「M-1」で強かったコンビが持つ要素。すぐ後に観たこの映画で、いろいろと考えさせられたよ――『メタモルフォーゼの縁側』を観てスピードワゴン・小沢さんが心撃ち抜かれたセリフとは?

 映画を愛するスピードワゴンの小沢一敬さんが、映画の名セリフを語る連載「このセリフに心撃ち抜かれちゃいました」
 毎回、“オザワ・ワールド”全開で語ってくれるこの連載。映画のトークでありながら、ときには音楽談義、ときにはプライベートのエピソードと、話があちらこちらに脱線しながら、気が付けば、今まで考えもしなかった映画の新しい一面が見えてくることも。そんな小沢さんが今回ピックアップしたのは、ボーイズラブ(BL)漫画を通してつながる女子高生と老婦人の交流を描いた友情ドラマ『メタモルフォーゼの縁側』('22)。さて、どんな名セリフが飛び出すか?

取材・文=八木賢太郎 @yagi_ken

──今回は、芦田愛菜さんと宮本信子さんが共演した『メタモルフォーゼの縁側』です。

小沢一敬(以下、小沢)「正直ね、観る前の期待を超えてめっちゃくちゃ良かった! 約2時間の映画だけど、あっという間に終わっちゃってビックリしたぐらいよ。映画や小説の世界には“ボーイ・ミーツ・ガール”っていう言葉があるじゃん。少年と少女が出会ったことで物語が始まるという。それで言うなら、この映画は“ヤング・ミーツ・オールド”のジャンルだよね。とにかく、芦田愛菜ちゃん……あ、もう、愛菜“ちゃん”は失礼か。愛菜“さん”だ。その芦田愛菜さんと宮本信子さんが、2人とも本当にチャーミングだった」

──ちょっとオタクっぽい女子高校生に、ごく自然に成り切っている芦田愛菜さんがすごかったです。

小沢「引っ込み思案で、クラスの中でも目立つキャラクターじゃなくて、内面に熱いものは持ってるけど、その出し方が分からなくて、という難しい役だけど、声の出し方とか表情とかで『あ、こういう子、いたよな』って思わせるところが、本当にすごかったね。昔、クラスで漫画を描いてた女の子とか、頼まれもしないのに学級新聞に絵を描いてた子って、あんな感じだったもんね。物語そのものも、取り立てて大きな出来事は起こらないんだけど、実はすごく大事なことを取り扱ってた気がするし」

──何気ない日常を描いてるだけなのに、その中でちゃんと登場人物たちは成長していくという。

小沢「そう。見た目の大きな変化はないけど、心の中はまさにメタモルフォーゼで、変身していくからね。特に俺さ、去年(2022年)の年末の『M-1グランプリ(以下M-1)』が終わった後にこれを観たから、いろんなことをリンクさせながら観てしまう部分があって。エンディングに主演の2人が歌う主題歌が流れるんだけど、あの『これさえあれば』って曲は、T字路sってデュオの曲なんだよ」

──音楽もT字路sが担当してました。

小沢「T字路sって、オズワルドと一緒にライブやったりしてるんだよね。俺は前に、オズワルドの伊藤(俊介)に『すごくいいバンドいるんですよ』ってT字路sのことを教えてもらって。確かオズワルドは、この『これさえあれば』を漫才の出ばやしにしてたと思うんだけど、すごくいい曲なの。この『これさえあれば』の“これ”は、今回の映画では漫画ってことになるけど、“これ”を漫才に置き換えても成立する曲で」

──この映画自体も、『M-1』に憧れるお笑い好きの高校生の物語、みたいに置き換えても成立するようなテーマですもんね。

小沢「そうだね。だから、観ながらいろんな想いが込み上げてきちゃったよ。ちなみにこれはBL作品が好きな女子高生の話だけど、映画の中でも描かれてるように、世間ではBLってちょっと日陰の扱いをされることがあるでしょ。でも実は俺さ、漫才師というのも、どこかにBL要素がないとダメだと思ってるのね(笑)。漫才師って、見た目にはボケとツッコミでいつももめてるんだけど、『なんだかんだ言いながら、本当は仲がいいんだよね』っていう部分がファンを惹きつけることもあるわけだから」

──確かに、そうですね。この連載でも、よく小沢さんが「潤がさぁ」って言って相方の井戸田さんの話をするのを聞くと、ちょっと胸がキュンとしますから。

小沢「まあ、あなたのような年齢の男性にそう思われることは、心外でしかないけどね(笑)」

──芦田愛菜さん気分で言っちゃいました。大変失礼いたしました(笑)。

小沢「でも、言いたいことはよく分かるよ。俺もダウンタウンがいまだに好きなのは、『なんだかんだ言って松本(人志)さんは浜田(雅功)さんのことがすごい好きだよな』って思うからだし。去年の『M-1』で優勝したウエストランドだって、ああいう内容のネタなんだけど、もしかしたら、あの10組の中で一番コンビ仲がいいのはウエストランドかもなんだよね。あの2人は中学高校からの同級生だから。あとはロングコートダディなんかも、2人の仲の良さが垣間見えるし。『仲が良い』って言い方だと語弊があるなら、『お互いがお互いを必要としている』でもいいんだけど。とにかく、そういう要素を持ってるコンビが『M-1』では強かったな、なんてことを思っていた後にこの映画を観たから。そういうこともいろいろと考えさせられたよ」

──では、そんな今回の作品の中で、小沢さんが一番シビれた名セリフは?

小沢「今回はやっぱり、『才能ないと漫画描いちゃダメってこと、ある?』かな」

毎晩こっそりBL漫画を楽しんでいる17歳の女子高校生・うらら(芦田愛菜)と、夫に先立たれ孤独に暮らす75歳の老婦人・雪(宮本信子)。ある日、うららがアルバイトをしている書店に雪がやって来る。美しい表紙に惹かれてBL漫画を手に取った雪は、初めてのぞく世界に驚きつつも、男の子たちが繰り広げる恋物語に魅了される。BL漫画の話題で意気投合したうららと雪は、雪の家の縁側で一緒に漫画を読んでは語り合うようになり、立場も年齢も超えて友情を育んでいく。

──「自分でも漫画を描いてみたくないのか?」という話に、「私なんかそんな、そんな才能ないので」と答えたうららに対して、雪が言うセリフですね。

小沢「そう。あの雪さんのセリフに、俺も気付かされたというか。そうだよな、好きならやっちゃえばいいんだよなって。商売になるかならないか、他人に評価されるかされないか、そんなことを考えながら始めるなんて、実は不純でさ。本当に好きなら、才能があろうがなかろうが、まずやってみることが大事だなって。結局、才能なんてものは後付けじゃん。才能なんて、全員にあるし、全員にないのよ。ずっと続けていられた時に初めて『あいつは才能ある』って言われるだけで、始める時にはみんな一緒なんだよ。例えば親に『あんたにそんな才能ないんだから、やめなさい』とか言われるわけじゃん」

──だいたいそれを言っちゃいますよね、世の親たちは。

小沢「大人たちがそれを言い過ぎちゃってるから、子供たちも勝手に『才能ないやつはやっちゃダメなんだ』って思い込んでるけど、夢があるならやっちゃえばいいんだよ。誰だって最初は才能も何もないところから始めてきたんだから。そういうことを教えてくれる映画だと思うよ」

──この主人公のうららだって、あんなに拙い絵でも一生懸命に描いて、それがちょっとした奇跡を起こすことになるわけですからね。

小沢「うららが初めて描いた漫画を劇中で1ページずつ見せてくれるんだけど、あの漫画がすごくいいんだよね。あのシーンで俺、涙が出てきちゃったもん」

──映画なのに漫画で語らせちゃうところも、すごく良かったです。

小沢「あと、セリフとしては、あれも好きだったよ。『この漫画のおかげで、私たち、友達になったんです』ってやつ」

──2人が憧れる漫画家・コメダ優(古川琴音)のサイン会のシーンで、雪が言うセリフですね。

小沢「このセリフって、言ってるほうはもちろんだけど、言われた漫画家にとっても幸せな言葉なんだよね。俺もそういう漫才師でありたいなって。『スピードワゴンが好きだから、友達になったんです』とか、ライブをいつも観に来ているお客さん同士で仲良くなったとか、そういうことがあったら本当に幸せだし、そうありたいなって思ったよ。そのほかには、あのシーンも良かったよ。幼なじみの男の子、なんていう名前だっけ?」

──なにわ男子の高橋恭平さんが演じた、“つむっち”こと紡です。

小沢「そのつむっちが、海外へ行っちゃう彼女を見送りに行くべきかどうかを悩んでる時に、うららに『無責任でいいから、“はい”か“いいえ”で答えてくれない?』って頼むシーン。『俺、行かなくていいよね?』って聞くと、うららが『いいえ』って答えるじゃん。で、それでもグズグズしてる彼の手をグイッと引っ張って、『ほら、走ろ!』って言って走り出すんだけど、その走る姿が素晴らしかったよね。やっぱり、主人公って走り出すよなぁって思った(笑)。そして、その走り出す姿が美しい人こそが主人公だな、と」

──確かに今までも数々の名作で主人公たちが走り出してきました。

小沢「これは若い子には刺さらないかもしれないけど、『太陽にほえろ!』('72~'86)のジーパン(松田優作)も、『あぶない刑事』シリーズ('86~'16)のタカ(舘ひろし)とユージ(柴田恭兵)も、みんなずっと走ってたもん(笑)。結局、走ってる主人公っていうのは常に地に足が着いてないから、たぶんそこが魅力的に映るんだろうね」

──そんなところもお気に入りの作品だったわけですね。

小沢「そうだね。またこうして素晴らしい映画に出会えて、俺自身も、まだ何かやれるかもしれないって気持ちにさせてもらえた。それもこれも、この連載のおかげだから。もう、俺にはこの連載こそ、『これさえあれば』大丈夫さ(笑)」

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クレジット:(C)2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会

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