「WOWOWテニス」を支えるプロデューサーに、グランドスラム生中継の舞台裏や、テニスの“これから”について聞いてみた。
取材・文=壬生智裕
全米オープンテニスを隅々まで楽しんでいただくために
――まずは早川さんの経歴を教えてください。
30歳の時に中途でWOWOWに入って、当時は事業部という放送外収入を扱う部署にいました。そこではWOWOWで作った番組を他局に販売したり、スポーツ物のニュース配信権を売ったり。あとはイベントをやったり、番組をDVDのパッケージにして売ったり、といったことを3年ぐらいやっていました。それからスポーツ部に異動となり、リーガ・エスパニョーラや、陸上のダイヤモンドリーグ、NBAなどを担当した後に、2018年からテニスの担当になりました。
――錦織圭選手、大坂なおみ選手といったスター選手が注目を集め、テニス界も盛り上がりを見せていた時期ですね。
盛り上がりといえば2014年、錦織選手が全米の決勝に行った時は特にすごかったですね。その時、僕はNBA担当でテニスの担当だったわけではないですけど、ものすごい数の加入申し込みがあって、それは本当に大フィーバーでした。もちろんWOWOWだけじゃなくて、日本全体でそうだったんですけど。そして僕がテニス担当になった2018年は、大坂なおみ選手が頭角を現わしてきて全米で優勝した年でした。僕は本当にいいタイミングで担当させてもらったなと思っています。
――ところでもうすぐ全米オープンが開幕しますが、全米オープンの特徴とは?
他のグランドスラムと比較して、全米オープンはエンタメ要素にあふれている感じがします。なお、センターコートのアーサー・アッシュ・スタジアムはテニスコートとして世界で一番の収容人数(23,771)を誇る。ですから四大大会の中で一番フェスティバルっぽいというか、そこはやはりエンタメの国だなと思いますし、会場全体、みんなでテニスを楽しもうという感じにあふれているのが全米の特徴だと思います。
――中継の際には練習コートが見られるようになっています。
2020年の全豪から始めました。それまでは試合中継のみでしたが、試合の前の練習風景と試合後の記者会見を配信することで、その日の選手の調子や、選手は次の試合のためにどういった想定で練習しているのか、終わった後の記者会見では、どういう思いで試合をしていたか、というところまで分かるようにしています。もちろん全部が全部見せられるわけではないのですが、可能な限り、全部見せようということにしています。
――視聴者の皆さんからの反響はいかがでした?
反響はやはりいいですね。そもそも2~3年前に大きなアンケート調査をした時にも、練習と記者会見を見たいという意見は出ていて。それならばということでやってみたわけですが、間違っていなかったなと思いました。
――テニス中継を行なう上で心掛けていることはありますか?
基本的には現地の空気をそのままテレビ越しにお届けしたいということですかね。だからそこに過度な演出は入れないようにしています。その延長でオンラインの練習風景とか、記者会見もくっつけてみたということですね。向こうではどういうふうに盛り上がっているのか。そういったことをいかにして伝えるかというところは心掛けています。そもそも世界最高峰のものなので。そこでWOWOWがプラスオンで演出をする必要はない。ありのままをちゃんと、きちんと見せよう、というのが根っこにあります。
――中継先のスタッフは何人くらいいるのですか?
コロナ前だと、出演者・技術・制作など40~50人くらいで現地に行っていました。ただ今はそれもコロナ禍になり難しくなりましたね。必要最低限というところで、日本から行くのはせいぜい4、5人くらいですかね。少数精鋭ということで、どこまで現地の情報を東京・辰巳の放送スタジオに伝えられるか。そしてそれを画面に出すようにするかということは、毎回試行錯誤しながらやっています。
――現地に行っている人たちの役割分担はどのような感じなのでしょうか?
プロデューサー、ディレクター、テクニカル、出演者などさまざまです。例えば現地リポートをする際には、どういう切り口でリポートするのか、選手インタビューだったり、練習コートだったり、そういったところの現地の空気感をいかに伝えるのかという演出面や、技術的に映像をちゃんと日本に送り出せているのかというところも含め、役割分担はいろいろあって。誰かひとりでも欠けたら結構しんどいですね。
テニスのプロデューサーとして心掛けていること
――プロデューサーとしてのやりがいは何ですか?
やはり現地の様子をいかにしてお伝えするかということですよね。例えばジョコビッチ選手とナダル選手が対戦した(今年の)全仏の準々決勝などでいうと、あの時は本当に会場が異様な雰囲気だったんです。それをいかにして、辰巳の実況・解説・制作の皆さんに伝え、咀嚼してもらい、画面に出してもらうか。それが意図した通りに出ていると、ちゃんと伝わったなと思いますね。
――現地の様子を伝えるというのは、例えばどのような感じで行うのでしょうか?
当然、映像として伝えられるものもあると思うんですけど、やり方はいろいろですね。例えば試合前なら、現地の新聞記事を見せて、現地だとこういう切り口で見ていますよ、と紹介したり。それでも伝えきれなかったら、それを言葉にして実況・解説と制作に渡して、コメントの足しにしてもらったり、あとはコートサイド解説といって、試合を間近に見られる場所に解説者の方に座っていただき、試合間に東京の実況解説の方々とクロストークをして、現場の臨場感を伝えてもらったりとか。それが視聴者の方から反響があったら、うまく伝わったなという充実感があります。
――当然、視聴者からはスター選手が見たいという声も多かったと思うのですが、そう
いった声にはどう応えていったのでしょうか?
現地で取材したオリジナルの素材をもとに企画VTRを作ったり、グランドスラムごとに、ちゃんと試合から、会見から、1on1のインタビューから、しっかりと彼ら彼女らのバックグランドをお届けします。当然プレーに関しては客観的な解説を、実況解説の方々にお願いしたりとか。割と事細かに追い掛けていますね。最近だとSNSもその重要な役割を担っています。
当然彼らもスーパースターなんで、すべてがすべてOKというわけではないのですが、そこをうまく調整しながら、極力お客さまの目に触れるようなやり方を心掛けていますね。ただ結局のところ、テニスファンって試合を見たいのかなと思っていて。だからあくまで“試合をより楽しむために”、という視点が大事なところかなと思っています。
例えばプレー面でいうと、大坂選手はすごいんだけど、何がすごいのか、というテクニカルな部分を解説するということもあれば、選手たちがおのおの背負っている生い立ち、性格といったところを紹介してあげて、感情移入できるような見せ方をするとか。とはいえそこは先ほどお話した通り過度な演出は加えないようにしています。もちろん地上波には地上波の良さがあると思うんですが、そことは一線を画して、テニスをどう楽しんでもらえるかというところを、多角的に焦点を当てて紹介していこうと心掛けています。
――地上波だとどうしても、選手のプライベートや人となりに迫るといった演出になりがちです。
もちろん、オフはこう過ごしているとか、こういうアーティストが好きです、といった情報はありだとは思うんですけど、あくまでゴールは試合を見て楽しんでもらうということですし、そのためにわれわれも決して安くはない金額を支払って中継の権利を買うわけですから。もちろんどんなスポーツでも、選手のバックグラウンドが気になるということはあると思うんですけど、それをあおり過ぎるのはWOWOWが担うところではないかなと思っています。
そもそも映像にしても、9割方出来上がった状態のものに、実況・解説・CG、企画VTRなどをつけて送り出すわけですから。メインディッシュとしてある程度完成されているものに、蛇足となるようなアレンジをつけないようにとは思っています。われわれの役割は、残りの1割をどう演出して、よりおいしく見えるようにするか、ということだと思っています。料理で例えるなら、いかにしておいしく見えるように盛り付けるかだと思います。その1割のところを4割にしてしまうと、試合を崩してしまうわけで。その辺りは注意しながらやっています。
テニスを担当して、印象に残っているエピソード
――今までで大変だったことはありますか?
今でこそ、各大会では屋根付きの会場が増えてきているんですけど、屋根がない会場だと、雨になった時に試合進行の予定が狂うんです。その時は、われわれの意図とは関係なく、大会側が進行をすべて決定するわけです。もちろんわれわれも、こうしたい、という希望は伝えるんですけど、それが通ることはほぼなくて。大会側も自国のテレビ局に向けたような作り方をするし、当然われわれもクライアントであるとはいえ、100%こちらの意図をくんでくれるわけもない。そんな中で、雨によってスケジュールがずれ込んだりしてくると、とんでもない組み方をしてくるんですよ。
――できる時に一気にやってしまえという感じですか?
そうですね。2019年の全仏だったと思うんですけど、雨が続いて試合がずれ込んでいました。そして迎えた女子準決勝ですが本来だったらセンターコートで1試合目、2試合目と組むところ、当然こちらもメインの2試合を連続で、時系列に沿って放送するはずだったんですけど、いきなり違うコートに飛び出して。2試合同時で進行することになったんですよ。そうすると、われわれは1チャンネルしかないのに、どうするんだということになって。
――その時はどうされたんですか?
結局、オンデマンドで実況・解説をつけて放送しました。本当に予期せぬことがあり過ぎるのがテニス中継かなと思います。サッカーなら前半45分、ハーフタイム、後半45分。だいたい2時間で収まると思うんです。それはバスケットボールもそうですし。いろんな試合が同時進行で進んでいく中で、中継枠を用意して、そこに向けて実況・解説者のスケジュールを押さえて準備してきたところに、いきなり前日にドーンとスケジュール変更となっちゃいましたからね。
――ただ逆に言えば、そこをどうやりくりするか、ということもプロデューサーの腕の見せどころなのでは?
そうですね。結局、アンコントロールな部分が大半なのでその中で出てきたものをどうさばくか、どうやって最適解を見いだしていくか、ということがプロデューサーの仕事なのかなという気がします。しかし予期せぬことが起こらないに越したことはないです。
――やはりスポーツは予期せぬことが多く、想定外のことも多いでしょうね。
そうですね。中でもテニスって、その最たるものかなと思うんですけどね。「2時間半ぐらいで終わるかな」と予想しても、5時間近い熱戦になることもあり得ますし。2020年の全仏で(当時)14度目の優勝が懸かるナダル選手の試合が夜に組まれていた時がありました。その前の試合がフルセットの大熱戦になり、想定外に時間がかかった結果、ナダル選手の試合途中で、用意していた放送枠が終わってしまうぞ、となりました。
ただ、放送枠がないからといってナダル選手の試合を途中で終わらせることは、テニスファンにとっては冒瀆以外の何物でもない(笑)。だからもう無理やり、放送センターのマスタールームという、うちの放送の根幹を成しているところに行ってその枠の後に組まれていた番組をなんとか調整して、マスターで(ナダル選手の試合に)手動で切り替えたということがありました。一歩間違うと大事故なんですけど、なんとか組み替えることができました。試合終了は現地時間の深夜1時30分ごろでした。
あの時はいろいろな方に迷惑を掛けてしまいましたが、それでもナダル選手の試合をちゃんとお届けできたというのは、プロデューサーとしては良かったなと思っています。
――想定外のことが起きる中で、常に取捨選択を迫られるところがあるという感じでしょうか?
そうですね。例えば1on1取材の申請をしても100%許可が下りるわけではないですから。選手が疲れていれば、この日は取材を受けないということもありますし。そういう不確定要素が多々ある中で、常に取捨選択を迫られている感じですかね。もしかしたら捨てたものの中に正解があるかもしれないですし、何が正解なのか正直よく分からないんです。次に行ってみると、まったく違うことが起きたりするので。
だからもう、その時の正解じゃなくて最適解を求めていく、という感覚じゃないといけないな、と。プロデューサーおのおのに考え方はあるかもしれないですが、僕個人としては極力、フラットなスタンスで判断できるようにしたいなという心構えではあります。ただ時には今までやってきたことをひっくり返さないといけない時もあるわけで。そうすると当然、反発もあります。それで次からどうするのか、ということもあるんですけどそれはもう先ほど言った最適解ということで。本当に日々迷いながら、ですね。
WOWOWテニスの未来を見据えて
――WOWOWでは、中継以外にもテニス業界を盛り上げるための施策をいろいろとやっています。例えば「リポビタン Presents 伊達公子×YONEX PROJECT ~Go for the GRAND SLAM~」に参画、というのもその一環だと思うのですが、その辺りの思いを教えてください。
まず会社の方針という前提があります。今までのWOWOWはいわゆるメディア業でした。スポーツ部でいえば放送権を買ってきて、それを電波に乗せて、送り届けるという。しかしそれだけでなく、例えばこの伊達さんの企画もしかり、練習コート配信や、WOWOWテニスカレッジという、WOWOWのテニス解説者の方に、実際グランドスラムで行なわれているようなプレーを、アマチュアプレーヤーに教えるという有料イベントも始めています。このようにこれからは、視聴者の方が応援や体験などを通じ、テニスのいろんな楽しみを体験できるようなことを仕込んでいきたいと思っています。
今までは、“見せる”というところで貢献してきたんですが、これからは全体を通して貢献していこうというところに変わり始めたということですね。そういう意味で言うと、日本のテニス文化を底上げしていくために、テニスというコンテンツに紐付けることで放送以外のことも、お客さんが喜ぶことであったら何でもやっていこうと。そういうふうに今、変わろうとしているところです。
――その背景としては、30年にわたってテニス中継を行ってきたという自負もあるのでは?
そうですね。WOWOWは、グランドスラムを放送し始めてから30年になるんです。ウィンブルドンだけは2008年からなのですが、ほかの3大会は30年になります。特にWOWOWは、テニスとボクシングに安定したお客さまがついているので。そこでテニスファン、ボクシングファンのハートをいかにしてつかみ続けるのか、ということはすごく大事なことだと思っています。
そういう意味で、テニスの担当になって思ったのは、WOWOWテニスって、実はテニス業界の人から信頼されているんだなということ。それは当然、お仕事という面もありますけど、テニスに対して愛がある人たちが支えてきた、ということもあると思うんです。そしてそれを視聴者の方、もしくはそのテニス業界の方にも感じ取ってもらっているのかなという気がしています。
だからそこにもう少し、いろんなサービスを加えることで地盤を固めていくことができれば、テニス自体の土壌が豊かになっていく。そうやってテニス業界が盛り上がれば、結果的にWOWOWも潤うことになる。そういったビジネス的なところも含めて、テニス業界を盛り上げていけたらと思っています。もちろんまだその体制や、組織がしっかりと整っているわけではないんですが、それは今後、どんどんとカスタマイズされていくのかなと思っています。
――やはりそうすることで、次世代のスーパースターが出てほしいという思いもありますか?
それはもちろんあるんですが、ただすべてを選手に紐付けた展開をしてしまうと、選手頼りになってしまうわけで。結局、錦織選手、大坂選手、それからビッグ3(フェデラー選手、ナダル選手、ジョコビッチ選手)なども、いつか引退してしまうわけです。選手自体のパーソナリティーや、プレーをフィーチャーしていく、というのは当然、一つの接点ではあるんですけど、それに頼り過ぎてしまうとわれわれでコントロールできないところでしか勝負できなくなってしまう。
ですからそれに加え、やっぱりテニス自体の魅力をどう伝えるかが大事だと思うんです。テニスってやっぱり楽しいんだということをどう分かってもらうかということですね。僕は割と、ジョコビッチ選手やキリオス選手が好きだという話を対外的にするんですけど、本当のことを言うと、誰が勝ったらうれしい、ということよりも、良い試合を見たいなと思っていて。もちろん応援したい選手をつくって応援するというのは、テニスに触れる一番身近な方法ではあるんですけど、その一方で、目の前で行なわれている試合がものすごくいい試合だったら、それが一番いいことだと思うんです。
われわれも今までは選手の人気に頼り過ぎていた、という部分があったかもしれない。だから選手の魅力を伝えるということはもちろん大切なことなんですが、その一方で、テニスの試合やプレーというのはこんなにも面白いんだよ、というのはちゃんと伝えていけるといいなと思っています。
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クレジット
「全米オープンテニス」:R.ナダル、大坂なおみ、C.アルカラス、D.メドベージェフ、E.ラドゥカヌ Getty Images、I.シフィオンテク 写真/アフロ
錦織圭、大坂なおみ:Getty Images