気になる本はありますか?「トニー賞授賞式」とセットで読みたい本4選!
9月の番組テーマは「第74回トニー賞授賞式」
新型コロナウィルス感染症拡大の影響で前代未聞の開催延期となった『第74回トニー賞授賞式』。
WOWOWでは、授賞式第一部を『ライブ配信!第74回トニー賞授賞式 事前受賞の部』と題しライブ配信、授賞式第二部を『生中継!第74回トニー賞授賞式』と題し生中継・同時配信。
今回、ブッククラブ部長の幅さんが番組をより楽しんでいただくための4冊の本をセレクトしました。
1冊目:ミュージカル史
小山内伸(著)
中央公論新社
新聞記者として文芸や演劇と向き合ってきた小山内伸さんが、特に思い入れの強かったミュージカルに焦点を当てて執筆したのがこの一冊です。
2016年に出版された本ですが、ミュージカルの歴史を俯瞰した書籍は、実は国内ではこれが初めてとなります。
ミュージカルと聞けば、やはり最初に思い浮かぶのがニューヨークでしょう。ブロードウェイにひしめく劇場の姿は、100年以上続くミュージカルの歴史の中でも常に中心的な役割を果たしてきました。
この本では、まだ電気も普及していない時代に、劇場が煌びやかな社交界の中心となっていったルーツからミュージカルを紐解き、現代ミュージカルの成り立ちに向き合います。
大衆性を獲得できた理由には三文オペラの流れが組み込まれている一方、バーレスクのような音楽劇の影響も受けるなど、ミュージカルの進化における紆余曲折や矛盾も含めて触れることができます。
また、『サウンド・オブ・ミュージック』のような代表的作品の変遷を辿り、わかりやすく、それでいて愛たっぷりにもミュージカルを語ってくれる一冊です。
2冊目:なにもない空間
ピーター・ブルック(著)
高橋康也、喜志哲雄(訳)
晶文社
1968年に書かれた『なにもない空間』は、そもそも演劇とは何か?を考える上でのバイブルとして、半世紀経った今でも読み継がれています。
なにもない空間と演者、そして観客の三要素が揃えば、演劇は成立するというセンセーショナルな切り口が印象的ですが、著者のピーター・ブルックさんはイギリスの名門、ロイヤル・シェイクスピア劇団での活躍も名高い劇作家です。
そんな世界最高峰の作家のエッセンスを一冊に凝縮したのが本著で、なにもない空間だからこそ、観客は、演者は想像力を働かせられるという点に注目し、演劇の根元論を展開していきます。
本著は演劇界のクラシックスとしても名高い一方、商業主義的で退屈な作品を最も忌避し、シェイクスピアが生み出してきた革新的な作品を讃える著者の性格がよく現れている一冊でもあります。
そして、最後にはブルックの演劇に対するひたむきな姿勢に心を動かされるはずです。
3冊目:もっと知りたい ロートレック
高橋明也(監修)
杉山菜穂子(著)
東京美術
本書を手がけた高橋明也さんと杉山菜穂子さんは、ロートレックの作品も数多く収蔵している三菱一号館の館長と学芸員という肩書きをお持ちです。
トニー賞では『ムーラン・ルージュ』が複数ノミネートされており、その作品を知る上でも中心的な人物にいるのがロートレックという一人の画家だと考えピックアップしました。
この「もっと知りたい」シリーズは、テーマの画家について実にわかりやすく紹介しているのが特徴で、今回のロートレックについても例外ではありません。
ロートレックの生い立ちから、彼が手がけた作品の見どころや作風に至るまで、フルカラーのビジュアルとともに噛み砕き、名作である所以や彼の功績を余すところなく紹介してくれます。
名門貴族の長男でもあった彼が、不幸な事故を通じてハンディキャップを抱え、アウトロー画家として活躍するに至るまでの道程は、彼の多彩な作風にも影響を与えたことを伝えます。
彼の持ち味は徹底した基礎教養ですが、それを全く無視したパロディー作品でデビューを飾る様子もまた、彼の奔放な性格を端的に表すワンシーンと言えるでしょう。
彼の優れた点は、街の観察者としての鋭い洞察力にあり、彼が描いたムーラン・ルージュのワンシーンを見ても、あらゆる階級の人間が同じ場に集う様子や、練習に励む姿を、躍動感とともにありのままの光景として伝えます。
『ムーラン・ルージュ』を鑑賞する上で想像力を働かせる、大きな手助けとなってくれるはずです。
4冊目:未練の幽霊と怪物 挫波/敦賀
岡田利規
白水社
チェルフィッチュという劇団を主宰している岡田利規さんが手掛けた、世間の「演劇アレルギー」と向き合うために書いたという能舞台のシナリオ集です。
あまり馴染みがない人にとって、演劇はどうしても演出や演技のわざとらしさが鼻についてしまうこともあるものです。
一方の能では、役者による過度な表現を回避し、映画スクリーンのように役をただ「映す」存在として演者が登場します。また能の世界では現世を映す役回りとして、多くの幽霊が登場します。
今作品集でも幽霊の活躍はめざましく、中でも「挫波」は特におすすめしたいシナリオです。
建築家の故ザハ・ハディドが幽霊として登場し、東京オリンピックの競技場として一度採用され、後に白紙撤回となってしまったプロジェクトのビジョンについて語る構成です。
複雑なアイデアを複雑なまま具現化できなかった、彼女の思いの丈がレクイエムのように語られるシーンは現代日本の閉塞感とも合致し、シナリオを読んでいるだけでも心動かされます。
能は日本の伝統芸能というイメージが先行し、どうしても古典的な印象に引っ張られてしまいますが、今作では「ガードレール」や「六本木」など、形式的に能のエッセンスを採用しつつも、現代的な語彙やテーマが随所に盛り込まれ、親しみやすい作品集と言えます。
「能」のあり方を刷新する試みとともに、舞台芸術とは何なのかという問い直しにもつながっている一冊に仕上がっています。
これまで紹介した本
先に番組を観るのもよし、本から入るのもまた一つの楽しみ方。あなたにとって番組や本との新しい出会いになることを願っています。