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「赤土の王者」ラファエル・ナダル引退 特別企画—ナダルを見つめ続けてきたプロデューサーたちがその魅力を語る

日本時間11月20日(水)から開幕する「男子テニス国別対抗戦デビスカップ ファイナルズ」WOWOWオンデマンドで独占ライブ配信)。
「赤土の王者」ラファエル・ナダルは今大会で引退することを発表している。開幕を直前に控えた今、ナダルの雄姿を中継し続けてきたスポーツ部のプロデューサー3名に彼の魅力やその思い、また記憶に残っている試合などたっぷり語ってもらった。

取材・文=秋山英宏

左から須川プロデューサー、戸塚局長、山岸プロデューサー

―まず、お仕事の経歴と、ナダルとのかかわりについてお話しください。

戸塚 WOWOWには2000年9月に中途入社です。2012年1月まで10年以上にわたってテニスのプロデューサーを務めました。その間の2005年にナダルは全仏オープン初出場で初優勝しました。2010年にはドキュメンタリー、「ノンフィクションW『太陽の男 ラファエル・ナダル~No.1テニスプレーヤーの原点』」を制作しました。「世界初のナダルのドキュメンタリー」をうたい、それを日本の放送局が作らせてもらったということで、これまでの仕事の中でもすごく思い出に残っています。
 その後、別の部署で5年ほど仕事をしたのち、2017年に部長としてスポーツ部(スポーツの試合中継や番組制作を行う部署)に戻ってきました。同年の全仏ではナダルの10回目の優勝に立ち会うことができました。決勝のあとナダルにWOWOWのスタジオに来てもらい、優勝の話をしてもらったのを強烈に覚えています。
 個人的にも、特にドキュメンタリーを作ってからはナダルの大ファンになり、プライベートでも2016年から2018年まで毎年、夏休みにスペインの(ナダルの故郷)マヨルカ島に行っていました。この時季に行けばナダルに会えると分かっていましたから。今年は彼の最後の出場になるかもしれないと思ったので、プライベートで全仏を見に行きました。

戸塚局長

須川 私は2003年に新卒で入り、他の部署を経て2008年秋から2011年までテニスを担当しました。最初の方からグランドスラムの現場に行かせてもらい、彼のテニスを見てきました。その後、別の部署に行き、2018年の夏にスポーツ部に戻ってテニスにかかわり、今はチーフをやらせていただいています。
 担当するまでテニスは全然知らなかったのですが、最初にプロデューサーとしてかかわったグランドスラムが2009年の全豪で、中でも強烈に覚えているのはナダル対ベルダスコの準決勝の5時間マッチ(所要時間5時間14分)で、最後はベルダスコのダブルフォールトで終わるという試合でした。「なんで5時間もやるんだろう、テニスって恐ろしい競技だな…」という印象を受けました。
 当時、フェデラーはすごくスマートなイメージでしたが、ナダルはプレーがすごく泥くさいというか、でも、そこに僕はテニスの魅力を見てしまったんです。ですから、ナダルといえば“最初に触れたテニスのすごいヤツ”、そういう存在です。

須川プロデューサー

山岸 私は2016年にWOWOWに入り、スポーツ部でテニスを担当していました。2018年まで担当し、他部署への異動や、いろいろな経緯があって、今年の2月からまたスポーツ部で仕事をしています。LA DECIMA(ドキュメンタリー「ラファエル・ナダル 偉業達成の裏側 全仏オープンテニス10度目の優勝“LA DECIMA”」)のときは、戸塚さんたちが現地で取材しているのを指をくわえて見ていました。ナダルと復活してきたフェデラーが対戦した2017年の全豪決勝も、指をくわえながら(笑)、東京側の中継の対応をしていました。2017年の全米オープンで初めて現地で中継を担当させていただいて、初めて生のナダルを見た、というのが仕事でのかかわりです。
 個人的には、小さい頃からテニスをやっていて、2005年の全豪でレイトン・ヒューイットとフルセット戦った試合を、かじりつくように見て、初めてナダルを知りました。もともと当時はトップ選手だったヒューイットが好きで、それを追い詰める選手がいるんだっていうので、「なんだこの選手!」と。ナダルは当時18歳で、グランドスラムも数回出ただけでした。その年の全仏で優勝してトントン拍子に駆け上がっていくのですが、このときから、ナダルのオタクまではいかないですけどファンになったという感じですね。
 日本に来た2010年のジャパンオープンのときも、私は学生だったんですけど、練習を見に行って衝撃を受けた記憶が鮮明にあって。練習から、めちゃくちゃ全力でラリーするじゃないですか。それで圧倒されて、さらに好きになりました。
 今日着てきたナダルTシャツは、今年になるまで仕事でもプライベートでも全仏だけ行ったことがなくて、ナダルが全仏で戦う姿を見ないで死ねないなと思いまして、ひとりで見に行って、そのときに買ったTシャツです。

山岸プロデューサー

―皆さんのナダル愛を伺いましたが、改めて、人となりでも、プレーでも、ナダルの魅力について話していただけますか。

須川 いつも思い出すことがあって、確か2017年くらいの全仏の決勝で、試合中に観客がコートに侵入して、一瞬試合が止まったんです。警備員が侵入者を排除して試合が再開されたんですが、ナダルはその警備員さんに握手をしてからコートに出たんですよ。それで「こんなことする人いる?」って驚いて。プレーは人間離れしているところがすごくあるのに、こんな状況で、普通に人に親切にできるというのは、すごい人柄だなと。

山岸 私は、あきらめない姿がすごく好きです。あきらめないで最後まで、5時間でも何時間でもやるっていう姿が大好きですね。全仏では、特に若いときはどの試合も圧勝することが多かったのですが、ハードコートなどでは2セットダウンになってしまうことがありましたよね。でも、どんな状況からでも巻き返してくるかもと思わせてくれたし、実際、大逆転して勝った試合もありました。最後まで試合を見ないと分からない、そこにいつもワクワクさせられていて、その良い意味でのあきらめの悪さが魅力だなと思っていました。
 引退を決めた経緯も同じですよね。今年の全仏は最後の出場になるだろうといわれていて、私は現地にいたので引退セレモニーを見たかったなというのが本音ですが(笑)、ナダルは来年も出るかもしれないからセレモニーはしないでほしいと。これは象徴的だなと思いました。最後まであきらめない、悪い意味じゃなくて、いい意味であきらめきれなくて、だから、引退を決めるのも葛藤があって、セレモニーも断ったと思うんです。

戸塚 山岸さんが言うように、あきらめないスタイル、それから、ポイントを決めたときの『Vamos!』っていうガッツポーズは人を惹き付けますし、魅力的ですよね。
 自分がナダルのファンになったのは、ドキュメンタリーを作ったときにマヨルカ島で3、4日間密着をしたときです。練習について行ったり、彼の家に行ったり、いろいろな取材をさせてもらったのですが、練習もトレーニングも一切手を抜かないで、全力でやるっていうところが本当にすごいなと感じました。
 ドキュメンタリーでは、密着取材は何日間、インタビューは何回というように契約書を交わしていたのですが、全ての約束をしっかり守って協力してくれました。そういう誠実さも魅力ですね。ドキュメンタリーで印象的だったのは「テニスが人生の全てではない、勝つこともあれば負けることもあるし、テニスはあくまで人生の一部だ」という言葉で、そういったところを彼は体現しているなというのを実感しています。
 あとは、須川さんも言ったように、人に対しての気配りです。取材のときもナダルの叔父、トニ・ナダルコーチの息子さんが2人いたんですけれども、練習の合間に子どもの面倒を見たり、じゃれ合ったりというようなシーンがあって、人柄も素敵だなと思いながら見ていました。試合でも、彼の態度というのは、スポーツマンシップという言葉では語り尽くせないものがある。ラケットを絶対折らないとか、相手の選手に対するリスペクトだとか。自分が勝ったあと、負けた選手の退場を必ず見送って拍手するじゃないですか。そういうところですね。

―では次に、ナダルのベストマッチ、選ぶのは大変だと思いますが、一つ選んでお話しいただければと思います。

須川 試合としてはベストと言えるほどの内容ではなかったんですけど、2010年の全仏決勝(WOWOWオンデマンドで配信中)かな。2009年全仏の4回戦でロビン・ソダーリングに負けて、翌年にそのソダーリングに決勝で完勝し、リベンジを果たした試合です。実は2010年のドキュメンタリーには僕もかかわっていまして、めちゃめちゃ調べて、分厚い企画書を作ったんです。番組のラストが2010年の全仏で勝って復活する話でしたから、それもあって、すごく覚えている試合です。
 曇り空だったのが、途中で日が差してきて、アナウンサーの鍋島昭茂さんがそのことに触れたのですが、番組ではこの場面をエンディングで使い、タイトルも『太陽の男』になりました。確か第3セット、太陽がピカーッと差してきて、映像でもそれを撮っていたんです。ナダルの最初の挫折と復活を象徴するような試合であり場面だったなと思っていて、ベストマッチというか一番思い出に残る試合です。

2010年全仏オープンテニス決勝のナダル/Getty Images

戸塚 ありきたりといえばありきたりなんですけど、2008年のウィンブルドン決勝です。WOWOWがウィンブルドンの放送権を獲得して初めて中継をした年です。それが、人気絶頂のフェデラーとナダルの決勝になった。当時はまだ可動式の屋根がなく、雨の中断もあって、最後は日没ギリギリに終わった試合です(所要時間4時間48分)。当時はナダルがウィンブルドンで勝つとはなかなか想像できなかったと思います。全仏からウィンブルドンの間隔が2週間のころで、クレーから芝生へのアジャストは大変だったと思うんですけれども、克服して、“芝の王者”といわれるフェデラーに勝った。この時の決勝のすごさについてスペシャルナビゲーターとして一緒に現地にいた石黒賢さんとは、今でもたまに話題になります。

2008年ウィンブルドンテニス。優勝したナダルとフェデラーが握手/Getty Images

山岸 私は、現地で見たことも含めて、今年の全仏のアレクサンダー・ズベレフとの試合(WOWOWオンデマンドで配信中。3時間7分頃~)です。試合内容とかパフォーマンスがベストかと言えば、まったくそうではないんですけど、全力で戦う姿をファンに見せてくれた最後の試合になったのではないかと思っていて。私は、生で見る全仏は初めてでしたが、ものすごい雰囲気だったんです。相手がズベレフっていうトップの選手であったことも良かった。勝てなかったのは残念ですけど、底力を見せてくれました。随所にナダルらしい仕草も見せてくれたし。近くの人の声も聞こえなくなるぐらい、会場の雰囲気がすごかった。ナダルが積み重ねてきたものがあって、しかも全仏という、ナダルの歴史が一番詰まってるところだったからこそ、最高の雰囲気が生まれたのだと思います。

2024年全仏オープンテニス1回戦のナダル/Getty Images

―ありがとうございます。では次に「私だけが知っているナダル」という観点からお話を聞いてみたいと思います。インタビューなどで身近に接する機会もあったと思いますがいかがですか?

戸塚 これは2012年全豪の決勝の後の話です。私はこの全豪の期間中に異動を言い渡されて、大会後は違う部署に行くことになっていました。現地にいるときに言い渡されたので、いろんな選手に、これが最後だということを伝え、ナダルにも伝えました。
 この大会の決勝がジョコビッチとナダルの6時間近い試合(所要時間5時間53分)になり、確か深夜2時ぐらいまでやって、壮絶な5セットでしたが、ナダルは負けてしまったんです。試合が終わったあとで、ナダルの陣営に、もう1回、最後のあいさつに行ったんです。すると、ナダルのマネジャーが「ちょっと待て、ラファを呼んでくる」と言うんです。6時間も戦って負けた選手の気持ちを考えたら、普通は呼ばないし、来ないですよね。「いや、大丈夫だから、いいから」と言ったのですが、ナダルが本当に来てくれて、びっくりしました。そのあとナダルとはハグして、涙しましたよ。負けて悔しいだろうし、気持ちを整理したいはずなのに、驚いたのと同時にその人間力に感動しました。

—今までのお話で、ナダルの素顔が読んでくださる方に伝わるような話が幾つもありました。今までのお話以外に、素顔、人間性に関わる部分で、これは話しておきたいということはありますか。

山岸 “LA DECIMA”のときに、試合の前夜は1時間とか2時間しか寝ることができないという話をしていたと思います。かなり神経質なところもある選手ですから、ものすごく意外なわけではないんですけど、全然眠ることができないという話を聞いて、「そうなんだ!」って。確かドミニク・ティームがそのときの試合の相手でした。ナダルも「彼は本当に強い」と言いながら、終わってみればストレートで勝つ、そういう試合をしているのに、睡眠時間は1、2時間だったと。弱みを人に見せない選手も多いのに、あえて口に出すっていうのも、ナダルらしいなとも思いました。

須川 ナダルが「ドラゴンボール」が好きというのは有名な話ですが、日本で売っていたドラゴンボールのレプリカを持っていったら、とても喜んでいましたね。このとき、僕は企画を提案したのに現地には行けなかったので、これも映像越しにしか見てないんですけど(苦笑)

ナダル愛にあふれて話が尽きない3名

—では最後に、ナダルの最後の舞台となる「男子テニス国別対抗戦デビスカップ ファイナルズ」の見どころを語っていただけますか。

山岸 ナダルは団体戦というか、国別対抗戦もオリンピックもめちゃくちゃ強くて、グランドスラムと同じ、あるいはそれ以上に大事にしてるという印象もすごくあります。仲間思いというのも含めて。だから、全仏という大会がある中で、あえてデビスカップを最後の試合に選ぶというのも本当に彼らしいなって。チームの一員としての役割を意識していると思うので、もし試合に出ることができなかったとしても、応援も含めてめちゃくちゃ存在感を出してくると思います。現役の最後にスペインのユニフォームを着て出てくるっていうのも感慨深いですよね。スペイン国旗が入ったウェアで現役最後を飾るっていうのは、彼にとっても意味があることだし、本当に彼らしいなと思います。ナダルの一つ一つの言葉を聞いていきたいなと思います。

須川 スペイン選手のラインナップで言うと、ロベルト・バウティスタ アグートが重要だなと。ナダルがシングルスで出てくる可能性は低いと思っています。カルロス・アルカラスは計算できるとして、ナンバー2はおそらくバウティスタになると思う。彼がどれだけ勝てるかです。調子が上がってきているので、頑張ってもらって、決勝までナダルのみこしを担いで行ってもらいたいですね。

戸塚 なんと言っても、地元スペインでの開催っていうところですよね。ナダルがデビスカップに初出場した2004年、アメリカとの決勝でアンディ・ロディックを破って優勝に貢献したのもスペインのセビリアでした。最後のデビスカップもスペインのマラガでやるっていうのは、不思議な縁というか、ストーリーとしてすばらしいなと。期待したいのは、大谷翔平選手のワールドシリーズじゃないですけど、優勝して終わるシーンが見たいなと思います。ただそれはちょっと贅沢ぜいたく過ぎるので、とにかく元気にコートに立ってもらって、プレーするシーンを1分でも1秒でも長く日本の皆さんに見てもらえたらうれしいです。最後の雄姿を目に焼き付けていただきたいと思います。

—皆さん、興味深いお話をどうもありがとうございました。

「ナダルラストマッチ!男子テニス国別対抗戦デビスカップ ファイナルズ」11月20日(水)~25日(月)WOWOWオンデマンドで独占ライブ配信!

<ラファエル・ナダル出場予定試合>
11月20日(水)午前1:00 「準々決勝 オランダvsスペイン」 (WOWOWオンデマンドでライブ配信)
12月4日(水)午後9:30 「ナダルラストマッチ!男子テニス国別対抗戦デビスカップ ファイナルズ」(ダイジェスト版)(WOWOWライブで放送)

WOWOW番組公式サイト:https://www.wowow.co.jp/sports/tennis/
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