役を“終わらせない”俳優・伊藤万理華の真骨頂を堪能できる―『サマーフィルムにのって』

映画ライターSYOさんによる連載「 #やさしい映画論 」。SYOさんならではの「優しい」目線で誰が読んでも心地よい「易しい」コラム。ミニシアターで好調な動員を記録した青春映画『サマーフィルムにのって』('21)で主演した伊藤万理華の魅力を紐解きます。

文=SYO @SyoCinema

 2017年末に乃木坂46を卒業し、5年弱。近年、映画・ドラマ・舞台周りで「伊藤万理華」の名前を聞く機会が増えた。それはすなわち、彼女の俳優としての活躍の場が順調に拡大しているからに他ならない。

 2020年には、「もし乃木坂46のオーディションに落ちていたら?」という設定のマルチバース的なLINE動画企画「私たちも伊藤万理華ですが。」で4役を演じ、2021年には「お耳に合いましたら。」で地上波連続ドラマ初主演。直近では、WOWOWオリジナルドラマ「ワンナイト・モーニング」の第2話「ハニートースト」 に出演。食×恋愛のオムニバスドラマで、ある事情を抱えたハニートースト好きの女性リリーに扮している。伊藤の魅力の一つは役と同化する“没入演技”と言えるが、本作でも「イタい」が「いるいる」と思える絶妙な人物像を立体化している。

ワンナイト・モーニング
「ワンナイト・モーニング」ハニートーストより

 演劇においては根本宗子と継続的にコラボレーションを続け、彼女の作品を映画化した『もっと超越した所へ。』('22)が10月14日から劇場公開予定。実は昨年、本作の撮影現場を取材する機会に恵まれたのだが、伊藤は大量のせりふを高速で畳みかける口論シーンをエネルギッシュに、かつ何パターンも演じ切っており、その熱と体力に驚かされた。

 そして――。やはり伊藤万理華といえば、この映画は外せない。数々の映画ファンの心を撃ち抜き、伊藤も複数の新人賞に輝いた主演映画『サマーフィルムにのって』だ。本作がいよいよ、9月11日(日)にWOWOWシネマで初放送を迎える。

 時代劇オタクの女子高校生が、仲間を集めてオリジナルの時代劇映画製作にまい進する青春ドラマ。そこにタイム・スリップSF要素も加わった一作だ。

 ジャンルを横断しつつ、爽やかなトーンや喜劇テイストは統一されたほほ笑ましい世界観や、緩く見せかけてその実、小気味いいテンポで物語を展開させ、「次に何が起こるのだろう」と気になってしまうトリッキーな見せ方など、監督・脚本を手掛けた松本壮史の手腕が光る本作だが(共同脚本は劇団「ロロ」の主宰・三浦直之)、冒頭から主人公を自然と好きになるような伊藤の貢献度も抜群に高い。

 その特長を端的に表わすなら、格好つけない人間くささだろう。伊藤演じるハダシは、初登場シーンから、映画部員が作ったキラキラ恋愛映画を、苦虫をかみつぶしたような表情で見つめている。この時の伊藤の心底うんざりしたような表情が最高で、観る側は部内で浮いた存在のハダシに興味を惹かれたり、共感を覚えたりするのではないか。

 かと思えば、恍惚こうこつの表情で勝新太郎の「座頭市」に見入り、名画座で映画を観賞した後は何とも言えないような満足感と余韻に浸り、座席に座ってひとりでニヤニヤしている(その前のシーン、映画部の撮影でザ・時代劇な町娘を演じさせられる際の“コレジャナイ感”も絶妙だ)。

 そして、自身の映画『武士の青春』の主演候補の凛太郎(金子大地)に出会ってからは猪突ちょとつ猛進に突き進んでいく。開始10分程度でくるくると表情が変わるさまを見ているだけでも楽しいのだが、伊藤の場合はもう一歩深く役に入り込み、われわれを映画の中へとさらに引っ張り込む。

 つまり、彼女が見せる演技(表情、仕草、声のトーン)には、「感情」が不純物なしに宿っているのだ。そのため、われわれは「ハダシが何を考えてどんな気持ちでいるのか」が気持ちいいほどによく分かる。もちろんハダシの真っすぐな人物像もあるだろうが、伊藤が見せる感情と表情の連結具合がみごとなため、ただの表面的な“感情表現が素直な子”にとどまらない点が興味深い。

 このあたりは、「ワンナイト・モーニング」や『もっと超越した所へ。』という180度異なるテイストの作品でも発揮されていて、顔をぐちゃぐちゃにして泣いたり全身で笑い転げたりといった大きめな感情表現はもちろん、ひとりで静かに孤独をかみしめるシーンなどでもキャラクターの気持ちがダイレクトに伝わってくる。すなわちこれは俳優・伊藤万理華の特性と言っていいだろう。彼女の演技は、自分と役にとどまらず、観客の周波数をきっちりと合わせてくるのだ。

 冒頭から的確に役とその人物が表出するものを合致させた結果、どういったことが起こせるのか。「観客がその役を好きになる」はもちろんだが、「役が人物として立ち上がる」ため、その変化も受け入れやすくなる。元々の人物像が表面的だったり穴だらけだったりだと観客はその人物をなかなか理解できないし、そうなると好きにもなれない。それでも物語は進み、それによって役は「反応」や「変化」していくものだが、そうなると完全に置いてけぼりになってしまう。

 ところが伊藤の場合は、冒頭から役を具現で見せるため、映画部の中で浮いていたハダシが自主映画製作のために仲間を集め、監督としてのパッションやひいてはリーダーシップを発揮していく展開に、無理が生じなくなる。ハダシは伊藤万理華という俳優と出会ったことで、血の通った「人間」になったのだ。その最高潮と言えるのが、想いと肉体がぶつかり合う爽快かつ感動的なラストシーンだろう。

 優れた役者は役を成長させる力を持っていて、たとえ映画の上映時間が過ぎようとも役の人生を続けさせる。役を「終わらせない」俳優・伊藤万理華の真骨頂を『サマーフィルムにのって』でご堪能いただきたい。

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クレジット
『サマーフィルムにのって』:© 2021「サマーフィルムにのって」製作委員会

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