「女性はこうあるべき」という押し付けについて、ある台湾映画から考える #観て、学ぶ。映画の中にあるSDGs from安田菜津紀

 SDGs(Sustainable Development Goals)とは、2015年9月の国連サミットにて全会一致で採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す17の国際目標。地球上の「誰一人取り残さない(Leave No One Behind)」ことを誓っています。
 フィクションであれ、ノンフィクションであれ、映画が持つ多様なテーマの中には、SDGsが掲げる目標と密接に関係するものも少なくありません。たとえ娯楽作品であっても、視点を少し変えてみるだけで、われわれは映画からさらに多くのことを学ぶことができるはず。フォトジャーナリストの安田菜津紀さんが、映画をきっかけにSDGsを紹介していき、新たな映画体験を提案するエッセイです。

文=安田菜津紀 @NatsukiYasuda

今回取り上げるのは、台北郊外の幸福路という町を舞台に、主人公チーと、そこに生きる人々の半生を描いた『幸福路のチー』('17)です。

登場人物たちの歩みからは、激動の台湾の歴史が見えてきます。その中でもジェンダーに焦点を当て、「目標5:ジェンダー平等を実現しよう」について考えていきたいと思います。

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(SDGsが掲げる17の目標の中からピックアップ)

子どもがいてこそ一人前。それって当たり前?

 「お子さんいらっしゃるの?」「早く(子どもを)生んだ方がいいわよ」「子どもがいてこそ一人前よ」…とりわけ30代になってから、何度となく掛けられてきた言葉だ。子どもについての問いは、本来とても繊細なものだと思う。私は結婚して9年がたつ。仕事柄、私たち夫婦は国内外を飛び回り、子どもはまだいない。いつかは欲しいと思っている。ところが私の体は排卵がうまくできず、薬に頼ることもある。最近では生理が来るたびに、「ああ、またダメだった」と落ち込んだりしていた。子どものことを聞かれると、奥底にしまい込んでいたはずの不安が、一気に心の表面すれすれまで浮かび上がってくるのが分かる。

 ある時、写真展に来場してくれた知人が、彼女の息子と私たち夫婦が写っている写真をネットにアップした。それを誰かがまとめサイトに掲載し、「どうやら5歳くらいの子どもがいるらしい」とコメントを添えていた。それを見た人たちから「お子さんいらっしゃるんですよね?」と尋ねられることが増え、さらに戸惑っている。
 こうして、「結婚したら次は出産」「子どもがいてこそ一人前」が当たり前であるかのような言葉に、息苦しさを覚えたり、圧力のように感じたりしているのだと思う。

 『幸福路のチー』の主人公は、私とほぼ同世代の女性だ。舞台は台湾の、下町のような街並みが広がる「幸福路」。人々の生活の染み込んだビルがひしめき合う中、優しいタッチのアニメーションに、ファンタジックなシーンがちりばめられ、主人公チーの世界観にぐいぐいと引き込まれる。

 実は台湾には一度も行ったことがない。学生時代、トランジットで空港内に一泊したことはあるものの、街中に出る機会は残念ながらなかった。だからこそ主人公チーの人生に凝縮されている、台湾の激動の歴史が鮮烈に心に刻まれた。

 蔣介石が「中華民国」とした台湾では、人々が日常の生活で使っていた「台湾語」ではなく、国語として「中国語」を教えられる。1945年までは日本の支配を受けていたために「日本語」、その後は「中国語」、と「上からの言葉」の教育が続いてきた。チーは蔣介石が亡くなった日に生まれている。彼女の小学校の先生も、教室で「台湾語」を厳しく排除した。また、台湾では長らく戒厳令が敷かれ、言論の自由が抑え付けられていた。警察に狙われた親戚は、逃れるようにしてアメリカへと渡った。そんな社会情勢にも変化が訪れ、チー自身もやがて、デモに身を投じるようになる。ところが大学の卒業が迫り、現実が突き付けられる。自分は一体、何になりたいのか。そして親の期待をどこまで受け止めればいいのか、と。そんな折に、アメリカに渡っていた親戚に誘われ渡米し、そしてアメリカ人であるパートナーと出会う。

 台湾の歴史も印象深かったが、ジェンダーの問題を考えさせられるシーンも見受けられた。「女に政治は分からない」という偏見に満ちた発言が、ところどころで耳に入ってくる。そして「子どもはまだ?」とずけずけ尋ねてくる親戚たちもいれば、「子どもを作ったら夫婦の絆も深まるわ」と、チーを思うからこそ声を掛けてくる母の姿があった。そこには、「女性は子どもを生んでしかるべき」という考えが前提として存在し、そうした声にさらされるたびに、チーはたまらなく息苦しくなるのだ。

 彼女が親戚の輪から抜け出し、ひっそりと陰にうずくまった時、思わずその動揺に自分の心を重ねてしまった。実は彼女はこの時、妊娠していた。けれどもパートナーとは既に、生き方の違いが浮き彫りになっていた。子どもを望まない夫を前に、自分の「帰る場所」はどこなのかとチーは思い悩む。「子ども」を巡っての、世代間、パートナー間での価値観の違いのはざまで、チーの心は激しく揺さぶられていた。

『幸福路のチー』に学ぶ台湾のジェンダー平等の現在地。そして日本は?

 今回SDGsの中で「目標5:ジェンダー平等を実現しよう」を選んだのは、「女性とはこうあるべきだ」という「べき論」の押し付けを越え、どのように自己決定が尊重される社会を築けるだろうかと、私はこの映画から、そして近年の台湾の社会から考えたからだ。

 台湾はこの数年だけを見ても、大きく変貌を遂げているように思う。2014年、立法院の占拠に至った「ひまわり学生運動」は、世界から大きく注目され、そして成果を上げた。『幸福路のチー』でも、ちらりとそのニュース報道に触れている。その後、一部学生により「時代力量」という政党も設立された。一方、コロナ対策では、IT大臣として素早い対応が注目されたオードリー・タン氏の活躍が目覚ましい。オードリー・タン氏が大臣に選ばれたのは、学歴や、「そろそろ大臣をやらせてあげよう」という忖度(そんたく)ではない。「適材適所」を考えた結果なのだ。チーの小学校には、青い目、金髪で台湾語を話す少女がいたが、近年では台湾人と結婚した海外出身者である「新住民」の支援にどう力を注いでいくかが盛んに議論されている。

 そして注目すべきは、立法委員(国会議員)の女性比率が4割を超え、アジア・トップの高さを誇っていることだ。県や市議会議員の女性比率も3割を超える高い水準だ。今年1月の総統選挙で再選した蔡英文氏も、女性初の総統だ。

 これまでちまたで聞かれる台湾の話といえば、「親日的だ」といううたい文句だ。この「台湾は親日的」という言葉を決して否定はしない。恐らく親しみを込めて使っているのだろう。けれども私は時々その言葉の中に、「日本より遅れている台湾」「だからインフラを日本が整備したことが感謝されている」と、「上から目線」を感じてしまうことがある。けれども今、ジェンダーギャップ指数が世界153カ国中121位(世界経済フォーラム 2019年12月17日発表)、衆院議員の女性の割合が10%に満たない日本社会(令和2年6月17日時点で議員数465人に対し、女性議員数は46人)が、台湾から学ぶべきことが多々あるように思う。

安田さんプロフ

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