも取り戻せるかもしれないが、決して容易なことではない。よほどの出来事や心境の変化でも訪れない限り、その一歩はなかなか踏み出せない。だが、夢のためにパンツ一丁で何も持たずに養護施設を飛び出したザックと、仕事で失敗して逃げ出したタイラーが歩んでいく旅路を通して、きっと多くのことを疑似体験できるはず。
さまざまな要素を併せ持つ『37セカンズ』に触れて解きほぐされた心であったのなら、余計なものを極力削ぎ落とし、シンプルな世界観の中で繰り広げられていく本作は、さながらスチームによって毛穴が全開になった肌に化粧水が浸透していくかのごとく、あなたの心を潤してくれることだろう。
奇妙な旅路は、やがて希望の旅路へ
親に捨てられ、老人の養護施設で暮らすザックのプロレスラーになるという夢を支える者は誰もいない。が、彼の夢を否定する者はごまんといる。聞き入れなければいいだけのことだが、毎日否定され続けていたのなら、いつしか心の灯が消えてしまうこともある。
その灯が消えかかっていたからこそ施設を抜け出し、成り行きで行動を共にすることになった男の存在が、芽生えていく友情が、繰り広げていく冒険が、彼を後押ししていくことになる。
そう、たったひとりでも信じられる味方がいてくれたのなら、踏み出すことのできる一歩がある。それはタイラーにとっても同様。兄を亡くし心に傷を抱え、親しい友人もおらず、同業者との間でトラブルを起こし追われる身となった彼に安息の地はない。が、余計な思惑や駆け引きなど用いる必要のないザックとの出会いが、彼にとっての転機となる。
亡き兄をその身に重ね、ザックを導いていく中で心の安寧を取り戻し、その果てに新たな一歩を模索する。そんな2人を見ていれば、『37セカンズ』において得たものを思い出せば、おのずと気が付くことになる。物事をややこしくしてしまっているのは、難しくしてしまっているのは、自分自身でしかないのだと。人生はこんなにも可能性にあふれているのだということを。
世間が定めるありもしないルールや価値観にとらわれがちで、スマホなくして生きられない人がほとんどで、金やSNSのフォロワー数などで人の価値が判断されてしまいがちな今の世の中だからこそ、本来あるべき人の営みを、人に備わる可能性を取り戻すきっかけを与えてくれる2作品を、ぜひセットでご覧ください。
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クレジット
『37セカンズ』:©37 Seconds filmpartners
『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』:©2019 PBF Movie, LLC. All Rights Reserved.