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自らを“ちょうどいい俳優”と語る岡山天音。そんな彼が“芝居の怪物”と化した1本の映画から、その魅力を紐解く

映画ライターSYOさんによる連載「 #やさしい映画論 」。SYOさんならではの「優しい」目線で誰が読んでも心地よい「易しい」コラム。今回は、「伝説のハガキ職人」と呼ばれたツチヤタカユキの私小説を映画化した『笑いのカイブツ』('24)で主人公を演じた岡山天音の卓越した表現力について解説します。

文=SYO @SyoCinema

 ここで初めて告白するが――自分は常々、俳優と映画ライターは割と近いところにいるのではないかと思っている。

 どちらも1からそれ以上を生み出す仕事がメインで、誰かから声を掛けてもらえなければ活躍の場はなかなかない。俳優がインタビューで「作品選び」について聞かれることがよくあるが、「選べる」のは依頼が殺到している人気俳優の特権であって、本来は「選ばれる」立場だろう。どれだけ成功しても自分が出たい作品のすべてに携われるわけではないし、悔しさが消えることはないのだなぁ……、なんてことをよく感じるのだが、そういった観点で見渡したとき、羨望せんぼうしかない俳優がいる。岡山天音だ。

 彼の特徴は、とにかく「選ばれ、求め続けられる」ことにあるだろう。2024年に絞っても、各方面から激賞された「アンメット ある脳外科医の日記」ほかドラマ4本、映画5本に出演。しかも、この内訳を見てほしい。
 今回取り上げる『笑いのカイブツ』のほか、飯塚健監督作『ある閉ざされた雪の山荘で』、大ヒットシリーズ第4作『キングダム 大将軍の帰還』、第97回アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表に選出された黒沢清監督作『Cloud クラウド』(9月27日(金)公開)、白石和彌監督と『孤狼の血』('17)チームによる時代劇アクション『十一人の賊軍』(11月1日(金)公開)と、フィールドがまるで絞れない。2023年には『BLUE GIANT』でアニメーション映画の声優にまで進出…。まさに、誰しもに求められる「いないと困る」俳優なのだ。

 以前、本人にその秘訣ひけつを尋ねた時に「自分は“ちょうどいい”んじゃないか」と持論を述べていたが、ジャンルもテイストも時代設定も異なるどの作品・世界観に身を置いても「ちょうどいい」と思わせられるのは、その卓越した表現力故だろう。

 その、“ちょうどいい”という答えを聞いた時、納得よりも畏怖を感じたことを覚えている。感性だけでは限界があるだろうし、脚本や監督・演出家の意図を的確に把握する読解力、そのエンジンとなる知性、リクエストを即時に取り込める対応力、そしてたゆまぬ努力――さまざまなスキルの集積が、今の岡山天音を形作ったのだろう。

 となると意地悪なもので、こうも思ってしまう。クレバーな彼がアンコントロールな芝居を繰り出したら、どうなるのだろう? と。その答えが、笑いに取り付かれた男に扮した主演映画『笑いのカイブツ』だ。

 他者との交流が苦手な青年ツチヤ(岡山)。彼は“面白さ”だけをとことん追求し、挫折を繰り返しながらも「伝説のハガキ職人」となり、やがて尊敬する芸人、西寺(仲野太賀)から声が掛かるまでに躍進。構成作家を目指して新たなスタートを切るが、慣れない生活や人間関係でどんどん消耗していき……。

 本作での岡山は、「本当にあの“ちょうどいい”彼か?」と目を疑いたくなるほど暴れまくっていて、物語や演出を岡山の演技で“ってしまっている”とまで感じる。
 本作で長編商業映画デビューを果たした滝本憲吾監督も「整ったものよりも出し切ったものを」という方向性だったそうで、アクセル全開の怪演は暴走ではなく狙い通りなのだろうが、その数値が言葉を選ばずに言えば――、計器が“バカになってしまう”くらいの振り切れ具合なのだ。

 岡山はツチヤという“怪物”に身も心も明け渡し、自らの精神に内側から食い破られてしまうかのごとく画面内でのたうち回り、周囲に恨み言をまき散らし、涙もよだれも垂れ流す。
 「生きるのが不器用」という言葉が軽くなるほど、安易な共感を観客に許さないほど、ツチヤは「社会の中で仕事としてお笑いを成立させる」ことに徹底的に苦しみ、独りでズタボロになっていく。

 究極の一点特化型の天才、その壮絶なる生きざまに、われわれはただ圧倒されるしかない。さまざまな作品で岡山を観ているからこそ、「親しみのある俳優が見たことのない演技をしている」姿を目撃した際の衝撃性と破壊力はすさまじい。

 「こんな一面があったのか」「こんな武器を隠し持っていたのか」という感嘆と混乱――『笑いのカイブツ』以後、岡山の演技の受け取り方が変わるほどの凶暴性を、これでもかと刻み付けてくる。
 岡山は本作の情報解禁時に「なんとか生き延びて今日にいます」と綴っていたが、その言葉が決して大げさなものでないことは、映画を観れば明らかだろう。

 岡山天音は、器用な俳優だ。それは冒頭に述べた通り、彼が多様な作品に出続けている=声が掛かり続けている事実が証明している。その岡山が、持てる才を一極集中したらどうなるか――“芝居の怪物”の顕現を、われわれは目撃する。

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クレジット:©2023「笑いのカイブツ」製作委員会

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