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ポン・ジュノ作品の助監督を務めた、ただひとりの日本人 片山慎三監督が語り尽くす“ポン・ジュノの世界”

第72回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞、そして第92回アカデミー賞では外国語作品として史上初の作品賞に輝くなど最多4部門を受賞した『パラサイト 半地下の家族』(’19)。WOWOWでは同作を含め、ポン・ジュノ監督による傑作8作品を一挙放送する。
そこで、ポン・ジュノ作品で助監督を務めた経験があり、『岬の兄妹』(’19)で知られる片山慎三監督にインタビューを敢行。日本映画批評家大賞新人監督賞にも輝いた気鋭の監督が、ポン監督との秘蔵エピソードを交えて、8作品を深掘りする。

【片山慎三監督が語る】ポン・ジュノ監督の魅力

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 僕が最初に観たポン・ジュノ作品は、『殺人の追憶』(’03)です。DVDで初めて観た時に、ものすごい衝撃を受けたんです。「でもこれ、日本でも作れるな」って思ったんですよね。もちろん、いざ撮るとなったら難しいカットもあるんですけど、きっと頑張れば日本でも撮れるくらいの予算で撮っているし、「日本でもやれたはずなのに、どうして日本ではできないんだろう?」って、正直悔しさもありました。『シュリ』(’99)とか『JSA』(’00)みたいなスパイ映画だと南北問題を扱っていたりもするので、「日本じゃ作れないな」って思いがあったんですけど、『殺人の追憶』なら、世界中どこでも作れる映画じゃないですか。

 高校卒業後に大阪から東京に出てきて映像系の専門学校に通った後、TV番組の製作現場で助監督として働き始めてちょうど5年ぐらい経った時に、韓国人の後輩のジョン・ヒジリくんから「今度、ポン・ジュノ監督が東京で短編を撮るらしいですよ。片山さん、助監督やりませんか?」って誘われて、ポン・ジュノ組に参加させてもらえることになったんです。今から考えると、ものすごく運がいいですよね(笑)。

 ポン・ジュノ監督の第一印象は、「こんな大きい人だったんだ!」っていう驚きでした。身長が185cmくらいで、体重も100kgほどあるんですよ。「絵コンテを描く人らしい」とは聞いていたんですが、そうはいっても実際に全部描く人って、ほとんどいないんです。でもポン・ジュノ監督の場合は、本当に撮影前に全カット描いてきていて…。もともと漫画家志望だったみたいで、絵もすごく上手なんですよね。

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 オムニバス映画『TOKYO!』(’08)の一編で、僕が助監督として参加した『シェイキング東京』の撮影期間はおよそ3週間。一般的な日本映画の現場と比べたら長いですよね。印象的だったのは「常に指示が的確であること」と「どのポジションのスタッフもちゃんと仕事をしないといけないようなカットを考えるのがうまい」ということ。CGを使わないで工夫してカットを撮ろうと思ったら、全てのパートのスタッフが力を集結させないと良いものはできないんだってことを、ここで学びました。

 同作で僕は、エキストラの人たちを誘導していたんですけど、あるシーンを撮り終えた時に、「この場面は君のカットだよ」って、ポン・ジュノ監督に言ってもらえたんです。ポン・ジュノ監督はほめ上手で、人をやる気にさせるんです。「ちゃんと良いものができているんだな」っていう感覚が共有できるので、たとえ同じことを何度やらされても、みんな嫌な顔ひとつしないし、逆に監督のために自分から何でもやりたくなっちゃうんですよ。

 現場でいくつもパターンを変えて撮っていくのがポン・ジュノ流なんですが、さすがに40回ぐらい同じことを繰り返していると、さっきと何が違うのかだんだん分からなくなってくる(笑)。それくらい、ポン・ジュノ監督は絶対に妥協しないんですよね。ポン・ジュノ作品では、編集マンが現場にいて、その場でつないだ映像を見ながら撮影をするんです。問題がある箇所がすぐに分かるという利点があるから、多少時間がかかっても最終的には無駄が少なくなる手法だと思います。

 その後、ポン・ジュノ監督が『母なる証明』('09)を撮影すると聞いて、「ノーギャラでいいから参加させてください!」と監督に直々にお願いしたら参加させてくださって。やること自体は日本と変わらないので、邪魔にはなっていなかったとは思うんですが、僕は最初、韓国語が全く話せなかったんですよ。でも周りのスタッフがすごく親切にしてくれて、電子辞書を使って意思疎通しているうちに、少しずつ言葉が分かるようになってきて。「日本の現場と韓国の現場はどう違うんだ?」みたいなことを逆に聞かれたりもしましたね。同じくらいの年頃の若者たちと半年間寝食を共にしていたので、すごく楽しかったですね。当時の仲間とは、今でもやりとりしています。

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【片山慎三監督が語る】ポン・ジュノ監督8作品

■ポン・ジュノ監督の原点『ほえる犬は噛まない』('00)

 ペ・ドゥナさんがとにかくかわいい(笑)。ポスタービジュアルとか見た目はポップな感じなんですが、意外とグロテスクなシーンもあったりして、ブラック・コメディとして観るとすごく面白い。

 他のポン・ジュノ作品をいろいろ観た後に改めて観直すと「やっぱりポン・ジュノ監督の原点だ」って感じるところが多いんじゃないかと思います。『パラサイト 半地下の家族』にも消毒作業をするシーンが出てきますけど、この作品にも煙をまくシーンが出てくるし、たしか『グエムル 漢江の怪物』でもやっていたはずなので、既にこの頃から好きな要素が一貫していたんだろうな、という見立てができますね。

■入門編として最適な『殺人の追憶』(’03)

 これはソン・ガンホさんの存在が際立っている映画ですね。冒頭の音楽からして、すごくいいんですよ。最初のバッタを捕まえる少年の顔のアップから、徐々にカメラが上がっていくと田園風景が広がって、その奥の方に走っているトラクターの後ろにはソン・ガンホさんが乗っていて。さらにそれを子どもたちが追い掛けている。それだけでもう「映画だなぁ」と思わされるというか、一気にその世界に引き込まれるんですよ。で、いきなりその後、死体を見せるじゃないですか。その辺の緩急のバランスがうまいんですよね。

 緊迫感のあるシーンでもちょっと笑えるようなカットを入れ込んだりして、いろんな要素がちりばめてあるから、退屈せずに観られるのが特徴です。普通は得意なパターンが決まっていたりするものなんですが、その都度さまざまなリズムを作っていくのがポン・ジュノ監督の特徴でもありますね。刑事モノなんですけど2人の刑事を通して韓国の歴史が見えてくるところも秀逸です。『パラサイト~』でポン・ジュノ監督を知った人も絶対に楽しめるはずなので、ポン・ジュノ作品の入門編として最適です。ラスト・カットにも、ぜひ注目してほしいです。

■勧善懲悪じゃないのが面白い『グエムル 漢江の怪物』(’06)

 公開当時に映画館で観ました。浦沢直樹さんの漫画「20世紀少年」にすごく影響を受けているんだろうなというのは伝わってきました。家族がバラバラになって、また集結していく作品なんですが、“勧善懲悪”じゃないところが面白い。怪獣のグエムルも結局は人間が生み出したもので、それに対して人がどう反応するかっていうのがリアルに描かれていて、そこがすごく良かったですね。

 この作品の一番の注目ポイントは、グエムルがすぐ出てくるところ(笑)。一般的な怪獣映画は、怪獣が全貌を現わすまで時間がかかるじゃないですか。『殺人の追憶』の次の作品が『グエムル~』っていう、ジャンルを統一しないところが、監督の狙いだと思うんですよね。

■コロナ禍と重なる? 『TOKYO!』の一編『シェイキング東京』(’08)

 『TOKYO!』は、レオス・カラックス監督とミシェル・ゴンドリー監督と、ポン・ジュノ監督が東京を舞台に撮ったオムニバス映画なんですが、3本ともそれぞれ個性があって面白いですよね。ポン・ジュノ監督が撮った『シェイキング東京』は、引きこもりをテーマにした映画で、「誰もいない渋谷のスクランブル交差点」が出てくるんですが、コロナ禍でまさかの現実になっちゃいましたね。自粛中は、実際にそういう映像がニュースに出てましたから。そういった意味では、今観るとより一層面白いかもしれないですね。

 香川照之さん演じる引きこもりの男が、トイレットペーパーの芯を自分の手のひらに押し付けてできた丸い跡が、坂道の滑り止めとして彫られた「〇」につながっていくシーンが印象的。ポン・ジュノ監督が渋谷を歩いていた時に、坂道の滑り止めの「〇」に興味を持ったらしくて。蒼井優さん演じるピザ店のデリバリーの子が着ているユニフォームも、実際に監督が渋谷で見かけたらしいんですよ。当時の東京の空気感を取り入れた作品だと思いますね。

■意表を突いたシーンも面白い『母なる証明』('09)

 自分がスタッフとして加わったこともあって、なかなか客観的には観られないのですが、僕が好きなのはウォンビン演じる主人公がバスにおしっこを掛けながら、母親に薬を飲まされるシーン。上から液体を入れて同時に下から出すなんて、意表を突いていて面白い(笑)。

 撮影中最も印象的だったのは、ポン・ジュノ監督が“韓国のお母さん”と呼ばれる母親役のキム・ヘジャさんに、「スパナを持って全力で殴るシーン」を60テイクくらいやらせていたこと。たしか当時70歳近かったと思うんですが、いくら相手が大御所でも絶対に妥協しないんですよ。もちろん、ちゃんと他のシーンで手厚くケアしているからこそできるんでしょうけどね。当時“韓流四天王”と呼ばれていたウォンビンさんは、不思議な魅力を持った俳優さんでしたね。

■『パラサイト』にもテーマが通じる『スノーピアサー』('13)

 階級社会を列車に例えているという意味では『パラサイト~』に通じる部分もありますよね。ティルダ・スウィントンクリス・エヴァンスとか、キャストがめちゃくちゃ豪華で、巨匠の作品という感じがしますね。個人的には「輪転機に虫が入って回ってるところは絶対描くな!」って絵描きに注意するところと、終盤、主人公と対峙する男が、わざわざ魚の切り身にオノを入れて、血を滴らせるところが面白かったですね(笑)。

■偶然性の演出もうまい『パラサイト 半地下の家族』(’19)

 これはすごい映画ですよね。仕事で台湾に行った時に、ちょうど劇場公開してたんですよ。英語と中国語の字幕版だったのですべて理解できたわけじゃないんですが、映像だけ観ていても十分面白さが伝わってきて、興奮のあまり2日連続で観に行ったんです。でも、ネタバレ厳禁なので、「絶対見ろ!」ってこと以外、誰にも何も言えない状況がつらかった(笑)。その後、日本語版の試写を阪本順治監督と一緒に観たんですけど、試写後は阪本さんもぼう然とされていましたね。

 ポン・ジュノ監督に「洪水のシーンはどうやって撮ったんですか?」って聞いたら、「大きなスイミングプールの中にセットを建てて、実際に水を入れて撮影した」と。日本だったらきっと脚本に書いた時点で「これ要る?」って話になって削られそうなところを、ちゃんとやり切るところがすごいなぁと思いますね。金持ち一家が暮らす邸宅もセットだし、半地下の街も実際に作っている。セットだと撮り方に自由が利きますからね。コントロール可能な空間を作れたことが、本作が成功した秘訣かもしれないですね。

 その一方で、監督は全てをコントロールしているようで、偶然性を演出するのも実はうまい。観客に感情の押し付けをしないところがすごく面白いなと思いますね。映画の中で、ソン・ガンホさん演じるギテクが、握手をした後、「手を洗った?」って聞かれる場面があるんですが、その時チラッと上を見るんですよ。そのとぼけた表情は、きっとたくさんのパターンを撮った中で偶然撮れたんだと思うんですが、そのさりげなさがすごくいいなと。

■カラー版より先に観ても?『パラサイト 半地下の家族[モノクロ版]』(’19)

 もしまだ『パラサイト~』を観たことがないのなら、あえてモノクロ版から先に観るのもオススメです。モノクロ版はちゃんと黒が締まっていて、色がない分、より物語に入りやすい部分もあるし、構図や人物の表情に集中できるという良さもあります。とはいえこれだけ話題になった作品なので、劇場公開時に既にカラー版を観ている方も多いはず。今回の放送時はあえてカラー版をいったんスルーして、後から放送されるモノクロ版を観た後、さらにカラー版を録画して改めて観直すのもいいんじゃないでしょうか。モノクロ版をテレビで観られるチャンスはなかなかないと思うので、貴重な機会になると思いますね。

 『パラサイト~』は、一回だけ観ただけじゃよく分からない部分もあるから、何回も観たくなるんですよ。実はポスタービジュアルにもヒントがいろいろ隠されていたりもするので、繰り返し何度も観ながらじっくり読み解くのにピッタリな作品だと思いますね。

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 ポン・ジュノ組は、『母なる証明』から『パラサイト~』まで、カメラマンがずっと一緒でホン・ギョンピョさんなんですよ。カンヌに続いてアカデミー賞まで受賞したからには、ホラーとか、ミュージカルとか、ベタな恋愛モノとか、これまでとは全然違うタイプの作品も見てみたい。ポン・ジュノ監督が次にどんな作品を撮るのか楽しみですね。

 ポン・ジュノ組に『母なる証明』で参加させてもらう前、実は映画の仕事を辞めようと思っていました。『母なる証明』の現場を終えて韓国から日本に帰ってきて「何をしようかな?」と思っていた時に、山下敦弘監督の現場にスタッフとして入ったんです。山下さんと出会えたことで、「日本にもちゃんと自分が好きなことをやっている人がいるんだな」って思えて、僕も『岬の兄妹』を撮ってみようかなという気持ちになれて。

片山監督の初長編映画『岬の兄妹』('19)は、障害のある兄妹が生き抜くためにやむなく犯罪に手を染める物語。アワードでの新人監督賞受賞など、多方面で評価された。11月1日(日)深夜にWOWOWで放送。

 結果的にあの作品が、僕のターニングポイントになりました。『岬の兄妹』が話題になったおかげで、監督のオファーも沢山いただけるようになりました。いますぐ全部できるわけではないですが、基本、「いただいたお話は断らない」を信条にしています(笑)。

 まだあまり詳しくは言えないんですけど、今、新作映画の準備をしています。「日本映画界でこれをやるんだ!」っていうくらい、面白くて攻めた映画をオリジナル脚本でやりたいなと思っているので、それが実現したらすごく貴重な一本になるんじゃないかな。 

片山慎三(かたやま・しんぞう)
大阪府出身。1981年生まれ。中村幻児監督の映像塾卒業後、ポン・ジュノ監督作品や山下敦弘監督作品で助監督を務めた。初長編映画『岬の兄妹』('19)が第29回日本映画批評家大賞新人監督賞に輝いた。短編『そこにいた男』('20)が、主演の清瀬やえこの出身地である長野県の長野松竹相生座/長野ロキシーで先行上映後、11月13日(金)からアップリンク渋谷、アップリンク京都で公開。

取材・文=渡邊玲子
インタビュアー、ライター。「DVD&動画配信でーた」「キネマ旬報」「キネマ旬報NEXT」「nippon.com」などでインタビュー記事やレビューを執筆中。国内外の映画監督や俳優が発する言葉に必死で耳を傾ける日々。
撮影=岩下洋介


▼『岬の兄妹』の詳細はこちら

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