仲間ってなんだろう?#山崎ナオコーラによる線のない映画評
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仲間ってなんだろう?#山崎ナオコーラによる線のない映画評

 作家の山崎ナオコーラさんが綴る、映画をテーマにした連載エッセイ。今回は、スパイク・リー監督による、実話に基づいた社会派刑事アクション『ブラック・クランズマン』('18)。について書き下ろしてもらいました。

文=山崎ナオコーラ @naocolayamazaki

 スパイク・リー監督による『ブラック・クランズマン』は、実際の事件をベースに作られた伝記犯罪映画だ。

 1970年代、白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(KKK)にコロラドスプリングス警察が潜入捜査を行い、犯罪を暴く。

 まず、アフリカ系アメリカ人(「黒人」)初の市警察巡査ロン(ジョン・デヴィッド・ワシントン)と、ユダヤ系警官フリップ・ジマーマン(アダム・ドライヴァー)がタッグを組む。クー・クラックス・クランの最高幹部デビッド・デューク(トファー・グレイス)と電話で繋がることができたロンが、電話連絡は自分が行い、外見が「白人」に見えるフリップに自分の代わりに潜入するよう頼むのだ。二人一役というわけだ。

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 デビッド・デュークは、英語の発音の仕方で相手が「黒人」であるか「白人」であるかがわかる、と言い張っており、ロンの「白人英語」を聞くと、電話相手が「白人」であると信じ込む。そこをロンが笑いながら手玉に取っていくので痛快だ。

 デビッド・デュークは、反ユダヤ主義でもあり、陰謀論を主張している。クー・クラックス・クランの団員たちは「アメリカ・ファースト」というよくわからないフレーズを連呼しているのだが、どうやらそれは、「アメリカとは『白人』のことであり、アフリカ系やユダヤ系を排除しよう」といった意味合いがあるようだ。フリップはユダヤ系アメリカ人なのだが、「黒人」の場合と違い、いきなり見た目だけで差別されることがあまりないからか、自身ではそれを意識せずに生きてきた。潜入捜査を続ける中で、フリップの中で様々な意識が目覚めていくところも描かれる。

 ちなみに、デビッド・デュークは実在の政治家で、ドナルド・トランプ前米大統領と繋がりのある人物のようだ。

 そう、映画は現代に続いている。差別は、現代にももちろん残っている。衝撃のラストは、この映画の撮影の数ヶ月前に起きた実際の事件映像で構成される。

 原題は、『BlacKkKlansman』で、クー・クラックス・クランの略称KKKが入れ込まれており、結構ふざけている。

 原作は、ロン・ストールワースの自伝『Black Klansman』ということで、映画にするときに「KKKとかけよう」という遊び心をスパイク・リー監督が出したのだろう(ちなみに、「ブラック・クランズマン」の意味は、「『黒人』のクー・クラックス・クラン団員」で、ストーリーそのままだ)。

 こういった遊び心は作品内に散見され、笑いに満ちている。あと、やけに車やバイクがかっこ良かったり、いわゆる「チーム男子」のようなノリがあったりもして、こういう世界が好きな人にはたまらないだろうな、と思った。ちゃんとエンタメしているのだ。

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 社会派映画をこんな風にも作れるのか、実際の映像をこんな風にも使えるのか、と勉強になる。

 ただ、ロンは、肌の色が薄い「黒人」の人の中に「黒人」の意識を持っていない人がいること、ユダヤ系の人の中にユダヤ系であるという誇りを持っていない人がいることを責める気持ちを持っているみたいで、そこだけ、私はうまく頷けなかった。

 私はここまで、カッコに包んで「黒人」「白人」と表現してきたが、それは、人種というくくりに懐疑的だからだ。

 以前、「ナショナルジオグラフィック」という雑誌を読んでいたら、生物学的に見ると人種というものはない、と書いてあった。つまり、人種とは、文化の上にあるものであり、論理的に説明できるものではない。曖昧な概念だ。科学で線を引くことはできない。それから、今はDNAで先祖をたどることができるらしいのだが、意外な方面に先祖がいることが多く、見た目とルーツはほとんど一致しないのだそうだ。

 それに、ルーツと言っても、現代ではミックスの人も多く、ルーツを二つ、あるいはそれ以上持っている場合もある。ルーツをどこまでたどるかという問題もある。大昔までたどるなら、ホモ・サピエンスはアフリカで誕生しているので、人類は全員アフリカ系だ。

 あと、私自身は、親からアイデンティティを受け継ぐ、という感覚を持っていないので、「自分は、〇〇系だ」と意識しながら生活をする、ということを大事だと思えない。

 だから、たとえ差別に対抗するためだとしても、「自分は〇〇系だから、〇〇系の人たちと連帯しよう」といったことにどうしても頷けない。

 差別にはもちろん対抗する。だが、自身のルーツを意識しなくても差別に反対できる、と私は考えている。そこが、ロンとは少し違う。だから、全面的に感情移入することは難しい。

 でも、応援はもちろんできる。ルーツにアイデンティティを持つことで力強く生きられる人のことは、ちゃんと理解できる。他者を差別しないのならば、ルーツにアイデンティティを持つことは素晴らしい。

 それにしても、「仲間意識」というのはやっかいなものだ。

 クー・クラックス・クランの団員が、「自分は、仲間には優しい」と言い張るシーンがあるが、実際、そうだろう。差別主義者は、仲間には優しい。意地が悪い人が、差別を行っているわけではない。仲間に優しい人が、差別を行う。

 「仲間」という考え方を大事にするなら、必ず、「仲間ではない人」が出てくる。学校のいじめ問題でも、いじめっ子は大概、仲間には優しい。そして、仲間内の絆を深めるために、「仲間ではない人」を攻撃し始める。

 国のような大きなグループでも、どうやって「仲間」を作っていくか、が問われる。

 人種差別の問題は、アメリカの構造を知らなければ語れない。国におおなたで斬り込んでいく「ブラック・クランズマン」は、もっとアメリカを知りたい人に、ぜひ見てほしい。

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ナオコーラさんプロフ201127~

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