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25年の軌跡。岩井俊二が描く「手紙」と「恋」、「今」を生きるということ

 映画アドバイザーのミヤザキタケルさんが、オススメの作品を1本ご紹介するのと同時に、その映画に合う作品をもう1本ご紹介する連載「シネマ・マリアージュ」。つまり<これを観てから、これを観るとさらに楽しめる>というコンセプトのもと、組み合わせの良い2作品を皆さまにお届けさせて頂きます! 今回は、共に岩井俊二監督作品であり、ストーリー展開や出演キャストなど、多くの共通点を持つ『Love Letter』『ラストレター』をマリアージュ。

文=ミヤザキタケル @takeru0720

『Love Letter』(’95)

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文通を通して描く、喪失と再起の物語

 岩井俊二の長編映画初監督作。婚約者を事故で亡くした博子が、今では国道になって存在しない彼の住所に手紙を送ったところ、返ってくるはずのない返事が届いたことから始まる奇妙で切なくも心温まるラブ・ストーリー。

 中山美穂が博子と、彼女の手紙を受け取る女性、樹のひとり2役、豊川悦司が博子の婚約者の友人、秋葉を演じ、小樽と神戸を舞台に、現在と過去が入り交じる人間模様を繊細に映し出していく。

 何もかもがメールやLINEで完結しがちな現代において、手紙を書くという行為は非常にまれなこと。もう何年も手紙を書いていないという人も多いだろう。仮に、手紙を日常的に用いる時代であったとしても、劇中のような出来事に直面する可能性は極めて低い。何なら劇中における手紙のやりとりや行き違いを、非現実のファンタジーと捉えることもできてしまう。

 また、25年前の作品であるため、比較的若い層が本作を観た時には、さまざまな要素に違和感を抱いてしまうかもしれない。しかし、それでもきっと胸打たれるものがあると思う。

 それは、大切な人を亡くしたという強い喪失感、そんな状況から抜け出して前に進みたいと願う焦燥感、過ぎ去った時間に想いをはせる際に生じる心のゆらめきなど、今の時代を生きる僕たちであっても抱き得る主人公たちの葛藤の数々が、とても丁寧に描かれているからである。

 どれだけ時代が進もうと、どれだけ生活スタイルが変化しようと、根本的な人の在り方までは変わらない。

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過去にとらわれながら生きる道と、過去を糧にしながら生きる道

 博子をはじめとする劇中の女性たちが、恋人や父親の死を受け入れられずにいるように、あなたにも忘れられない人や何かしらの負い目、今も胸を痛める後悔のようなものがあるだろうか。

 過去にとらわれながら生きるというのは辛いもの。今この瞬間やこの先の未来に希望を見いだすのではなく、いなくなってしまった人々や戻らぬ日々を想うだけの生き方は、悪いとまでは言わないが、健全であるとは言い難い。無論、当事者自身も分かっていると思う。分かってはいるものの、抜け出し方が、折り合いのつけ方が分からないのだ。

 博子たちもそう。時が解決してくれることもあるだろう。新たな出会いが希望をもたらしてくれることもあるだろう。ただ、それらはいつ訪れるかも分からないし、必ず訪れるという保証もない。

 過去に浸る時間が長くなれば視界も曇り、訪れたチャンスを見落として棒に振ってしまうことも時にはある。より良き“今”や“未来”を追い求める強い心を形成しない限り、過去の呪縛からはそう簡単には逃れられない。

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 だからこそ、劇中のような予期せぬイレギュラーが必要にもなってくる。そして、偶然ながらもそれらを引き寄せることができたのは、過去にとらわれながらも前へ進みたいと願う意志が博子の中にあったからに違いない。

 それはもはや偶然の産物などではなく、必然であったと言ってもよいだろう。過去とは本来、今を生きる僕たちにエールを送り、進むべき道を指し示す指針となるべきもののはず。良い思い出も悪い思い出も含めて一つであり、今この瞬間を、この先の未来をより良きものにしていくために必要不可欠なもののはず。

 とらわれるのではなく振り返り、懐かしみ、糧とする。そして、前を向く。誰もがそんなふうに過去と向き合えるものでもないが、本作の博子と樹がたどる道筋と結末を通して、本来あるべき過去との向き合い方を垣間見ることができるだろう。

『ラストレター』(’20)

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『Love Letter』から25年の時を経て描く「手紙」と「恋」の物語

 『Love Letter』の公開から25年。再び「手紙」を題材にした岩井俊二監督作。過去の岩井作品『四月物語』(’98)に出演した松たか子が主演を務め、広瀬すず、森七菜、神木隆之介、福山雅治ら豪華キャストのほか、『Love Letter』に出演した中山美穂、豊川悦司、岩井主演映画『式日』(’00)を監督した庵野秀明の出演も見逃せない。

 姉の死を知らせるために参加した同窓会で姉と間違われ、成り行きでかつての想い人である鏡史郎(福山雅治)と文通をすることになる裕里(松たか子)。やがて鏡史郎からの手紙が姉の娘、鮎美(広瀬すず)の元へ届いたことから、二つの世代の男女の恋が明らかになっていく。

 タイトル、大切な人の死、手紙のやりとりや行き違い、図書館や学校、現在と過去が交錯するストーリー展開、ひとり2役、出演俳優など、『Love Letter』を彷彿させる要素がふんだんに盛り込まれている本作。

 ボタンの掛け違えから始まった手紙のやりとりが、男女の心に変化をもたらし、過去や今と向き合っていくためのきっかけを、未来を見据えて生きるための道しるべを示していく。そういった構図もまた変わらない。

 だが、二つの作品は似ているようで似ていない。手紙のやりとりが2人ではなく3人の間で行なわれたり、ひとり2役を演じる俳優が増えていたりと、より複雑なものになっている。通ずる人間模様や設定は数あれど、似ているからこそ『Love Letter』と『ラストレター』の明確な違いがくっきりと見えてくる。

 また、本作で中山美穂と豊川悦司演じる人物は、『Love Letter』における博子と秋葉とは全くの別人であるのだが、あれから25年たった2人がたどったかもしれない道筋の一つを想起させてくれるのと同時に、劇中における25年という歳月の重みをより強く感じさせてくれる。

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止まっていた時間が動きだす

 過去は過去だから、思い出は思い出だから、そこで止まったままだから、今とは切り離して考えたり、都合の良いように改ざんしたりできてしまう。そんなふうに割り切れる過去であれば、いつだって心地よく、現在の弱った心を温かく迎え入れてくれることもあるだろう。たとえ今がどんなに惨めであっても、満たされていなくても、可能性や選択肢に満ちあふれていたあの頃に浸ることで、救われる瞬間だってあると思う。

 『Love Letter』でも描写されているように、時にそれがかせや呪縛になってしまうこともあり得るが、程よい距離感を保てているうちは、うまく折り合いをつけながら過ごしていくこともできてしまう。

 でも、過去として完結させたはずの時間を進めてしまったのなら、おのずと向き合い方も変わっていく。知りたくなかった真実を目の当たりにすれば、失われてしまう輝きだってある。姉の死や初恋の相手との再会、複雑に絡み合う手紙のやりとりを機に、それぞれに止まっていたはずの時間が徐々に動きだし、それまで知り得なかった真実に直面していくことになる本作の登場人物たち。

 しかし、ネガティブなことばかりが彼女たちを襲うわけではない。受け止めるまでが一苦労ではあるものの、真実を受け止められた果てに見いだせるものもきっとある。

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 曖昧なままにしておいた過去の恋、その細部に触れていく中で人生の岐路に立つ。死んでしまった者はどうあがいたって生き返らない。「たられば」を繰り返したところで現実は変えられない。本来追い求めていたものはもう二度と手に入れられない。

 だが、それでも人生は続いていく。誰もがたどり着けるわけではないが、まだ見ぬ幸福やかけがえのない何かに巡り会える可能性だってゼロではない。

 劇中で読み上げられる答辞にもあるように、生きていく限りは何かしらの可能性が伴い、数え切れないほどの人生の選択肢が僕たちを待っている。真実を知っていようがいまいが、何かが激変するということもないのかもしれないが、知っていてこそ踏み出すことのできる一歩が、選ぶことのできる選択肢というものがあるのだと思う。

 過去から連なる今があり、今この瞬間が形づくっていく未来がある。つまりは、その連なりを把握することで見いだせる今があり、今ある自分を見つめ直すことで見いだせる未来がある。

 描き方や響くものに差異はあれど、『Love Letter』と同様、『ラストレター』もまた、本来あるべき過去との向き合い方を垣間見させてくれることになるだろう。

 時がたてばたつほどに、その価値や特異性が増していく「手紙」と「恋」。そして、「過去」。それらがもたらす珠玉のドラマと感動を、ぜひセットでご覧ください。

ミヤザキさんプロフ

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クレジット
『Love Letter』:©フジテレビジョン
『ラストレター』:©2020「ラストレター」製作委員会

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