ホラー映画『ラ・ヨローナ~彷徨う女~』『インシディアス』ほか、2010年代の秀作をホラー好きライターが語る

マガジン「映画のはなし シネピック」では、映画に造詣の深い書き手による深掘りコラムをお届け。今回は、8月の映画特集「放送と配信で観る!背筋も凍るホラー体験」をピックアップ。ホラー映画好きライター・高橋諭治さんに、ラインナップされたホラー映画についてじっくり語ってもらいました。

文=高橋諭治

 2010年代のホラー映画の傾向や特徴を、ひと言で語るのは難しい。1970年代のオカルト映画、1980年代のスプラッター映画、1990年代の青春+スラッシャー映画、2000年代のP.O.V.(ポイント・オブ・ビュー)映画のような、分かりやすい“ブーム”が見当たらないからだ。それでもこの10年間には『ゲット・アウト』('17)、『アス』('19)のジョーダン・ピール監督、『へレディタリー/継承』('18)、『ミッドサマー』('19)のアリ・アスター監督をはじめ、独創的な恐怖を生み出す新たな才能たちが台頭。ハリウッドのみならず、ヨーロッパ、アジア各国でもユニークなホラーが盛んに作られた。この夏、WOWOWにはそんな2010年代ホラーの秀作&異色作が放送と配信で楽しめる特集が登場。まずは、放送で鑑賞できる作品の中からいくつかピックアップする。

 2010年代は私たちの日常生活にすっかり浸透したスマートフォンやSNSを媒介にして、恐怖が拡散されるという趣向のホラーが数多く作られた。“呪いのアプリ”をモチーフにした『カウントダウン(2019)』もその1本。自分の余命が分かるというアプリを何げなくダウンロードし、“余命3日”と宣告されてしまった看護師の壮絶なサバイバルを描く。逃れられない“死の運命”という設定は「ファイナル・デスティネーション」シリーズ('00~)を彷彿させるが、本作はタイム・リミットが迫ると死に神のごとき悪魔が出現するというオカルト風の味付けだ。

 『火の山のマリア』('15)のハイロ・ブスタマンテ監督が、中南米に伝わる有名な怪談をベースに撮り上げた『ラ・ヨローナ~彷徨う女~』('19)は、世界各国の映画祭で評判になったグアテマラ映画。軍事政権時代における大量虐殺の罪を問われた将軍とその親族が暮らす豪邸を舞台に、そこで続発する不可解な出来事を映し出す。同じ伝説をモチーフにしたハリウッド映画『ラ・ヨローナ~泣く女~』('19)は、洗練された作風の娯楽ホラーだったが、本作はグアテマラの血塗られた内戦の歴史を取り込んだ社会性の強い仕上がり。派手な見せ場はないが、ブスタマンテ監督の繊細な語り口が悲劇の犠牲者たちの怨念と悲しみをあぶり出していく。

 配信限定のラインナップに目を移すと、2010年代を代表するホラー・フランチャイズ、「死霊館」ユニバースの創始者であるジェームズ・ワン監督がそれ以前に発表した『インシディアス』('10)が見逃せない。息子が昏睡状態に陥ってしまった一家を襲う怪奇現象の数々を映す前半からして見応え十分だが、パトリック・ウィルソン扮する父親が幽体離脱によって“死者たちの世界”を探索していく後半のシークエンスのシュールな不気味さも圧巻。王道の心霊ホラー『死霊館』('13)とも趣向が異なるワン監督の奇抜なアイデア、細部へのこだわりが満喫できる。

 そしてホラー映画を知り尽くしたマニア筋をもうならせたのが、デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の『イット・フォローズ』('14)とドリュー・ゴダード監督の『キャビン』('12)だ。セックスによって感染する呪いを描いた『イット・フォローズ』は、『ハロウィン』('78)以降の1980年代ホラーの影響を色濃く感じさせる一作。さまざまな姿形に変化して迫ってくる邪悪な“何か”の描写の斬新さに加え、長回しの移動ショットを多用した演出、若い登場人物たちの心の揺らめきを繊細にすくい取った青春映画のテイストも異彩を放っている。

 夏休みに人里離れた山小屋を訪れた若者たちが主人公の『キャビン』は、いかにも“ありがち”な設定と思わせ、まさかのアクロバティックな仕掛けを炸裂させた衝撃作。『クローバーフィールド/HAKAISHA』('08)のD・ゴダードと「アベンジャーズ」シリーズのジョス・ウェドンが共同で脚本を担当し、ホラー・ジャンルのお約束を熟知した映画ファンの予想を根こそぎひっくり返す斬新なストーリーを創出した。

 非ハリウッドの優れたホラー映画にも注目したい。『チェイサー』('08)『哀しき獣』('10)という2本のクライム・スリラーでその名を知らしめた韓国のナ・ホンジン監督が、初めてホラーに挑んだ『哭声/コクソン』('16)は、田舎の村で続発する原因不明の猟奇事件の行方を描出。祈祷(きとう)師やゾンビが絡んでくる予測不能の展開で観る者を翻弄し、悪魔というオカルト要素を独自の視点で扱った映像世界が不穏な余韻を残す。イギリスのジェレミー・ダイソン、アンディ・ナイマンのコンビが自作の人気舞台劇を映画化した『ゴースト・ストーリーズ ~英国幽霊奇談~』('17)は、超常現象の嘘を暴こうとする大学教授の物語。オムニバス風の3つのエピソードに続くエピローグで、意外な真実を明かすトリッキーな構成がうまい。オーストリアの監督ユニット、ヴェロニカ・フランツとゼヴリン・フィアラによる『グッドナイト・マミー』('14)は、森に囲まれた一軒家で暮らす幼い双子の兄弟と顔面に包帯が巻かれた母親との関係を描くミステリアスなドラマ。疑念と悪意が渦巻き、狂気がじわりと増幅していくスタイリッシュな映像世界から目が離せない。

高橋諭治さんプロフ

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