映画『明日の食卓』にも見て取れる、瀬々敬久監督の【三元素=シンクロニシティ/実録もの/モザイク状】とは
文=相田冬二 @aidatoji
瀬々敬久監督『明日の食卓』(’21)が、WOWOWオンデマンドで6月11日から配信され、7月には3日(土)に『糸』(’20)、13日(火)に『楽園』(’19)と、瀬々監督作品がWOWOWで放送される。
『明日の食卓』は、“石橋ユウ”という同じ名前の男の子3人と、その母親たちの苦悩を描く。3組の母子は、互いに顔を合わせることはない。だが、その喜怒哀楽の行程が確実に一致する。別な場所と別な時間の【シンクロニシティ】を描くことは、瀬々監督の大きな特色だ。この手法は、初期のピンク映画群からすでに行なわれており、近年の『友罪』(’18)や『楽園』で大いなる成果を上げている。
連作短編が、断章形式にも映る。これは小説の王道の手法だが、瀬々監督の場合は、そうした原作ものを手掛けても、連作や断章、あるいはオムニバス的な乖離(かいり)が生じない。彼ならではの映画的エモーションが息づく。洗練された文体で、それぞれのエピソードを「切り盛り」するのではなく、もっと「混ぜこぜ」に、あるときは「闇鍋」のように「ぐちゃぐちゃ」な親密さで、離れた時間と空間とのシンフォニーを奏でる。
インドカレーは、「ぐちゃぐちゃ」に混ぜ込んだほうがおいしいと言われるが、さしずめ『明日の食卓』などは、三種のカレーを混合させ、あるときはサフランライスで、あるときはナンで食べているかのような醍醐味(だいごみ)がある。瀬々監督の映画は、“エスニック”だ。
瀬々監督は、現代を描く。例えば『菊とギロチン』(’18)のように過去を舞台に選んでも、底辺には同時代性があり、今を生きる私たちへのメッセージがある。ときに泥臭いほど、瀬々監督は現代を生きる者たちに肉薄しようとする。昭和も、平成も、令和もぶっ飛ばして、全部、丸ごと現代だと言わんばかりの抱擁力がある。
【実録もの】は、瀬々監督の重要なテーマだ。昭和の終わりを万感の想いでみとった『64-ロクヨン-』2部作(’16)は言うまでもない。初期から、実際の事件にインスパイアされた作品が多かった。「ワイドショーを観ていると、映画の発想が浮かぶ」と、20世紀にはよく語っていた。単に事実関係を調べて、再構成するのではなく、人間の営みの先に事件が起きたことを検証する。どんな犯罪にも、関わった者たちの生活が関与している。この観点が必ずある。だから、瀬々監督の映画は、どんなに過酷でもぬくもりがあるし、いかに殺伐としていようが救いはある。人間を、信じているからだ。
性同一性障害という現代的なテーマを描いた傑作『ユダ』(’04)や、女性たちのゆがみを凝視した『サンクチュアリ』(’05)は、『明日の食卓』のサブテキストとしても有効なのではないだろうか。特筆すべきなのは、ある種の暴力(それは愛と密接でもある)が画面を横切る『明日の食卓』だが、映画としては決して暴力的ではないということだ。瀬々監督は、暴力を暴力的には描かない。人間の営みとして見つめる。だから、彼の映画には、登場人物に対する断罪がない。
『明日の食卓』の”ユウ”という響きは、「You」を想起させる。「You」は、英語で「あなた」と「あなたたち」両方の意味を持つ。単数形であり、複数形なのだ。つまり、『明日の食卓』は、「あなた(たち)の物語」だ。そう、これもまた、瀬々監督が描く現代なのである。
瀬々監督は、どんな人物も、どんな場所も、どんな時間も、どんな時代も、どんな犯罪も、他人事にはしない。そのために【シンクロニシティ】や【実録もの】というモチーフを援用し、繰り返す。リフレインするたびに、それらは強固になっていくし、しぶとくなってくる。スポーツジムで作り上げられた見せるための筋肉ではなく、肉体労働によって結果的に形作られた精悍(せいかん)な身体がそこにはある。
瀬々監督は、すべてを他人事にしないために、【モザイク状】のドラマを形成する。それは、群像劇ではない。誰もが主人公になり得る「世界」の提出だ。大河ドラマ的な代表作『ヘヴンズ ストーリー』(’10)は、その長尺もさることながら、あらゆることが均等に結び付き、人間と人間のヒエラルキーが存在しない関係が、怒濤(どとう)の展開で描き尽くされており、圧巻だ。一つの犯罪を巡る、忌まわしいほどの連鎖が、これでもか、と綴られていくが、善悪の規定を乗り越える「宇宙」的な観点が備わっており(タイトルにもそれは表れている)、映画の肌触りは実は健やかだ。
物語の骨格自体は、擦れ違いのメロドラマでしかない『糸』も、実はスモールサイズの「世界」の提出だった。【シンクロニシティ】も【実録もの】も【モザイク状】も、そこにはあった。男たちへの不信が息子への惑いにつながる母たちの、行き場のないモヤモヤをどうにかすくい取ろうとする『明日の食卓』もまた、瀬々監督の【三元素】を兼ね備えている。