ボクサーのプロライセンスを取得した横浜流星。「演技」の領域を超えた規格外の進化を1本の映画から紐解く
文=SYO @SyoCinema
僕は独立して4年弱になるが、この仕事の一番の財産はやはり人との出会いだと感じる。恩人であり、この人と巡り合えなければ自分の人生はまったく違ったものになったであろう確信――僕にとって、そのひとりが俳優・横浜流星だ。
初めて彼について書く機会を得たのは、まだ独立前の2019年。この連載の前身となる「WOWOWシネピック」だったかと思う。盟友・藤井道人監督との初タッグ作『青の帰り道』(’18)を中心に、横浜が見せるリアルな“痛み”に着目して書いた。
初めて本人にお会いしたのは、その2年後。『DIVOC-12』(’21)の一作『名もなき一篇・アンナ』の撮影現場だった。そこから『パレード』(’24)のオフィシャルライターやファンクラブ「Étoile Filante」でのインタビューなど、節目節目でお話を伺う機会をいただき、その縁は今日まで続いている。
そのため、僕自身がフラットに俳優・横浜流星の演技の魅力を言語化できるかといえば――それは少し難しいかもしれない。ただ一つ言えるのは、この約5年間彼を見続けてきたひとりの映画人として――横浜流星の“進化”は規格外だということだ。彼の名の「流星」という言葉のごとく、目にした人々がどうしたって夢を託してしまう引力と推進力を備えている。
その好例が、「演技」の領域を超えてボクサーのプロライセンスまで取得した勝負作『春に散る』であろう。“終活”を意識した元プロボクサーの広岡(佐藤浩市)が、結果を出せずに苦しむ若きボクサー・翔吾(横浜流星)と出会い、彼のコーチを務めることに。時にぶつかりながらも徹底的に鍛え上げ、翔吾はめきめきと頭角を表わしていく。そして両者は、とあるリスクを負いながらも決意を固め、天才ボクサー・中西(窪田正孝)との世界戦に挑む。
横浜は中学時代に空手の世界王者を獲得しており、「自分は格闘家になると思っていた」と回想するほどのアスリート。『きみの瞳が問いかけている』(’20)ではキックボクサーに扮し、「あなたの番です」(’19)や「インフォーマ」(’23)では切れ味鋭いアクションも披露している。
ただ、特に『春に散る』においては「アクションがすごい」なんて言葉では軽過ぎるほどの「本物感」が画面からビリビリと伝わってくる。「横浜流星がボクサーを演じている」のではなく、「横浜流星がボクサーである」感覚といえばいいのか、ボクサーの試合を至近距離で観ているような領域に達しているのだ。元々の素養もあるだろうが、どれほど心身を差し出せばここまで到達できるのだろうか――とその不断の努力を想像し、こちらが勝手に涙ぐんでしまうような究極に真摯なパフォーマンスが、そこにはある。
横浜は常々「自分は不器用だから」「その人を生きたい。そうすれば目に感情が宿る」と語っているが、それにしたって限度や限界というものがあるだろう。『線は、僕を描く』(’22)でも水墨画の練習に約1年を費やしたり、役柄に合わせて、さも当然とばかりにヘアスタイルを変えてきた横浜(『春に散る』では肌の色にもこだわったとか)。そうした意味ではどんな役であっても取り組み方自体は変わらないのだろうが、前面に出たものがこの『春に散る』なのだ。
そしてまた、横浜が絞るように繰り出す“内面の芝居”もまた、加速度的に深化している。恐らくターニングポイントはDV彼氏に扮した『流浪の月』(’22)や栄枯盛衰を経験する青年の転落劇『ヴィレッジ』(’23)あたりだろうが――美しいかどうかの“見え方”というよりも、時に顔をゆがませたりボロボロになったとしても“感情の発露”がダイレクトに響くかどうかを重視するクリエイターたちとのタッグが、横浜の「役を生きる」覚悟と掛け合わさってきた印象だ。
『春に散る』もその系譜にあり、試合シーンにも「見せ物」ではなく「生き物」としての意識が感じられる。それは単に臨場感というものではなく、あるいは物語上の悲劇性を飛び越えてしまうような――劇映画について回る必要不可欠な“役割”からはみ出てしまう横浜流星=翔吾としての“魂”が画面に焼き付いている、という感覚だ。
そういった意味では、「整っていなさ」こそに俳優・横浜流星の神髄が宿っているのかもしれない。そしてそれは、かつて自分が“痛み”と評した部分と共振する。そもそも俳優であったとしても、人間をコントロール下に置こうとすること自体がおこがましい。だから少しでも近づけるように、研鑽を続けるのみ――。画面越しでも、現場でも、横浜の背中から自分は勝手にそんな信念を受け取ってきた。
2025年には主演に抜擢されたNHKの大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の放送、吉沢亮×李相日監督とのタッグ作『国宝』の劇場公開が控えており、さらなる新作もこれから発表されることだろう。明確に日本を代表する俳優へと進化を続けている横浜流星。ただ、彼自身はあの頃からずっと変わらない。ただただ愚直に「役を生きる」だけなのだ。
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クレジット:©2023映画『春に散る』製作委員会