エッジの利いた役に挑戦する鈴木亮平。ブレない体幹に裏打ちされた“分厚さ”を考察する

映画ライターSYOさんによる連載「 #やさしい映画論 」。SYOさんならではの「優しい」目線で誰が読んでも心地よい「易しい」コラム。今回は、バイオレンス巨編『孤狼の血 LEVEL2』('21)で映画史に残る怪演を見せつけた鈴木亮平の魅力を紐解きます。

文=SYO @SyoCinema

 脳内で顔を思い浮かべるとき、なぜかいつも笑顔の人がいる。きっとそれは、自分のその人に対するイメージが「明るさ」や「優しさ」、「包容力」で埋め尽くされているからなのだろう。俳優・鈴木亮平は、自分にとってそんな存在のうちのひとりだ。

 演技の体幹の良さ、とでもいうのだろうか、画面に映る鈴木亮平の芝居は、まずもって軸がブレない。それは人物によらず、ひょっとしたら演じている人物=役とは別のレイヤーにあるのかもしれない、と思わされる。つまり、器である本人が頑丈であり、泰然としているのだろう。確かに、彼がいなければ実写化は不可能だったであろう映画『俺物語‼』('15)も、宮沢賢治の青年時代を躍動感たっぷりに演じた「連続ドラマW 宮沢賢治の食卓」('17)やNHK大河ドラマ「西郷せごどん」』('18)にNHK連続テレビ小説「花子とアン」('14)等々、安心と安定を体現するような分厚い演技を披露していた。

 例えば「連続ドラマW 宮沢賢治の食卓」(WOWOWオンデマンドでアーカイブ配信中)では、イメージが確立されている人物・宮沢賢治の、駆け出し時代という“イメージが薄い部分”の表現にチャレンジ。アプローチの仕方に苦労しそうだが、実に堂々とした演技を披露していて気持ちが良い。役が悩んでいるシーンでも、演じ手に不安定さを感じないからこそ役のみに集中・没頭して観賞できるため、鈴木亮平はわれわれ観客にとって実に親切でありがたい存在といえる。

 だからこそ、逆転の発想で興味深い起用法をしている作品が2本ある。映画『ひとよ』('19)、そして10月15日(土)にWOWOWで初放送される『孤狼の血 LEVEL2』だ。この2本はどちらも白石和彌監督とのタッグ作。本稿では、第45回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞に輝いた『孤狼の血 LEVEL2』を中心に、その流れを作った『ひとよ』についても触れつつ、鈴木亮平という俳優の“分厚さ”について考えていきたい。

 前作『孤狼の血』('18)といえば、近年の日本映画界では実にエポック・メイキングな作品であり、東映ヤクザ映画の系譜を受け継ぎながらも現代的な味付けが足された作品であった。役所広司、松坂桃李、中村倫也、竹野内豊といった柔和な印象のある面々を配し、彼らが狂犬のごとく吠えまくるという意外性のあるキャスティングが効いている。よく比較される「アウトレイジ」シリーズ('10~'17)は“御用達”のメンバーが景気よく大暴れしているのが持ち味だが、役によって新たな魅力が引き出されるという点では、「クローズ」シリーズ('07~'14)、「HiGH&LOW」シリーズ('15~'22)にも通じるかもしれない。

 これは白石監督に取材時に伺ったときの話だが、『孤狼の血』の公開後「広島に連れて行ってください」という俳優が増えたという。このエピソードからも、作品の面白さもさることながら、出演者にとって新境地開拓の場になっていることが感じられる。特に前作は、主人公が役所広司扮する大上から松坂桃李扮する日岡へとスイッチする構造にもなっており、松坂の豹変ぶりも含めて、俳優たちの奮闘が目立つ。

 そして、前作から3年後を描く『孤狼の血 LEVEL2』。大上の後継者として警察とヤクザのはざまに立ち、均衡を保つバランサーになった日岡だったが、未熟さは否めない。そんな折、“史上最凶”の男、上林が刑務所から出所し、大混乱に陥る――というのがあらすじだが、この敵役を任されたのが、鈴木亮平というわけだ。

<ここから先はネタバレを含みますのでご注意ください>

 オファーが来た際には躊躇ちゅうちょもあったという鈴木だが、入念な役作りを経た上で広島入り。狂気そのものが歩いているような存在感で、親と慕う会長、五十子正平(石橋蓮司)を死に追いやった日岡への復讐を果たさんとする上林を演じ切った。そのスゴみは、本編を観た誰もが知るところ。「どうしたらあんな人間が生まれるのか」と言われるほどの悪鬼であり、一般人であろうが兄貴分であろうが、己が掲げる正義から外れた人間は徹底的に排除する。

 刑務所では「ワシを殺さん限りおどれら平穏無事に生きとりゃせんのじゃ!」とドスの利いた声(顔は血まみれ)で威嚇いかくし、出所後はその足で「世話になった」刑務官の家族に復讐…。穏やかな話しぶりで顔には笑みをたたえているが、完全に道徳や倫理の“向こう側”に行ってしまっている姿は鳥肌ものだ。「なんでそないな目でワシを見よるんじゃ!」と泣きそうな表情で激高しながらピアノ教師の目を潰すシーンは、これまでの俳優=鈴木亮平のイメージを覆すほどの衝撃性がみなぎっている。

 しかも、この目潰しシーンはほぼ初登場で挿入されるのだからなおのことセンセーショナル。これを皮切りに上林の凶行はどんどんエスカレートしていき、日岡との一騎打ちを迎える。松坂桃李という俳優もまた役柄において化ける表現者であり、互いを食い合うような松坂VS鈴木の競演は見ものだ。穏やかな印象のある2人がここまでの熱量をさらけ出すのだから、やはり演技というのは面白い。この配役の妙には、前作であった「俳優のイメージと逆の役を託す」こだわりも感じられる。

 そしてまた、白石作品では俳優と継続的に組む傾向がある点も重要。『彼女がその名を知らない鳥たち』('17)で組んだ松坂と竹野内が『孤狼の血』にも出演し、同じく『彼女がその名を知らない鳥たち』の阿部サダヲ『死刑にいたる病』('22)で再タッグを組んでいる。鈴木においては『ひとよ』を経てからの『孤狼の血 LEVEL2』であるため、両作をセットで見てみると違いが浮き彫りになり面白い。

 『ひとよ』で鈴木が演じたのは、母が暴力をふるう父を殺害して逮捕されてから、必死に生きてきた家族の長男(次男は佐藤健、長女は松岡茉優)。気弱で大人しい性格だが、我慢しすぎて溜め込むあまり、いつ爆発してもおかしくないような危うさを内包している。本人も自身の内に潜む凶暴性に悩んでおり、「父と同じ暴力男の血が流れているのではないか?」と苦悩するさまが印象的だ。加えて、その彼が母の帰還や弟妹との衝突という事件を乗り越えて脱皮していくさまが人間ドラマとしての深みをもたらしている。

 こちらも俳優・鈴木亮平のイメージを逆手に取ったキャスティングであり、静の『ひとよ』を経て、動の『孤狼の血 LEVEL2』になっていった流れもうなずける。圧縮と放出――“怒り”という感情に対する二通りの鈴木の反応を楽しめるというわけだ。

 そして、こうしたエッジの利いた役どころに挑戦しながらも本人が持つ清廉なイメージが崩れないところに、鈴木亮平の“分厚さ”を感じずにはいられない。逆にいえば、ここまで強烈な『孤狼の血 LEVEL2』を経てもなお、真っ白なTシャツのごとき“染まらなさ”を保持しているところに、おそれ多さすら感じてしまう。2023年2月公開予定の『エゴイスト』では、またがらりと違う役どころに扮しており、ブレない体幹に裏打ちされた鈴木亮平のチャレンジは今後、より多方面に広がっていくのではないか。

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「孤狼の血 LEVEL2」:©2021「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会

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