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見たことないスピッツを、レアな楽曲とともに。【「優しいスピッツ」ライブレポート 第3回】

取材・文=栗本斉 @tabirhythm /撮影=田中聖太郎 @seitaro_tanaka

【「優しいスピッツ」ライブレポート】第1回はこちら/第2回はこちら

 2021年10月某日。北海道の十勝・帯広にある旧双葉幼稚園を舞台に、松居大悟監督によって撮影された「優しいスピッツ a secret session in Obihiro」。WOWOWでの初回放送が終了したことを受け、このライブレポート最終回は、撮影当日の様子をたっぷりお伝えする。

※以下はセットリストなどを含めたネタバレ必至のため、これから映像作品をご覧になる方はご注意ください。

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 午後2時、静かに登場して位置に着くスピッツのメンバー。
 松居大悟監督の「本番始めます!」の掛け声の後、緊張と沈黙を切り裂くように、﨑山龍男のドラムのフィルがたたき出され、田村明浩のベースと三輪テツヤのギター、そして草野マサムネのアコースティック・ギターが重なり、ついにライブがスタートした。

 「ああ、スピッツの音だ」と当たり前のことを強く実感させられる瞬間だ。
 1曲目は「つぐみ」。ストレートかつポジティブで、どこか穏やかなラブソングに、早くも心を持っていかれる。演奏が終わって拍手が起きることもないからか、最後の音の余韻を残すことなくメンバー同士の会話が始まる。観客に届けるための収録ライブではあるが、いつもと違う空気感を楽しもうという気合が伝わってくる。
 今回、メンバー同士が向き合っているセッティングのため、お互いの顔を見ながら自然体で会話する姿は、まるでリハーサルの延長のようでこちらも思わず和んでしまう。

 まだ少し緊張感が残る中、2曲目「冷たい頬」が始まった。
 草野の背後には大きな出窓があり、旧双葉幼稚園の園庭がガラス越しに見える。その景色を眺めていると「風に吹かれた君の 冷たい頬に 触れてみた小さな午後」というフレーズが耳に入ってきて、先ほどまで体感していた十勝の晩秋の空気を思い出した。なんともぜいたくな時間だ。

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 「次の曲は久々?」「だいぶやってないね?」とメンバーが口々に言った楽曲は、「ハヤテ」だ。『インディゴ地平線』に収録された楽曲だが、ここしばらくライブでは演奏されていなかったという。こういったレアな楽曲が多いのは今回のライブの肝といえる。きっと、イントロが始まって驚き、歓喜するファンも多いことだろう。続いて、こちらも久しぶりの演奏だという「今」、そして「Holiday」とアップテンポなナンバーが続く。どちらもロック色の強いアルバム『ハヤブサ』の収録曲だ。疾走感のあるビートをたたき出す﨑山、エモーショナルにギターを弾きまくる三輪、激しく動きながらベースをかき鳴らす田村、キレのあるボーカルで魅了する草野。こういうシーンを見ると、やっぱりスピッツはロック・バンドだなあと実感する。

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 この辺りからメンバーもリラックスモードに。三輪の冗談に草野が真面目に応え、田村が突っ込み、﨑山がニコニコとそのやりとりを見守っている。こういったなんでもない会話も、スピッツ4人の絆の表われなのだろう。また、そんな会話が繰り広げられている中で、てきぱきとメンバーの楽器の交換をするスタッフや、次の楽曲のためにカメラ位置を調整するスタッフ、映像をチェックする松居監督など、全員がよどみなく動いている連携プレーも見事だ。

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 今回の「優しいスピッツ」は、ライブシーンはもちろんだが、演奏が終わると始まる4人の会話も大きな見どころの一つだ。冗談交じりの他愛ない会話から、名曲「空も飛べるはず」の演奏へとつながっていく。大きく外に開かれた印象のあるこの大ヒット曲は、どこか北海道の広い空を想起させる。窓の外から入ってくる日差しも、さっきよりも随分柔らかくなってきた。

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 「さざなみ」で再び勢いよく演奏を終えた後、今回の舞台に十勝・帯広を選んだ理由がメンバーから語られる。本来であれば、延べ48公演に及ぶアルバム『見っけ』に伴った全国ツアーの一環で、2020年の6月に帯広でのコンサートを予定していた。しかし、コロナ禍の影響で延期を余儀なくされ、さらには2021年の振替公演も中止となってしまった。十勝のファンにとっては待望のライブだったはずで、メンバーも無念だったことが言葉の端々から伝わってくる。
 「無観客とはいえ帯広で演奏できてよかった」と語る草野。念願の帯広でのライブだからこそ、彼らの想いが込められた特別なセットリストを準備してきたのだろう。

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 ここで、十勝とゆかりの深い楽曲「優しいあの子」を演奏。この曲は今回のライブのテーマ曲的な存在といえる。しんみりとした楽曲でもないのに、聴いていて少しセンチメンタルな気分になったのは、室内の電球が優しく灯り始めたからか。
 窓の外からは夕暮れ独特の斜光が差し込み、空を見上げるとスカイブルーから徐々にオレンジ色へと変化していく。そのタイミングを狙ったかのように演奏が始まったのは「夕焼け」だ。今回はこういったミドル・テンポの楽曲が多めにセレクトされている。どこかノスタルジックでちょっぴり切ないメロディーは、彼らの魅力の一つだ。続く「雪風」もこの路線の一曲。雪景色を描いたナンバーで、北海道を舞台にしたドラマのタイアップ曲という。「北海道なのでこの曲もやりたいなと思って(セットリストに)入れた」と草野。この場所ならではのセレクトということに、温かい気持ちになる。

 あっという間にライブは後半へ。ここで2021年の最新曲「大好物」が披露されたが、この時点ではレコーディングやリハーサル以外で演奏したのは初めてだったという。生で聴くと、バンドならではのアグレッシブな勢いが増しているように感じられた。そして、その勢いのまま「未来コオロギ」へ。
 気付けばすっかり日は落ちて、外の景色も見えなくなっていたが、照明が美しく彼らを照らしていて幻想的だ。恐らく外の気温は随分下がっているはずだが、この園舎の中は一段と熱気を帯びていた。

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 三輪が座ってギターを弾き、「ガーベラ」が始まった。今回のライブの中で、最も聴かせるのがこの楽曲だろう。草野が真っすぐマイクに向かい、情感たっぷりに歌い上げる。「ハロー ハロー ハロー」の優しくも強いフレーズに、ぐっと胸を突かれる。

 続いて始まったのは、今回のセットリストの中で最も古い時期に作られた初期の楽曲「名前をつけてやる」だ。それまでとはまた雰囲気を変えて、軽やかな演奏に乗せて、朗々と歌っていく。
 ライブはいよいよエンディングへ。終わってしまうことを名残惜しむかのように、なかなか曲にいくことなく、しばし会話を楽しむ4人。そう、今回のライブは「MC」ではなく「4人の会話」なのだ。「見たことない」スピッツが、ここにいる。
 そして、ラストナンバー「運命の人」の演奏がスタートした。

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 全15曲の演奏を終え、「どうもありがとうございました、スピッツでした」とあいさつを残し会場を去るスピッツのメンバー。通常のツアーとまったく違う環境とはいえ、そこには彼らなりの達成感があったのだろう。ほのかに熱気に満ちた演奏の余韻を残したまま、再び旧双葉幼稚園は静けさを取り戻した。

 彼らにとってもこれまでにない試みとなった「優しいスピッツ a secret session in Obihiro」。このライブは、彼らにとってどのような意味を持つのだろうか。明確な答えは出ないかもしれないが、きっと映像に記録されているはずだ。

 実際に北海道に足を運んで彼らの演奏を体感し、そのレポートをお届けしたのだが、皆さんが目にする映像は、松居監督による“作品”だ。「セットリストが台本であり、スピッツの演奏が芝居であり、それを自分たちが撮る」と監督が語るように、まるで映画のような作品になっている。ぜひ「見たことない」スピッツを目撃していただきたい。

 そして、2月11日(金・祝)には「撮影記録」として今回のライブのメイキングが放送される。松居監督がどういう想いでこの作品を描こうとしたのか、スピッツとどう向き合いながら作品を仕上げていったのか、スピッツメンバーのインタビューも含め、ライブの舞台裏をお届けする。こちらもぜひ。

 それでは、作品を見た皆さんに感想レポートのバトンをお渡しして、今回のスピッツを追い掛けた旅を終えようと思う。第3回までご覧いただきありがとうございました。

【「優しいスピッツ」ライブレポート】第1回はこちら/第2回はこちら

栗本斉さんプロフ

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▼メイキングは2月11日(金・祝)放送!「優しいスピッツ a secret session in Obihiro 撮影記録」の詳細はこちら

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