見出し画像

【早川書房×WOWOW note特別コラボ企画】WOWOWにて日本初放送! 中国SFドラマ「三体」原作翻訳者・大森望さんに聞く

 「SF界のノーベル文学賞」といわれるヒューゴー賞の長編部門をアジア圏作品として初受賞。世界累計発行部数2,900万部超え、20カ国以上の言語で翻訳された世界的大ベストセラーである「三体」(早川書房刊)。そのドラマ化作品の日本初放送に先駆け、【早川書房×WOWOW note特別コラボ企画】として原作の翻訳者である大森望さんにインタビューを実施!
 今回はコラボ第二弾として、大森さんに小説「三体」との出合いや、SF小説としての魅力を聞いた。

「SF超大作『三体』」あらすじ
 2007年、北京オリンピック開催間近の中国。ナノ素材(マテリアル)の研究者・汪淼 ワン・ミャオは、突然訪ねてきた警官・史強 シー・チアンによって正体不明の秘密会議に招集される。そこで、世界各地で相次ぐ科学者の自殺と、知り合いの女性物理学者の死を知らされた汪淼。一連の自殺の陰に潜む学術組織“科学境界(フロンティア)”への潜入を依頼された彼は、組織の背後を探るべく、史強とともに異星が舞台のVRゲーム「三体」の世界に入る。しかしそこにはある秘密が…。

大森望(おおもり のぞみ) 翻訳家・書評家
1961年生まれ、京都大学文学部卒。SF作品を中心とした翻訳・評論を長く手掛ける。訳書に『クロストーク』(コニー・ウィリス著、早川書房)、著書に『21 世紀SF1000』(同社) など多数。


中国SFかいわいでの盛り上がりが、気付けばSF界の中心に!

──大森さんと小説「三体」との“ファーストコンタクト”について教えてください
 
 初めて「三体」を知ったのは、中国SFファンの“噂”からでした。中国でなんかすごいSFが出たらしい、と。原書が刊行された2008年当時はまだ圧倒的に中国SFの情報は少なく、作者の劉慈欣りゅうじきんの名前も一部の中国SFの専門家の間で知られる程度でした。

 ところが、その数年後には中国系アメリカ人SF作家ケン・リュウによる英訳版(「The Three-Body Problem」)が出版されて衝撃が走りました。それまでアメリカで中国SFが翻訳されることなんてまったくなかったので。しかも、翻訳者であるケン・リュウは日本でも人気の作家。これはかなり話題になりましたね。

 この英訳版の発売から一気に「三体」への注目度が高まり、今度はSF界のノーベル文学賞といわれるヒューゴー賞長編部門の最終候補になって。「これはすごい!」と言っているうちにヒューゴー賞を受賞してしまったんです。これは、アジア圏初であり英語以外で書かれた作品としても史上初の快挙。賞の発表はネット中継で見ていましたが、受賞の第一報をリアルタイムでTwitter(現X)に投稿したのを覚えています。「劉慈欣」という名前をタイプしたのはそのときが初めてで、一文字ずつ変換しました(笑)。

 ちなみに、「三体」は今回ドラマ化された第一部「三体」に始まり、第二部「三体II 黒暗森林」、完結編の「三体Ⅲ 死神永生」から成る三部作。ファン投票で選ばれる日本最高のSF賞「星雲賞」(海外長編部門)も2作連続(2020年「三体」、2021年「三体II 黒暗森林」)で受賞し、早川書房刊行のランキング主体のガイドブック「SFが読みたい!」の海外篇でもベストSFに2度輝いています(2019年「三体」、2021年「三体Ⅲ 死神永生」)。

 生粋のSFファンをうならせるだけでなく、普段SFを読まない一般読者からも年代・性別を問わず広く支持を集めています。バラク・オバマ元大統領やFacebook創始者のマーク・ザッカーバーグが称賛したというのも有名な話ですね。

「SF超大作『三体』」より

絶滅した恐竜が目の前に現われたような衝撃!? 洗練されたSFの作法を振り払う、面白くするためならなりふり構わない潔さに拍手

──実際に作品を読んだ時、まずは読者としてどう感じましたか?
 
 初めて「三体」を読んだ時は、率直に言って仰天しました。「今どき、こんなに古めかしい話があるのか!」と。例えるなら、絶滅したはずの恐竜が、いきなり目の前に現われたような感覚でしたね。
 
 侵略やファーストコンタクトがテーマのSFが人気を博したのは、1940年代から50年代にかけて。100年以上前に書かれたH・G・ウェルズの「宇宙戦争」が2000年代に入ってトム・クルーズ主演で映画化されましたが、タイムトラベルや宇宙開発といったさまざまなタイプのSF作品が登場する中、この手の古典的なジャンルのSFは1980年代以降にはほとんど見かけなくなりました。絶滅してもはや忘れられたはずのものが、突如中国で発見されたんですから驚きですよね。

──大森さんにとって「三体」の魅力とは?

 “古典的”とは言いましたが、「三体」は単に古くさいSFではありません。現代の技術革新に合わせてディテールがアップデートされているので、テーマは古典的でも小説のつくりは斬新で面白い。数十年かけて洗練されてきたSFの作法をすべて打ち壊し、「面白くなるなら何でも詰め込もう!」といった思い切りの良さが何よりの魅力となっています。これは、日本や英語圏のSF作家には書けない代物だと思いましたね。文化大革命の時代を描くリアリティあふれる文学的な描写があるかと思えば、鈴木光司の「リング」を彷彿とさせるホラーサスペンス的な要素もある。食い合わせのことなど考えず、面白いネタがこれでもかと詰め込まれているんです。

「SF超大作『三体』」より

 例えば、作中にはVRゲームのシーンが出てきます。しかし、これがどういう意味を持つのかは詳しく語られません。それでも読者は、そこでちゃんと重要な出来事の解説がなされたような気分になります。多くの事柄をほぼ説明しないまま進行していく語り口や、もはやギャグとしか思えないような展開、「こんな表現って必要!?」と言いたくなる場面もたくさんありますが、面白くするためだったらなりふり構わないという潔さが「三体」の身上です。「こんなこと書いたら笑われるかも……」と臆することなく、平気で書いてしまう。ラストに向かって物語を盛り上げていく、その語り方が天才的にうまいですね。

和訳文とケン・リュウの英訳版を見比べながら全面改稿

──翻訳を手掛けることになった際の心境は?
 
 「三体」の翻訳の話を頂いた時は、まさかという感じでした。自分には縁のない作品だと思っていたので。今回は、中国語翻訳チーム(光吉さくら、ワン・チャイ)による和訳文を、ケン・リュウが手掛けた英訳版と参照しながら最終稿に仕上げるところを担当しました。SF小説を現代のSF小説らしく翻訳するという役割ですね。ただ日本語にするのではなく、翻訳SF小説の読者にとって違和感がない訳文にする。早川書房はSFに強い出版社なので、仕上げはSFの専門家に任せた方がいいという判断になったようです。

 その意味で、ケン・リュウの英訳版はまるで最初から英語で書かれたSF小説のようでしたね。「三体」がヒューゴー賞を受賞した際には、ケン・リュウがアメリカ人読者向けに分かりやすく手直ししたんじゃないかというような推測が日本のSFファンの間で囁かれていましたが、実はかなり原文に忠実な英訳です。それでいて、確かに読みやすい文章になっている。それと同じことが日本語でもできるはずだと思ってこの仕事を引き受けました。

「SF超大作『三体』」より

──翻訳をする上で意識されたことをお教えください

 第一部では、2007年が舞台の現代パートと、文化大革命時代の過去パートが混在します。その違いが文章にも出るように心がけました。過去パートはどうしても漢字が多くなるんですが、現代パートでは意識的にカタカナ表記を増やしたり。登場人物の会話の中では、「リア充」なんて言葉も使いましたね(笑)。 2007年の理系のネット民ならきっと使っている言葉だろうと思ったので。

 VRゲームの中の世界観の描写については、ゲームをプレーするプレーヤーとしての没入感と、そのプレーヤーの“中の人”が素に戻る感覚をうまく組み合わせて表現しようと試みました。VRゲームの世界は現代パートとも過去パートとも別物なので、大仰な言葉遣いだってOK。VRゲームのシーンが好きだという原作ファンも多いので、気合を入れて訳しました。

中国SF「三体」に“若きSF”のエネルギーを見る

──「三体」に中国SFらしい世界観は感じますか?
 
 「三体」のどこに中国SFらしさがあるかと聞かれると返答が難しいですね…。というのも、これまでの中国SFの中でも「三体」は異例なんです。日本やアメリカのSFのような作品は存在していても、「三体」のような作品は存在しない。それでも「三体」に中国SFらしさがあるとすれば、それはスケールの大きさでしょうか。小松左京の「日本沈没」の影響を受けたと著者は語っていますが、大量の人間の命が奪われるような情け容赦のなさ、世界がひっくり返って価値観が逆転するような強烈なインパクトが特徴的です。また、VRゲームの世界観にも反映されている中国数千年の歴史の長さや、広大な大地の広がりも作中に出ているような気がします。

 中国SFらしさというより劉慈欣らしさと言うべきかもしれませんが、劉慈欣という人はSFの黄金期ともいわれる1950年代のSFのファンでもあるんです。アーサー・C・クラークの「幼年期の終り」とか、最近ドラマ化されてApple TV+で配信されているアイザック・アシモフの「ファウンデーション」とか。そのためか、そういった“若かりし時代”の名作SFへのオマージュも随所に見て取れます。

 中国では文化大革命でいったん文化が焼け野原になってしまったので、SFの芽が育ち始めたのも文化大革命以降。だからこそ、もう一度“若きSF”を追体験できているのかもしれません。
 ただし、若いといっても年齢は重ねている分、テクニック面は上達しているわけで、野蛮な荒々しさと老練な技術の両方を持ち合わせています。
 日本でも小松左京や星新一らがどんどんデビューしてきた1960年代には、SFにも作品そのものにも勢いがありましたが、そんな勃興期特有のエネルギーが今の中国SFにはあるのかもしれませんね。

■番組情報

「SF超大作『三体』」(全30話)
[WOWOWプライム]にて3カ月連続放送!
10月7日(土)、8日(日)後0:00から第1話~第10話放送(各日5話ずつ)
11月4日(土)、5日(日)午後0:00から第11話~20話放送
12月9日(土)、10日(日)午後0:00から第21話~30話放送
[WOWOWオンデマンド]で配信
第1話は無料放送・放送後WOWOWオンデマンドで1週間無料配信

※第11話以降は11月以降に放送・配信

・「『三体』完全ガイド 【みどころ編】」
WOWOW公式YouTubeでも配信中

【早川書房×WOWOW note特別コラボ企画】第一弾の記事は早川書房のnoteで公開中!

 ▼WOWOW加入者限定! SF超大作「三体」原作本
抽選で5名様にプレゼント

 ▼WOWOW公式noteでは、皆さんの新しい発見や作品との出会いにつながる情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください

クレジット「SF超大作『三体』」:(c) TENCENT TECHNOLOGY BEIJING CO., LTD.

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!