ミニシアターに愛をこめて。極私的90年代青春記
文=よしひろまさみち @hannysroom
東京生まれ東京育ち、映画観るならだいたい銀座
1990年代、ミニシアター・ブームの頃、あたしは高校生~大学生という、自発的に興味のあることをガツガツやり始めた時期。情報源といえば、映画雑誌や女性誌のカルチャー特集、それに情報誌の細かい番組表で、毎週のように出版されるそれらを読み込んで、どこで何が上映されているかをチェックしたものです。
幸い、東京生まれ東京育ち、高校は渋谷という、今にして思えば映画を観るための好条件がそろっていただけに、情報さえ手に入れればすぐに観に行けるという環境だったことは、両親に感謝せねばなりませんね。
ただ、80年代からじわじわきていたミニシアターのブームからの流れで、渋谷の劇場はちょっと疎かったかな……。『モーリス』('87)とか『ニュー・シネマ・パラダイス』('89)などを銀座で観ていたせいか、映画を観るなら銀座という固定観念があったのかもしれません。
でも、ミニシアターの作品は、今と違って拡大公開をするわけではなかったので、作品に合わせて劇場に行かなきゃいけない、爽快な不便さがあったのも懐かしい思い出。渋谷だとシネマライズの『トレインスポッティング』('96)や『ブエノスアイレス』('97)など、ピンポイントで観に行くというのが常でした。
思い出してみると、この頃、中国映画と香港映画が変わってきた、という印象も。香港映画といえばショウ・ブラザーズ、ゴールデン・ハーベストの黄金期の作品が、ちょうど子供の頃(1970年代)に大人気。
でも、1990年代の香港映画といえば、四天王をはじめとするお耽美な美形俳優が花盛りだった頃でもあります。おまけに、中国返還がカウントダウンされている中で作られた香港映画には、どこか退廃感があって、サブカルにドハマリしていたあたしにとっては、大好物のジャンルとなっていきました。
一方中国映画というと、チャン・イーモウ、チェン・カイコー、ウー・ティエンミンなどの北京語圏の監督がどんどこ新作を出している時代。当時は、中国語圏の映画の新作が毎月数作は劇場封切りされているような状態だったし、東京国際映画祭のような大規模のイベント上映でも、かなり大きな特集が組まれていた人気のジャンルの一つでもありました。
そんな中で、今でも忘れられない中華圏ミニシアター作品は、『欲望の翼』('90)、『さらば、わが愛~覇王別姫』('93)と『ブエノスアイレス』。察しのいい方なら、この3タイトルを聞けばピンとくるはず。どれもがレスリー・チャンの代表作でもあります。
レスリー・チャンには天性の華があったんですよ
何がいいって、とにかく美しいったらない。これら以前に『男たちの挽歌』('86)などでゴリッゴリのマッチョな映画にも出ていたレスリーだけど、なんといっても彼の素晴らしさは、スクリーンに映るたびに華やぐ、天性の華。初期に出演していた青春映画とはまた違った魅力があったんですよ。
それをまざまざと見せつけられたのが、ウォン・カーウァイの『欲望の翼』とチェン・カイコーの『さらば、わが愛~覇王別姫』。特に後者は、当時としてはとてつもなく尺が長く、観る前はビクビクしたものの、始まってしまうと京劇の美しさ、戦争と文革に翻弄される時代の大波にすっかりのみ込まれ、あっという間。
中国の近代~現代史を扱った大作は、『ラストエンペラー』('87)もありましたが、全国ロードショーの超大作のそれを観た感覚とはまた違い、ミニシアターの限られた空間だけで共有する特別な何かに触れた感じがしたものです。いい時間帯のチケットを入手するのが難しかったために、何度も何度も観に行くことができなかったことが心残り。
その後、出版の仕事に就いてから『ブエノスアイレス』が公開され、シネマライズ前に大行列ができているなんて話題を記事化していたのもいい思い出です。ええ、もちろん、その行列の中に何度か混じっていたこともあります。
90年代ミニシアター・ブームを振り返って
今もミニシアター系と呼ばれる作品はいくつもありますが、当時と違うのは「数カ所の劇場のみで公開、ヒットしなければあっという間に観られなくなる」という、劇場依存タイプの公開だったことですね。
だからこそ、公開されたらちょっと話題になりそうだ、と思ったら、ソッコーで行かないと観ることができなくなる可能性だってある。限定商品のような特別感と、観客側がごひいきの監督や俳優の作品を「盛り上げるぞ!」と一体感をもって観ている感覚など。
1990年代のあのブームは、マーケティングで仕掛けたこと以上に、映画体験の共有ということを教えてくれた、素晴らしい学びの時期だったと思っています。そしてもちろん、個々の作品のクオリティの高さもすごかった。今改めて観直しても、当時抱いた感動とは違う、経験値が上がったからこそ見えてくる別の感動に震えるもの。
一つしか答えがない、という映画はミニシアター作品にはほとんどありません。時を経ても色あせず、何度観ても別の感情が湧き上がる。
往年のミニシアター作品はそういうふうに楽しんでもらいたいですね。
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