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原作が描く多様性も、今この時期にアニメ化する意味がある。「ばいばい、アース」の原作者・冲方丁×西片康人監督対談

7月12日(金)より放送・配信されるWOWOWオリジナルアニメ「ばいばい、アース」。映像化不可能といわれた傑作ファンタジー小説をどのようにアニメの文脈へと落とし込んでいったのか—―原作者・冲方丁氏と西片康人監督が本作に懸ける想いを語ります。


©冲方丁・KADOKAWA/WOWOW, ソニー・ピクチャーズ, クランチロール

WOWOWオリジナルアニメ「ばいばい、アース」
2024年7月12日(金)23時30分よりWOWOWにて放送・配信開始!
ほかBS局で放送、各配信プラットフォームにて配信!

思いついたアイデアをあるだけ詰め込んだ「ばいばい、アース」

──WOWOW×ソニー・ピクチャーズ×米アニメ配信大手クランチロールと3社共同での大型オリジナルアニメシリーズ製作プロジェクト「ばいばい、アース」。約20年前に刊行された「ばいばい、アース」のアニメ化が今回実現しました。最初にプロジェクトの話を聞いた際の感想を教えてください。

 冲方「すごくうれしかったです。まさか自分の作品が選んでいただけると思わなかったですし、海外も視野に入れているというところで大変共感を覚えました。国内だけに向けて作っていたらどんどん市場規模が縮小していってしまうので、そういう意味でも未来ある話だなと思いました」

──海外でも配信するということで、制作する上で意識したことはありましたか?

西片「アニメを作る上で原作をコンパクトにしなければなりませんでしたが、強くて自立した女性である主人公・ラブラック=ベルの物語は海外の方たちにも共感いただけると思ったので、ストレートに伝わるように意識して制作しました。原作の魅力をしっかりと構築すればどこでも勝負できるだろうと思っています。また、原作が描く多様性も、今この時期にアニメ化する意味があるんじゃないかと思いました」

──冲方先生は、2000年ごろ、どのような想いで「ばいばい、アース」の世界観やキャラクターを描いていったのでしょうか。

冲方「当時はデビューしたてで、プロとして成り立たせなければならなかったので、小説をいろんな要素に分解して少しずつ身につけていこうとしていた時期でした。具体的には主題、世界観、登場人物、物語、文体といった要素に分けて、その中でも“主題”と“世界”をオリジナリティーのあるものにしたいと思ったんです。そうして考えていく中『世界観自体が主人公であるような作品を作りたい』という想いに至りました」

冲方丁氏

──さまざまな動物の姿をまとう獣人が住まう“異世界”という発想はどこから出てきたのでしょうか?

冲方「これは編集部からのお題でもありました。当時テーブルトークRPG(※1)がはやっていたので、ファンタジックな世界で剣と魔法もので、女の子を主人公にする。そこから自分なりにどれぐらいオリジナリティーのあるものが作れるだろうとトライした作品です」

(※1) テーブルゲームの一種で、紙や鉛筆、サイコロなどの道具を使って、人間同士の会話とルールブックに記載されたルールに従って遊ぶ「対話型」のロールプレイングゲーム

──何かヒントにしたものなどはありましたか?

冲方「いろんなものをヒントにしました。例えば『美女と野獣(Beauty and the Beast)』を入れ替えてBeasty and the Beautみたいな、野蛮なお姫様と美しい獣の話にしようとか……いろんなファンタジー作品をひねったりもじったり、自分なりに再解釈して落とし込んでいきました。その当時思いついたアイデアをありったけ消化しようとしたことがいちばんの挑戦だったと思います」

西片康人監督

──西片監督は、原作を初めて読んだ際にどう感じましたか?

西片「今回、アニメ化の話を頂いて初めて読みましたが、とにかく情報量がすごいといいますか……構築された世界観がとても豊かなので、『どうやってアニメに落とし込んでいけばいいだろう?』といろいろ考えました。あらゆる種族の特徴が細かく描かれていましたし、植物の特徴を持った動物や、色彩豊かなパーク(都市)の街並みなど、舞台装置を含めてこの世界をどう作っていけばいいのか、『設定段階からきちんと考えていく必要があるな』と。構築力を試されているような気がしました(笑)」

難解なものを難解なまま作るのでは、アニメ化する意味がない

──冲方先生とはどの程度すり合わせて作品づくりに取りかかったのでしょうか?

西片「文庫版の小説の2巻後半ぐらいで描かれているラブラック=シアンとドランブイの過去について、『しっかりと描いていただきたい』と最初にお聞きしました。それで先生の意図といいますか……何を中心にアニメを構築していくべきか理解できました。それ以外は、ほとんど制作サイドに一任していただきましたね」

冲方「監督がおっしゃったように、要素が本当に多い作品ですので(苦笑)、大事にすべきところに注力いただいて、ほかの要素は多少省くことになっても仕方ないなと思っていましたが、まるっと入っていてビックリしました(笑)」

西片「あそこまで詳細に描かれていらっしゃるので、やっぱり外したくないですよね(笑)。それに、外して作ると作品の魅力が欠けてしまうので……。最初に『活躍の少ないキャラは外してもいいよ』と言っていただきましたが、エッセンスを凝縮するような形でほとんど入れています」

──アニメ化された映像を見た感想は?

冲方「あの原作を、こんなにとっつきやすく表現できるんだと思いました(笑)。それってバランス感覚のなせる業だと思うんですが……。要素が多い原作をきちんと表現してくださっているのに複雑な画になっていないし、種族的に何も特徴がないラブラック=ベルの“のっぺらぼう”加減も残酷にならない程度に描写されていて。そういった意味でも入りやすい世界観で、本当にすごいなと思いました」

西片「アニメ化する意味って、伝わりやすさにあると思うんですよね。重厚で細かく作り込まれている原作ですから、少し伝わりにくい部分がどうしてもあるんです。そこをアニメで表現することで入りやすくして、原作にも触れていただきたいという想いがあります。
例えば今回のように、難しい用語をテロップで補ない、見ている人がストレスなく物語に没入できるようにするのもアニメならではのやり方です。難解なものを難解なまま作るのではアニメ化する意味がないので、メディアの特徴を活かすアニメ化というのは気にしていました」

冲方「最初は『自分でもアニメ作りに口を出せるんじゃないか』と思っていろいろと言おうとしましたが、できあがってきたものを拝見したら全部そろっていたので(笑)とにかく余計なことを言わないようにしようと思いました」

西片「本作にかかわらず、原作がある作品というのはファンの方たちの愛が強いじゃないですか。だからこそ、アニメ化する際は本質的なところを絶対に外さないようにしています 
『ばいばい、アース』は原作のボリュームをコンパクトにしましたが、作品によってはオリジナルのパートを増やさないといけないこともあります。そこを雑に作ると作品の本質が崩れてしまうので、いちばん大事なところはブレないようにしっかりとつかもうと心がけています」

──そのためには、どんな作業をする必要がありますか?

西片「原作を一度バラしてみて、それぞれのつながりや伏線を把握したり、どういった効果がどこに波及しているかといった構造を考えた上で再構築していきます。そうやってバラしてみると、かなり深いところにある重要な部分が見えてくるので、その作業は丁寧に行なうようにしていますね。 
物語の広がりも大事ですが、アニメ化するわれわれは原作の中にしっかり入り込んで堪能しながら、再構築する上で最も重要となる部分をつかんでいくイメージです」

冲方「今回アニメ化した『ばいばい、アース』は純粋にアニメ作品として大変クオリティーが高いものになっているので、原作ファンの方はもちろんですが、原作を知らずにアニメから入ってくださる方もいらっしゃるといいなと思っています。
ラブラック=ベルをはじめとしたキャラクターや世界観の作り込みも魅力的ですし、毎話見せ場があって盛りだくさんの、たいへん魅力的な作品にしていただきました。原作小説があると『それも読まないといけないのかな?』という気持ちにさせられるかもしれないですが(笑)アニメだけでも魅力的ですので、気楽に見ていただけるとうれしいです」

骨太の独自路線を貫くWOWOWの作品チョイス 

──冲方先生の作品「シュヴァリエ」は、2006年にプロダクション・アイジー制作のWOWOW開局15周年記念番組としてアニメ化されています。改めてWOWOWという会社の印象をお聞かせください。

冲方「『シュヴァリエ』のときも『こんなに変な話を、よくもまあアニメ化してくれるもんだな』と驚きましたが、今回も同様で『やっぱりWOWOWさんか。本当に変わらないな』と思いました(笑)。
 無理にエッジを利かせているわけではなく、自分たちのチョイスに自信を持っておられる感じがして……。ビジネスではあるけれど、『ビジネス上こうしないといけない』という話を一度も聞いたことがないんです。そういった骨太の独自路線といいますか、オリジナリティーがあるからこそ配信業界の中でも何か違った存在感があるなあという印象です」

西片「たしかに今回『なかなか大変な作品を持ってきてくれたもんだ』とは思いました(笑)。普通に作るとうまく伝わらない作品を、きちんと企画して持ってきているということは『作り切る自信があるんだろうな』と思いましたし……作品のチョイスがやっぱり独特だなという印象です。 
以前にWOWOWのアニメコンプレックス(※2)枠でテレビアニメ化された『アンドロイド・アナ MAICO 2010』が僕は大好きで(笑)。最初はおちゃらけた感じだったのが、それらの伏線回収がすべてパーフェクトにつながって最後にどんでん返しされるというのがすばらしかったです。これはぜひお伝えしたかったので書いておいてください!(笑)」

(※2) ポニーキャニオンおよびそのアニメ関連レーベルのm.o.e.が企画・製作を行なうアニメ等をオムニバス形式で放映する番組枠の名称。WOWOWに加入しなくてもBSチューナーを所有していれば視聴が可能であるノンスクランブル枠において1998年4月に開始した

取材・文=とみたまい

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