人間って24時間、365日、ずっとカッコいいわけないんだよ。でも、カッコよくなくてダサいからこそ美しいんだよ。――小林聡美主演『ツユクサ』を観てスピードワゴン・小沢さんが心撃ち抜かれたセリフとは?

 映画を愛するスピードワゴンの小沢一敬さんが、映画の名セリフを語る連載「このセリフに心撃ち抜かれちゃいました」
 毎回、“オザワ・ワールド”全開で語ってくれるこの連載。映画のトークでありながら、ときには音楽談義、ときにはプライベートのエピソードと、話があちらこちらに脱線しながら、気が付けば、今まで考えもしなかった映画の新しい一面が見えてくることも。そんな小沢さんが今回ピックアップしたのは、過去を抱えながらも今日を明るく生きる女性に訪れる小さな奇跡を綴ったヒューマンドラマ『ツユクサ』('22)。さて、どんな名セリフが飛び出すか?

取材・文=八木賢太郎 @yagi_ken

──今回の作品は、大人のラブストーリーを描いた『ツユクサ』です。

小沢一敬(以下、小沢)「この映画さ、確かに“大人の恋愛”みたいな語られ方をしちゃうと思うけど、俺はそうは思ってなくて。もちろん、大人の恋愛の話も出てくるけど、全体としては、何もない日常を描いた作品だよね。何も起きないんだけど、でも毎日、何かが起きてるのが人生、みたいなことを描いてる。よく『恋をしたいけど、出会いがない』みたいなことを言う人がいるけど、それは映画のような王子様との出会いがないだけで、出会いそのものは、本当は毎日あるわけじゃん。映画みたいに劇的な出来事を求めちゃうから、自分の人生には何も起きてないと思うかもしれないけど、実は毎日いろんなことが起きてるはずなんだよね」

──この映画みたいな視点で眺めてみたら、誰の人生にも、一つの物語になるような出来事はちゃんと起きてるはずだと。

小沢「そうだね。要するに、スパイが出てくるとか、銀行強盗に巻き込まれるとか、近所で殺人事件が起きるとか、そんな特筆すべき大ニュースはないんだけど、それでも毎日、いろんなことが起きている中でみんな生きてるんだよ、ってことを教えてくれる映画だよね」

──それを淡々としたテンポで見せてくれるから、じんわり染みてくる作品ですよね。

小沢「今の映画って、良いか悪いかは別として『生きる』ことがテーマの作品が多いじゃない。でもこの映画は、『生きる』じゃなく『暮らす』ということがテーマなんだろうなって思ったの。どうしてもみんな、『生きている意味は』とか『生きていくためには』とか、そういうことを語りがちだけど、俺はそんなことよりも、まず日々を暮らしていくことこそが生きるってことだと思うんだ」

──確かに。「暮らす」って、いい言葉ですね。

小沢「生きる意味を考えたりする、それよりも前に、まずわれわれは日々を暮らしていかなきゃならないわけで。これはそういうことをテーマにした映画なんじゃないかなって感じたよね。生きる意味とかを大げさに語ったりする、そういう太字のゴシック体で書かれた見出しの部分だけが人生なわけじゃなくて、小さな文字がたくさん書かれた本文の方に、その人の日々の暮らしがあり、そこにもちゃんと人生があるんだよっていう」

──ついつい、「生き方」とか「生きざま」とか言っちゃいがちですけどね。

小沢「そうそう。例えばプロポーズの言葉でも、『これからの人生を一緒に生きよう』とか言うよりも、『一緒に暮らしていこう』って言う方が、本当はグッと距離が近い感じがするもんね。もちろん、ドラマチックな人生を送りたいって気持ちはあって良いと思うけど、そんな日が毎日続くわけはなくて。それでも、日常の暮らしの中には、ちょっと爪を切ってたら深爪をしたとか、ヤカンに触ってやけどしたとか、一つ一つの小さな事件も起きてるわけで。そういうことにも気付ける生き方を俺もしたいな、と思ったよね」

──まさにこれは、そういうものをリアルに描いた作品ですね。

小沢「主演の小林聡美さんって、すごくチャーミングでかわいい人で、俺も大好きなんだけどさ、いわゆる絶世の美女というような雰囲気は出さないじゃない。そして、相手役の松重豊さんも、王子様のようなタイプではない。そういう2人の恋愛模様が描かれてるところがリアルで。ドラマだと、美男と美女が、毎日違う服を着て、オシャレな生活しながら、みんなが憧れる理想の恋愛をする物語も多いけど、この作品は決してそういうのじゃない。生活感がにじみ出ていて、言葉は悪いかもしれないけど、ちょっとダサいところがすごくリアルだよ。人間って、そんな24時間、365日、ずっとカッコいいわけないんだよって。でも、カッコよくなくてダサいからこそ美しいんだよ、っていう映画かな」

──そういう役に、また小林聡美さんがピッタリとハマってますよね。

小沢「あの人って、自分の住んでいる町にいそうな感じを出すのがすごく上手な人だよね。俺の町にも、これを読んでる誰かの町にも。ひょっとしたらスーパーの隣のレジに並んでそう、とまで思わせてくれるもん(笑)」

──では、そんな今回の作品の中から、小沢さんが一番シビれた名セリフを一つ挙げていただきたいのですが。

小沢「今回は、『俺の周りの大人、みんな嘘つきだし!』かな」

小さな港町で暮らす五十嵐芙美(小林聡美)は、気心の知れた友人たちと他愛のない時間を過ごしたり、年の離れた小さな親友・航平(斎藤汰鷹)と遊びに出かけたりと、楽しい毎日を送っている。しかし、彼女がひとりで暮らしているのには、ある悲しい理由があった。ある日、芙美は車の運転中に隕石いんせきがぶつかるという信じ難い出来事に遭遇。そして、町に引っ越してきた男性・篠田吾郎(松重豊)と出会う。

──物語の後半で、航平が篠田に向かって言うセリフですね。

小沢「あのセリフの前にさ、航平はお気に入りの秘密基地みたいな所へ篠田を連れて行くんだけど、そこで好きな同級生の女の子が、別の同級生とキスしているところを見ちゃったんだよね。その帰り道でのセリフなんだけど、セリフそのものというよりも、あのシーン自体がすごく好きなんだ」

──篠田の自転車の後ろに乗っていたんだけど、急に泣きながら「自転車、止めて!」って言って、自転車を降りちゃうところですね。

小沢「そうそう。自転車を降りてから、篠田に向かって『言いたいことがある!』って、自分が知ってる芙美の嘘を泣きながらしゃべっちゃう。なんであんなことを言っちゃったのかって考えると、たぶん彼はすごく傷ついたのよ、同級生たちがキスをしてるのを見て。そこで、自分の小ささ、ダサさ、無力さを知り、世界中から否定されたような気持ちになったのよ。俺もそうだったけど、あの年頃の子って、自分が傷ついた時には周りの人も傷つけたくなるんだよね。だから、ああいうことを言って、篠田のことも芙美のことも傷つけようとしたんじゃないかな」

──子供って、そういうところあるかもしれませんね。

小沢「傷ついてどうしようもない時、傷ついた仲間を増やしたくなるの。俺自身もそういうことをしたことあるし、たぶん、誰もが経験あるんじゃないかな。だから、観ていて苦しくなったんだけど。ああいう子供の感性が映画で描かれることって少ないと思うんだよね。もちろん、あのシーンそのものは、この映画が伝えたいテーマの本質とは関係ないと思うけど、そんな関係ないシーンの心理描写みたいな部分も、すごく丁寧に作られてる作品だよね」

──あのシーンに限らず、登場人物全員のキャラクターが、見えないところでちゃんと深掘りされている印象はありました。

小沢「セリフとしては、他にも見出しになるようないいセリフもたくさんあったよ。禁酒を破っちゃった女性が言う『お酒って、泣きたい時に笑えるから飲むんですよ』とか、篠田が語る『ツユクサは、どこにでもあるありふれた花でした』とか。あと、芙美が歯医者を訪ねていった時に言う『痛みだけ取ってください。痛みが取れたら、また頑張れるんで』ってセリフも良かったし。どれもいわゆる名セリフだとは思うんだけど、でも俺は、子供のわがままさ、自分勝手さ、残酷さを表現したあの航平のセリフが一番心に残ったかな」

──おそらく、先ほどお話されてた、日々の「暮らし」を描いていく中でのリアルさの部分ですよね、あそこは。

小沢「そうね。誰もがみんなけなげに暮らしていて、だからこそ『私の人生、そんなドラマみたいじゃないから』とか言いがちだけど、この映画を観ると、どんな人でも実は美しい物語の中に生きてるんだってことに気付くことができるんじゃないかな。大人の恋愛みたいなものも、ドラマみたいな劇的な出会いとかではなく、そういうささいな暮らしの中から何げなく生まれてくるからこそ美しいんだって、俺は思いたいよ」

──ちなみに最近、小沢さんの暮らしの中で起きたささいな事件、何かありましたか?

小沢「最近? あ、この前ね、相方の(井戸田)潤に結婚祝いのプレゼントとして、わりと高級な家電を買ったんだけどさ。それが元々すごい高額だった商品が値引きされて店頭に並べられてたやつだから、ポイントが一切つかなかったという悲しい出来事があった。あんなに高い買い物をしたのに(笑)」

──それはまた、ささいですねえ。

小沢「そういうささいな出来事こそが、まさに人生の面白みであり、最も味が染みてるところなのよ」

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クレジット:(C)2022「ツユクサ」製作委員会

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