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主人公はヒーローか、それとも異常な殺人鬼なのか?英国サスペンス『容疑者~ねじれた犯罪心理~』

原作はマイケル・ロボサムの推理小説
 私たちはサスペンス(suspense)という言葉を映像や文学作品のカテゴリーを表す際に用いているが、本来は緊張や不安などの心理的恐怖を意味する単語である。
 今秋日本初放送となる英国ドラマ『容疑者~ねじれた犯罪心理~』は、そんな人の心に潜むサスペンス(=緊張や不安)を解決に導くはずの臨床心理士が殺人事件の容疑者となり、自らが緊張状態を迫られてしまうという、タイトル通り「ねじれた」アプローチのサスペンスドラマである。

テキスト:ISO 編集:川浦慧

 原作は2004年に発表されたマイケル・ロボサムの推理小説『容疑者』(集英社文庫)。のちに10数か国語に翻訳、30か国以上で刊行され100万部以上売り上げた国際的ベストセラーである。

 著者であるロボサムはオーストラリア出身の推理小説作家だが、その経歴がまた独特だ。彼はシドニーでジャーナリストや法廷・警察関連の記者を経た後に渡英。新聞記者の後にゴーストライターとして著名人(スパイス・ガールズのジェリ・ハリウェルなど)の自叙伝を15冊執筆し、その多くが全英ベストセラーとなる名もなき売れっ子作家となる。

 さまざまな遍歴を重ねてついに本人名義で執筆されたデビュー作こそが『容疑者』だ。その後、ロボサムは『生か、死か Life or Death』(早川書房)と『天使と嘘 Good Girl, Bad Girl』(早川書房)で『ゴールド・ダガー賞』(英国推理作家協会の最優秀長篇賞)を2度受賞するなど、いまでは真の売れっ子推理作家となっている。そんな紆余曲折の末に書かれたロボサムの原点を映像化した『容疑者~ねじれた犯罪心理~』には、彼の複雑な経歴を表すようなツイストが何重にも仕掛けられている。

ジョーはヒーローか、それとも異常な殺人鬼なのか?

 「どんな恐怖も克服できる。理に適っていても、適っていなくてもだ。そのためには助けがいることも。私の出番だ」。物語は臨床心理士、ジョー・オラフリン(エイダン・ターナー)の言葉で幕を開ける。

 舞台はロンドン。総合病院でジョーが女性のカウンセリングを行なっていると緊急事態が発生する。脳腫瘍がある末期患者の青年が、病院の8階から飛び降り自殺を図ろうとしていたのだ。交渉人が間に合わないために説得役を任されたジョーは、青年が抱えていた恐怖と真っ直ぐ向き合うことで心を動かし、命からがらの救助を成功させる。

 ヒーローとしてメディアに報道され、たちまち時の人となるジョー。だが、帰宅すると妻のジュリアン(カミラ・ビープット)が青筋を立てて彼の行為を自分本位な自殺行為だと責め立てる。ジョーは親友で医師ジャック(アダム・ジェームズ)から若年性パーキンソン病を診断されており、一歩間違えば先の救出劇で彼も命を失う可能性があったのだ。妻ジュリアンと娘チャーリーという愛すべき家族に囲まれ、仕事も順風満帆のジョーであったが、病で思い通りに動かなくなりゆく自分の身体に不安を感じ始めていた。

 場面は変わり運河沿いの墓地。匿名の通報により身元不明女性の他殺体が発見された。その遺体の身体にあったのは21箇所の刺し傷。それも自ら刺すように仕向けられたと思しき凄惨な痕跡が残されていた。現場に駆けつけたベテランのルイーズ警部補(ショーン・パークス)と若手のデイヴィ巡査部長(アンジリ・モヒンドラ)は、犯行の状況と場所から、被害者をセックスワーカーと推測し捜査を開始する。

 一方、ジョーは自らが営むクリニックでカウンセリングを行なっていた。患者は女性に暴行を加えたことで起訴されている青年ボビー(ボビー・スコフィールド)。「21」という番号に固執する挙動のおかしい青年であったが、ジョーは鑑定書を出すことで彼の刑を軽くしようとしていたのだ。

 「セックスワーカーへの態度に関する研究」の本を書いた経歴のあるジョーは、セックスワーカーの友人経由でデイヴィと知り合い、その能力を見込まれて殺人犯のプロファイリングをしてもらえないかと依頼を受ける。モルグを訪れ遺体を確認したジョーは、犯行の詳細についてルイーズたちから話を聞くがどこか様子が落ち着かない。

 その後もルイーズが目を離した隙に、鍵がかかった遺体安置室に忍び込み遺体に接触したりと勝手な行動をとるジョー。防犯カメラでその様子を知ったルイーズは、彼が事件に関わっているのではないかと疑い始める。さらに遺体が発見された日、偶然にもジョーは家族とその墓を訪れていたことが発覚する。果たしてジョーはメディアの言う通りヒーローか、それとも異常な殺人鬼なのか……。

「頼もしい主人公」と呼ぶにはやや危うい、信用しかねるジョー

 主人公のジョーは立派な髭をたくわえ、小綺麗な格好をした人当たりのいい中年男性だ。自らのクリニックを構え、妻と娘と幸せな家庭を築いている。おまけに危険を顧みない命がけの救出劇を成功させた街のヒーローでもある。

 だが一方で、女性への暴行を正当化するなど明らかに心に問題を抱えた青年ボビーの診断を簡単に済ませ、判事を説得するための診断書を書くなど、正義と言えないグレーな部分も顔を見せる。また、つい先日42歳にして若年性パーキンソン病を診断され、順風満帆だった日々に暗雲が立ち込めたことで精神的にも不安定になっている。治療法が確立されていない、一生付きまとう難病であることを考えると無理もない。

 基本的に物語はそんなジョーの目線で進んでいくが、善とも悪とも判断のつかない情緒不安定な彼は「頼もしい主人公」と呼ぶにはやや危うい、信用しかねる人物である。時折挟まるジョーの手先が震えるショットが、彼の心の緊張を象徴するようにインサートされるのも象徴的だ。その緊張が単純に病によるものか、はたまた別の何かかは不明だが、その挙動から彼が何かしらの闇を抱えていることは明らかである。

 またジョーはルイーズ警部補に隠れて遺体安置所に忍び込んだが、その間の彼の様子は描かれなかった。6分の空白の時間、ジョーは遺体と二人きり。ルイーズが遺体安置所にいるジョーを発見した時、彼は遺体の腕に触れていた。警察には「確認したいことがあった」と語った彼は、一体そこで何をしていたのか。またジョーの患者ボビーが固執する数として印象的に語られる「21」という数字は、遺体に残されていた刺し傷の数と一致する。その奇妙な偶然は一体何を示しているのだろう。

 序盤から数々の謎が散りばめられていくが、その中心に必ずと言っていいほどにいるのがジョーなのだ。ジョーは偶然にも遺体発見の日に墓場におり、セックスワーカーの友人経由で偶然にも警察の調査に加わった。そんな偶然は果たして起こりうるのか。発見された遺体は自らを何度も刺すように仕向けられた痕跡があったがそんなことは可能なのだろうか。

 臨床心理士という人の心をよく理解している人間が、仮に悪意を持ってその能力を使えばどうなるのか。さまざまな謎や疑念が絡み合い、事件は複雑に形を変えながら、物語は驚きの結末へと進んでいく。

エンタメ作品としても、あらゆる層にオススメできる一作

 主人公ジョーを演じるのはアイルランドの俳優エイダン・ターナー。ピーター・ジャクソン監督の『ホビット』シリーズでドワーフのキーリ役を演じ、エンパイア誌の新人賞を受賞するなどして一躍有名に。

 その後もさまざまな作品に出演しており、最近ではルネサンスを舞台とした歴史ミステリードラマ『レオナルド〜知られざる天才の肖像〜』の主演を飾るなど華々しい活躍を見せている。

 それまでは作品に華を添える色気ある俳優というイメージが強かったターナーであるが、本作『容疑者~ねじれた犯罪心理~』では平凡な中年男性を演じており、俳優として新たな側面を発揮している。パーキンソン病と殺人の嫌疑という二重のプレッシャーに追い詰められていく男の焦燥を迫真の演技で巧みに表現。確固たる実力を証明した。

 また脇を固める俳優も実力派だらけ。鋭い眼差しで事件を追うルイーズ警部補を演じるのは映画『ヒューマン・トラフィック』(1999)でブレイクを果たしたショーン・パークス。ガイ・リッチーが製作総指揮と脚本を務めた『ロック、ストック&フォー・ストールン・フーヴズ』(2000)から、最近ではNetflixの『ロスト・イン・スペース』(2018)といった作品でも存在感を示すいぶし銀だ。

 ほかにもイギリスを代表するドラマ『ドクター・フー』をはじめ多くのドラマシリーズに出演するアンジリ・モヒンドラとアダム・ジェームズ、『ドント・ブリーズ2』(2021)や『コヴェナント』(2023)など近年の話題作に多数出演するボビー・スコフィールドなど、名バイプレイヤーたちが勢揃いしている。作品のクオリティを底上げする堅実なキャスト陣である。

 全5話とドラマとしてはタイトなボリュームだが、その分1話1話が非常に濃厚。ツイストの多い作品で、5分後にはまったく違う展開が待ち受けていたりと一瞬たりとも目を離せない。

 ジョーが善人なのか悪人なのか掴みがたい絶妙なバランスが先の読めない面白さをさらに加速させる。そんなストーリーの強さにキャストの名演が加わり、全話にわたり緊張の糸が切れない洗練されたサスペンスに仕上がっている。殺人事件が題材の作品というと敬遠されてしまうかもしれないが、直接的な残酷描写はなく難解でもないので、エンタメ作品としてもあらゆる層にオススメできる一作だ。

 マイケル・ロボサムの推理小説は本作以外にも『The Secrets She Keeps』が2020年にドラマ化されており、人気を博したことで2022年にはシーズン2も配信されている。『容疑者』関連作や『ゴールド・ダガー』受賞作など評価の高い小説はまだ多くあるので、今後ロボサム作品映像化の流れは確実に来ることだろう。ぜひ、いまのうちからチェックしておきたい。

※この記事は株式会社cinraが運営するウェブサイトCINRAより全文転載となります。

※CINRA元記事URL:https://www.cinra.net/article/202310-suspect_kawrkclsp

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