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松村北斗×上白石萌音。個々の魅力が2人一緒になることで「倍増」する、とびきり優しい1本の映画を、2人の自然体な演技から紐解く

映画ライターSYOさんによる連載「 #やさしい映画論 」。SYOさんならではの「優しい」目線で誰が読んでも心地よい「易しい」コラム。今回は、『夜明けのすべて』('24)でW主演した松村北斗上白石萌音の出会いが生み出す“倍増する表現力”について紐解きます。

文=SYO @SyoCinema

 映画とは、“出会い”を描くものだ。
 それによって変化・成長してもいいし、しなくたっていい。最高の出会いでも最悪の出会いでもいい。そして私たち観客もまた、そんな“出会い”を描いた作品との“出合い”を通して心に何かが生まれる。

 そうした“出会い×出合い”の豊かさを、ことさらに感じた映画がある。
瀬尾まいこの人気小説を三宅唱監督が映画化した『夜明けのすべて』だ。

 本作は、PMS(月経前症候群)に悩む藤沢さん(上白石萌音)とパニック障害に苦しむ山添くん(松村北斗)が、周囲の助けを借りながら支え合う小さな社会の物語。
 いわゆる「病気をテーマにした映像作品」にありがちな、過度な感情的な演技を排し、淡々と静かに、優しさを見つめていく。コロナ禍を抜けても多様な不安が拭えない今という時代の空気に、そっと寄り添ってくれるような良質なヒューマンドラマだ。

 劇場パンフレットに寄稿させていただいたこともあって本作への想いは個人的に強いが、その根底には救済の気持ち――「こんな映画に出合いたかった」という感情があるように思う。それほどに本作には無駄がなく、とびきり優しい。

 その中心にいるのが、W主演を務めた松村北斗と上白石萌音だ。NHKの連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(’21~’22)での共演や、新海誠監督作品『君の名は。』(’16)、『すずめの戸締まり』(’22)で、それぞれ声の出演をしている2人だが、本作での“出会い”はまさに唯一無二のもの。

 作品の世界観への溶け込み方、“リアリティ”なんて言葉がいらないほどの自然体な演技、両者の静かな成長をずっと見ていたくなるような掛け合い――個々の持つ表現力と感性の豊かさが、2人一緒になることで「倍増」している。

 しかも興味深いのは、これは個人の感覚だが――「この2人の共演をまた観たい!」とは思えなくなってしまう。もはや自分の中で、松村北斗×上白石萌音は山添くん×藤沢さんであり、あまりにいとおし過ぎるが故に他の可能性を望まないのだ。少々厄介なオタクになりかけてしまうほどの魅力が、この作品にはあふれている。

 その魅力とは何か? と説明するのもやぼだが……
 ひと言で言い表すなら“相性”なのだろうと思う。実はこの映画、少々特殊なことに「藤沢さんと山添くんの出会い」は描かれていない。関係性がまだ構築されていない段階ではあるが、会社の同僚としてある程度の日々が経った段階から始まるのだ。

 山添くんが会社でパニック障害の発作を起こしてしまったことで藤沢さんが一歩踏み込もうとし、山添くんもまたPMSへの理解を深めようとしていく。ただ、その行動には何ら物語上の都合を感じさせない。2人とも元々の性格が丁寧に描かれているからだ。藤沢さんはおっとりとした世話焼きな性格で、「人のために動く」ことへの躊躇ちゅうちょがあまりない。

 対する山添くんは、元々はキャリア志向な“できる”人物だったため、出世街道を外れてしまった自分を受け入れられず、ステータスが違う他者との間に壁を作ってしまう。そんな2人が、藤沢さんが壁を壊して歩み寄ってきたことで相互作用を及ぼしていくさまが秀逸だ。

 何より松村×上白石の演技がその流れを補強し、説得力をもたらせていく。山添くんに何かとおせっかいを焼いてくる藤沢さんは、上白石の演技を見ていると「藤沢さんならやりそう」と思えるものだし、そんな藤沢さんにツッコミながらもその姿に感化され、他者との競争ではなく受容と融和の生き方を選ぶ山添くんの変化のグラデーションは、松村にしか出せないものだと感じる。声のトーン、他者と話す際の目線など、すべてが絶妙なのだ。

 きっと藤沢さんの中に理由なんてものはなく、考えるより先に動いてしまう人なのだろう。一方、山添くんは合理性と成果主義の人で、他者の気持ちは二の次なのがベースライン。
 そんな“病気がなければ向き合うことのなかっただろう2人”の掛け合わせを目にするとき、私たちは他者という存在の尊さを想うのかもしれない。

 夜明け前は最も暗い。ただ夜空には無数の星が輝いている。その星々がそれぞれに他者を認識したら、“独り”ではなくなる。このくらい世界で必死に発光している同じような誰かが、いるのだと。

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クレジット:©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

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