イラストレーター・信濃八太郎が行く 【単館映画館、あちらこちら】 〜「新文芸坐」(東京・池袋)〜
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イラストレーター・信濃八太郎が行く 【単館映画館、あちらこちら】 〜「新文芸坐」(東京・池袋)〜

 名画や良作を上映し続けている全国の映画館を、WOWOWシネマ「W座からの招待状」でおなじみのイラストレーター、信濃八太郎が訪問。それぞれの町と各映画館の関係や各映画館の歴史を紹介する、映画ファンなら絶対に見逃せないオリジナル番組「W座を訪ねて~信濃八太郎が行く~」。noteでは、番組では伝えきれなかった想いを文と絵で綴る信濃による書き下ろしエッセイをお届けします。今回は東京・池袋の「新文芸坐」を、白石和彌監督とともに訪れたときの思い出を綴ります。

文・絵=信濃八太郎

白石和彌監督と新文芸坐へ

 「はじめまして、映画監督の白石和彌です。『W座からの招待状』、いつも拝見してます」

 にっこり笑ってあいさつしてくださった白石監督にいきなり面食らってしまった。
小山薫堂さんと二人、門外漢が勝手なことばかり言っているこの番組を見てくださっていると、まさか監督ご本人から聞くとは想像していなかった。
「いつも拝見してます」
こちらが言うべきせりふをすっと取られ、受ける笑顔が引きつって撮り直しとなってしまった。

 白石監督の作品は「W座からの招待状」邦画作品最多といえるほど何度も登場いただいている。
『彼女がその名を知らない鳥たち』(’17)『孤狼の血』(’18)『止められるか、俺たちを』(’18)『凪待ち』(’19)の4作品。「何か余計なこと言ってなかったっけ」と浮き足立ってしまったけれど、こちらの照れや緊張を察してくださったのか、口ごもるあいさつを受けてくださる監督の笑顔がなんとも優しい。

 カメラが回ってないところでも「新文芸坐よくいらっしゃるんですか」「(飾られているポスターを見ながら)『戦メリ(戦場のメリークリスマス) 4K』はすごいですよ」「『愛のコリーダ修復版』はモザイクが…」などと気さくに話し掛けてくださって、おかげでいつもの心持ちに戻ることができた。

 今振り返るとそれも百戦錬磨の監督の、素人インタビュアーへの「地に足を着けろ」という即興演出だったんじゃないかと思えてくる。一緒に仕事をしたい俳優さんが後を絶たないと聞くけれど、よく分かる。丸ごと受け止めてくださる安心感がすごい。いきなり惚れてしまった。

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 全国のミニシアターを紹介する番組「W座を訪ねて~信濃八太郎が行く~」ではこれまで23館を訪問してきた。今回は第2シーズンラストの24館目。本編である「W座からの招待状」の番組開始10周年を記念して、白石和彌監督ご推薦の映画館を一緒に訪ねることになり、東京・池袋にある「新文芸坐」にお邪魔することとなった。

 新文芸坐は1956年に開館し1997年に惜しまれて閉館した「文芸坐」を引き継いで、2000年12月12日にオープンした。文芸坐時代から変わらず2本立てを基本とするいわゆる「名画座」である。毎週末に行なわれているオールナイト上映は新文芸坐を大きく特徴付けるもので、通常の編成をそのまま深夜にシフトするのではなく、一夜のためだけにスタッフの皆さんが熱意を持って番組を組んでいる。

 北海道から映画監督を目指して東京に来た白石監督が、最初に訪れたのが文芸坐だったのだそうだ。
「大島渚監督や大林宣彦監督など『監督特集』をよく観に来ました。若松プロダクションに入ってからも、まだ観てなかった若松(孝二)さんの作品などがかかるとこっそり観に来てましたね。観てませんなんて言えないから(笑)。映画は劇場で観る時間だけじゃなく、行く道、終わった後の余韻すべてなんですよね。劇場を出ると街の景色の見え方が少し変わっている。そこまでが映画なんです」

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新文芸坐と和田誠さんとマネジャー花俟さんと

 新文芸坐が入る3階でエレベーターの扉が開き、中に入るとまず目に飛び込んでくるのは壁一面を埋め尽くすイラストレーター和田誠さんのドローイングだ。『ロイドの要人無用』(’23)から『レオン』(’94)まで、和田さんが選んだ100本以上の名画のワンシーンがシンプルな線で描かれ、年代順にレイアウトされてガラス壁に印刷されている。イラストレーターにはもちろんたまらないけれど、映画が好きな人であれば誰でも見入ってしまうだろう。

 新文芸坐のマネジャー花俟良王はなまつりょおさんがお話しくださった。
「この壁一面の和田誠さんの絵は当館の宝です。新文芸坐として新たにオープンする時に、前の支配人がたまたま駅で和田さんをお見掛けして話し掛けたことがきっかけでこの絵をプレゼントしてくださいました。和田さんのご著書『お楽しみはこれからだ』の絵のほか、描き下ろしてくださったものもあると聞いてます。和田さんとはそんなご縁もあって『和田誠監督デー』として和田さんが撮られた作品を一日上映したこともありました。その日は和田さんとゲストの方をお招きしてトークイベントをやったり、和田さんがお持ちの秘蔵映像をみんなで観たりと、ぜいたくな一日でした。お亡くなりになってしまい本当に悲しい気持ちです」

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 僕も和田さんには大変お世話になった。
自分の展覧会の芳名帳に、あの絵そのものの文字で残してくださった「和田誠」のサインを初めて目にした瞬間の、そのうれしさ誇らしさは今も胸の内で礎となっている。スタート地点に立てたような気持ちになったものだ。師の安西水丸先生のお別れ会に際しても、準備の最初から和田さんにご相談に伺って的確なご指示をいただき、当日の司会までお引き受けくださった。後日、事務所にて和田さんと安西先生の二人展の映像、一杯入ったお二人による掛け合い漫才のような作品解説の様子を見せていただきながら一緒に笑った夜もあった。お二人とお話しすることはもうかなわない。新しい作品を目にすることもできない。言葉通り、目の前にそびえ立つその壁の大きさに途方に暮れてしまう。

 隣で白石監督がぽつりとおっしゃった。
「ファンとしてあともう一本映画を撮ってほしかったですね」
そうか、和田さんはイラストレーターだけでなく映画監督としても後進に影響を与えているのかと、その言葉が胸に染みた。

 「このかいわいには今も街のにおいがしっかりとあって、一本路地を入ると猥雑な空気が残っている。同じ作品でも新文芸坐で観ることでまた別の味わいが得られるんです」と白石監督が言う。その空気を捉えるべく、監督作『牝猫たち』(’16)では劇場の前で撮影もされている。

 「そうですね『復讐するは我にあり』(’79)の頃から、風景は変われど雰囲気は変わってないんですよ。どんどん開発、発展する東京の中ではとても貴重な場所だと思ってます」と花俟さん。今村昌平監督の『復讐するは我にあり』で、緒形拳演じる連続殺人犯の榎津が、まさに旧文芸坐を出て雑踏を歩くシーンがある。『牝猫たち』と合わせると、映画が時代を記録し、つないで見せてくれるのが面白い。

文芸坐の“三つの魂”を今に引き継ぐ

 今回の取材時には「美しくしなやかな華・ 悪女たちの宴」という特集をやっていて、岡本喜八監督、団令子主演『地獄の饗宴うたげ』(’61)や小林正樹監督、岸惠子主演『からみ合い』(’62)など、1週間で8本の作品が上映されていた。僕が観た丸山誠治監督、草笛光子主演の『悪魔の接吻』という1959年の作品には、新宿西口の、今のビル群からは想像もできないのどかな風景が残されていた。なにせ60年も前の映像なのだ。『牝猫たち』に映る今のこのかいわいのにおいは、いつまでこのまま残されているんだろう。

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 街の風景とは違って、人の世は60年くらいではたいして変わらないことも『悪魔の接吻』は教えてくれた。愛人に妻殺しを持ち掛けられた男の行く末を、次から次へとどんでん返しで描くサスペンス。草笛光子さんの美しさ、モノクロームのスタイリッシュな映像に、テンポ良く展開するシナリオと迫力ある音楽が重なって、古さを全く感じさせない。そんな感想を花俟さんにお伝えすると、
「その通りなんですよ。当時の映画は他では観られない、まさに劇場で観るためだけに作られていますので、大きなスクリーンで味わうその迫力は今も全く古びていないんですよね」

 てっきり「エリック・ロメール特集」だと思って楽しみに来たら前夜で終わっていたのだけれど、草笛光子さんの悪女の色気も笹るみ子のはつらつとしたコメディエンヌぶりも、ロメール映画に描かれる女性たちと同様に美しかった。こういう出合いがあるから、スタッフ厳選の作品を上映するミニシアターの存在はありがたい。作品で選ばず、劇場に委ねることで出合う新たな世界。新文芸坐ではなんと年間700本の作品を上映した年もあるそうだ。

 「さすがにそれだけやるとスタッフもお客さんも疲弊してしまうので、今はそこまではいきませんが、それでも年間5~600本くらいは上映してますね。一つの映画館が一つのスクリーンでかける年間本数としては日本一ではないかと思っています」

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 花俟さんの言葉に、歴史ある場所を引き継ぐ職業人としての自負を感じる。
かつての文芸坐には洋画と邦画、それと演劇が観られる舞台があった。
「今は一つのスクリーンですが、その三つの魂を継承していこうと取り組んでいます。ロビーにあるこれからの上映作品の紹介を見ていただければ分かる通り、本当に毎日多種多様な作品を取りそろえています。この池袋の街にも合っていると思うんです」

 しかしそれだけの作品を上映するためには事前に観て確認をしないとならないわけで、その本数たるやものすごく大変なことなのではないだろうかと心配したが、花俟さんが笑っておっしゃった。

 「スタッフ皆それぞれ好きなジャンルが異なるので、自分の得意分野の特集上映ではおのおのが力を入れて取り組んでくれています。私はお尻をたたく役目です(笑)。長く働くスタッフは全員が映画好きで、そうでなければこの仕事は務まりません。私も学生時代は映画をいかにたくさん観るかを考えて、レンタルビデオ店でアルバイトしていました。この仕事も全く同じで、好きなだけ映画が観られる。こんな幸せなことはありません」

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 「それも良い音と大きなスクリーンで。最高ですね」と白石監督が笑う。
「作り手側にとっても、劇場のシートに座って大きなスクリーンでお客さんと一緒に観るのは特別なこと。何度も繰り返し観ているはずの作品なのに新たな発見があるんです。次への発想、活力にもなる。若松さんがよくおっしゃっていたのは“才能のゆりかご”としてミニシアターが必要だということでした。国は映画を作ることには助成するけれど、それを上映してくれる場所がないと作っても意味がない。低予算のインディーズ作品がいきなりシネコンにかかるわけもない。作品が生まれたときに相談できる劇場があるというのは若手監督にとってとても重要なことなんですよね」

 新文芸坐にもそういう若い監督からの持ち込みなどがあるのか聞くと、
「はい、あります。ですが当館はミニシアターとはいえ260席を超える劇場で、ひとりの若手作家だけで席を埋めるのは難しい大きさです。例えば4人集めてインディーズ監督特集、またはレイトショーで一回やってみましょう、みたいなことはよくやっています。応援したい気持ちと商業的な部分と、どうバランスを取っていくかをいつも考えています。…とはいえ、この大きなスクリーンに自分の作品がかかると、作家さんたちみんな喜んでくださるんですよ。それがうれしいんですよね」

 目の前にある横幅10m×高さ4.2mのスクリーンがとても大きく見える。上映時にブザーが鳴ると幕が左右に開くのも、これから始まる特別な時間にいざなってくれるようだ。
「映画を観る体力ってあるんじゃないかと僕は思うんです。劇場で映画を観るのは筋トレみたいなもの。一度来てみると、帰りに置いてあるチラシを手に取って次はこれだとつなげて観ていくことができる。それを繰り返しているうちに、すっと映画が体になじむようになっていく」
白石監督の言葉に、花俟さんも僕も深く同意した。

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3人とも、1974年生まれ

 そういえば取材の準備をしている中で3人とも1974年生まれの同い年ということが分かった。生まれ育った場所や環境は違えど、映画館との出合いの記憶などはそう違わず、やはり最初はスピルバーグ作品に夢中になった世代だ。お二人が小学校のあの教室の片隅にいたような気がしてくる。勝手に心安くなってしまい、思わず口をついて余計なひと言が出てしまった。

 「女の子と生まれて初めてデートで来たのが文芸坐だったんですよ」
場にそぐわない言葉過ぎることはよく分かっているものの、話し始めちゃったんだから仕方ない。こういう自分へのあきれた開き直りは「W座からの招待状」のせい(おかげ?)で身についた。お二人とも、すみません…。

 高校2年生の頃、好きな女の子を映画に誘ってみたところ、「『ゴースト ニューヨークの幻』(’90)が観たかったんだけど終わっちゃった」との返事。テーマソングの「アンチェインド・メロディ」を歌うライチャス・ブラザーズのCDが家の車に入ったままになっていてよく聴いているのでCMを見るたび気になっていたという。ある日、新聞の映画欄で「ゴースト・文芸坐」の文字を見つけた僕は、やったぜ! と再び誘ってみたのだった。

 「その時、同時上映は何だったか覚えてますか?」と花俟さんが聞いてくださったのだけれど、さっぱり思い出せない。どこを観ていたんだろう? 映画サークルに所属していた大学生時代には、飲み過ぎて終電を逃し、先輩に連れられ朝まで暖を取るために深夜上映に来たこともあった。
あの時には何がかかっていたんだっけ。その頃から集団作業が苦手な自分に気付いて、ひとり絵を描く楽しみを探っていくようになっていった。

 ふと先日観てきた『孤狼の血 LEVEL2』(’21)のエンディングのことを思った。長い長いスタッフロールが流れた後、大きなスクリーンの中央に一行、「監督 白石和彌」。最後はひとりで背負って立っている。その責任感を思う。

 「自分でも、こんなにいろんな人が関わってくれてる映画を作っているんだと、自分事じゃないような感覚になるときもありますね」白石監督が言う。「でも今でもただ映画を撮るのが好きで仕方ないだけで、大きく変わったことなんて何もないんです」

 最後に新文芸坐で「白石和彌監督特集」をやること、またその時には花俟さんオススメの焼き鳥店「まさ樹」に“74年組”で集うことを願って取材は終了となった。

 翌日、花俟さんが『ゴースト~』の同時上映は『プリティ・ウーマン』('90)だったことを調べて教えてくださった。
この間まで友達とジャッキー・チェンだシルヴェスター・スタローンだと騒いでた自分が、女の子と映画館に来て、二人で恋愛映画を観ている。何やってんだ。そんな居心地の悪さと、ちょっと背伸びしている高揚感とが合わさって、ひたすらぼーっとスクリーンを見つめていた時間だったようだ。どちらの映画のこともうまく思い出せない。ただ暗闇から解放された後の街のきらめきはなんとなく覚えている。
「ここまでが映画」という言葉を思い返している。

信濃八太郎さんプロフ

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