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〈中山功太〉稲川淳二の怪談に取り憑かれた男の、幾つかの考察 【#エンタメ視聴体験記】

 お笑い芸人の中山功太さんが、WOWOWの多岐にわたるジャンルの中から、今見たい作品を見て“視聴体験”を綴る、読んで楽しい新感覚のコラム連載企画「#エンタメ視聴体験記 ~中山功太 meets WOWOW~」
 怖い話No.1決定戦「第2回OKOWAチャンピオンシップ」の優勝者であり、怪談師としても活躍されている中山さん。今回は、「稲川淳二の怪談ナイト 満員御霊 コレクション3」を見た体験と、長年にわたって敬愛する稲川淳二さんへの想いが高じた考察を、中山さんならではの視点で綴ります。

文=中山功太

 僕が稲川淳二さんの怪談に本格的にのめり込んだきっかけは、「稲川淳二の死ぬほど怖い話」という一冊の本だった。
 
 高一の頃に自転車で走行中に、止まっているタクシーに激突し、左足の靱帯が切れて入院した際、父親がそれを買い与えてくれた。深夜の病室で読んだその本は、死ぬほど怖かった。病室のムードと入院の気落ちのせいだったかもと思い、退院後に自宅で読んでみたが、やはり死ぬほど怖かった。

 怖いもの見たさとは正にこのことで、そこからは夏になると毎日、稲川さんがテレビに出るかを新聞でチェックし、季節を問わずレンタルビデオ店へ通い、置いてある稲川さんの怪談ビデオやCDを全て借り、夢中で観て、聴き漁った。

 そしてこの度、WOWOWオンデマンドのラインナップに稲川淳二さんの怪談があると知り、当然の様に拝見した。死ぬほど怖かった。
 
 30年近く稲川淳二さんの怪談を愛し、稲川淳二さんの怪談に取り憑かれた男の、幾つかの考察をここに記したい。

 まず、はじめに申し上げたいのは、怪談師として、稲川淳二さんのセルフプロデュース力は完璧だということ。もしもご本人がいつもの優しい笑顔で「いやいやいや」と否定なさっても、僕の目は誤魔化せない。

 僕はこう考えている。昔、稲川さんが着ていたマオカラーのスーツは怪談への最大の敬意である、と。

 近年SNSなどで若い人を中心に「稲川淳二さんがイケメンだ」と話題になっている様だが、嬉しい反面「何を今さら」という気持ちもある。黒髪時代から稲川さんは相当な男前で、ズバ抜けてオシャレだった。
 世代的に、リアクション芸人だった頃の稲川さんを知らない自分からすると、あんなカッコいい人にそんな時期があったことすら信じがたい。
 
 稲川さんは黒髪時代から、マオカラーのスーツを愛用されていた。マオカラーを簡単に説明すると、襟の部分が学ランに似ている服のことで、Mr.マリックさんや料理研究家の服部幸應さんも好んで着用している。僕の様にファッションに無頓着な人間からすると、着こなすのが相当難しい服だと思う。しかし、稲川さんが単に好みだけでマオカラーを着ていたとは考えにくい。
 
 マオカラーについて調べて驚いたのだが「ブレザーと同じく略礼装」だそうだ。そして略礼装について調べて驚かなかったのだが「略式の礼装として用いられる服」だそうだ。

 ファッションセンスが高い人に共通することとして、TPOに配慮した服選びの上手さが挙げられると思う。
 稲川さんは怪談の際に意図的にマオカラーのスーツを選んだのではないか? 心霊話を語る際に、結婚式で着る様な礼服は不謹慎だ。かと言ってお葬式で着る様な準礼服もそのまま過ぎて失礼に当たる。そこまで熟考した上での「略礼服・マオカラー」だったのではないだろうか?

 ご自身が語る怪談と、そこに出てくる霊の皆さまに対して、最大限の配慮を込めて略礼服を選んだのだと、僕は思う。今回拝見した作品の頃からの、浴衣にちゃんちゃんこの衣装も、単に似合っているだけでなく、何かしらの意味があるに違いない。

 ちなみに、マオカラーもちゃんちゃんこも中国が発祥らしい。稲川さんの脳内をこじ開けるには中国がキーとなるはずだが、これ以上の詮索は、いちファンの自分がすべきではないだろう。

 そして僕はこう推測する。稲川さんは怪談の為に口髭を生やしていたのではないか?

 ご存知の方も多いと思うが、黒髪時代の稲川さんの口髭は物凄い量と長さだった。頭髪の量も凄いので体質だと思うが、とにかく口の上が真っ黒だった。

 稲川さんの怪談は緩急が凄まじく、聴いているだけでも一気に引き込まれる。
 テレビで怪談を語る人が少なかった時代に怪談を求められた稲川さんは、さらに口髭によって緩急の可視化に成功したのではないだろうか?
 
 事実、稲川さんが怪談を語る際の映像は、圧倒的に顔のアップが多い。物凄く怖い話を発している口の上の髭が、物凄く動く。
 あの口髭が、カラオケの精密採点の音程バーの様に、怪談に不慣れな視聴者をナビゲートしてくれたのだと思う。怪談のクライマックスで激しく素早く動く口髭は、どんな再現VTRよりも臨場感があった。
 
 白髪混じりになった今回拝見した作品の頃から、無精髭にされているのは言うまでもなく、その必要がなくなったからである。「稲川淳二」が怪談を代表するアイコンになったからというのももちろんある。だが、本質はそうではない。

 本当に失礼な物言いになってしまうが、単純にあの頃よりさらに上手くなったからだ。稲川さんのファンなら誰もが知っていることだが、稲川さんの怪談は年々怖くなり続けている。最新の稲川淳二が最高の稲川淳二なのだ。これは全ての表現者の理想であり、ここに行き着ける人は極めて少ない。

 その上で、異論を恐れず、こう結論付けたい。

 稲川淳二さんが、日本で一番上手い、と。

 29歳で上京してから現在に至るまで僕は、娯楽として楽しみながら、話術の勉強として、稲川淳二さんの怪談を聴いている。他にも上手い人は沢山いるし、時間の許す限り沢山の一人喋りを聴いてきたが、稲川さんが一番だ。
僕が知っている限り、稲川淳二さんより上手い怪談師はいない。怪談師に限らない。古今東西の落語家さんを含めても、日本最高峰の話芸だと思う。

 今回拝見した作品には、その全てがある。

 冒頭の上質なジョークに始まり、ラストの胸が張り裂ける様な語りまで。必要最小限のセットと音響・照明のみで、一人喋りの醍醐味の全てが詰め込まれている。

 僕は絵画にほとんど興味はないが、葛飾北斎や岡本太郎の絵は見たいと思う。怪談は苦手だという方にこそ、本作を観て欲しい。
 
 そこに口髭のマオカラーはいない。

 現役の伝説が居る。

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