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本格ミステリー『8人の容疑者~誰がオット・ミュラーを撃ったのか~』が映す、エストニアの社会像

各種さまざまな映像配信サービスによって、海外ドラマに触れることが多くなった昨今。英米作品にスポットライトが当たることが多いが、膨大なライブラリのなかで、それ以外の作品を見過ごしてしまうのはもったいない。

まずは、「海外ドラマ=英米ドラマ」という固定観念を解きほぐすための「北欧ドラマ考」として、世界中で愛される北欧作品から、現地で愛される人気作までを幅広く紹介していく。今回は北欧諸国から少し離れ、バルト三国のエストニアを舞台とする本格派ミステリー『8人の容疑者~誰がオット・ミュラーを撃ったのか~』についてお届けする。

テキスト:村尾泰郎 編集:川浦慧

舞台となるのはエストニア。歴史的な街並みとIT先進国、対照的な2つの顔を持つ国

 濃密な人間ドラマとダークな雰囲気で注目を集める北欧のミステリードラマ。そんななかで、北欧作品を配信・放送するViaplayが贈る新作『8人の容疑者~誰がオット・ミュラーを撃ったのか~』(以下、『8人の容疑者』)は一味違う。このドラマの面白さは、本格派ミステリーのエッセンスが取り入れられていることだ。

 本格派ミステリーとは謎解きや犯人探しを楽しむもので、典型的なのは「名探偵」が活躍する物語。大富豪が殺されて、その場にいた関係者が容疑者となり、探偵が手がかりを集めて犯人を突き止めていく。クラシカルなスタイルだが、近年、ミステリーファンの間で話題になった映画『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』(ライアン・ジョンソン監督 / 2019年)では、現代的な感覚で本格派ミステリーに挑戦していた。

 本作、『8人の容疑者』が日本ではあまり紹介されることが少ないエストニアのドラマというのも気になるところ。バルト海に面したエストニアは人口130万人ほどの小さな国で、中世の面影を残す首都、タリンの旧市街は世界遺産に指定されている。バルト海を挟んで対岸にあるフィンランドのヘルシンキからはフェリーで1時間半という便利さもあって、観光地として人気が高まっている。

 その一方で、エストニアはITを積極的に行政に導入する電子国家としても注目を集めていて、結婚と離婚の届け出以外、すべてオンラインで行政の手続きができる。歴史的な街並みとIT先進国という対照的な2つの顔を持つエストニアから届けられたミステリードラマは一体どんな物語なのか?

エピソードごとに進んでいく、8人の容疑者一人ずつへの取り調べ

 『8人の容疑者』に登場するのは、豪邸に暮らす裕福な一家。家長として絶大な力を持っているのがオット・ミュラー。ソ連でレスリングのチャンピオンだったオットは、ほしいものはどんなことをしても手に入れ、役に立たない者は容赦なく見捨てる冷酷な男。レスリングを引退後、裕福な妻の実家の資金で、会社を立ち上げ、強引なやり方で大企業に成長させて莫大な富を手に入れた。

 そんなオットが65歳を迎えた誕生日に事件は起きた。ミュラー家の豪邸に一発の銃声が鳴り響き、頭から血を流して倒れるオット。そこには銃を持って立ち尽くす一人の男がいた。オットの次男、オリヴェルだ。しかし、オリヴェルは落ちていた銃を拾っただけ、と証言。

 当時、家にいた8人が容疑者として警察の取り調べを受けることになる。事件を担当するのはベテランの殺人課の刑事、ガブリエルと、初めて殺人事件を担当する女性刑事、アグネスだ。

ⒸViaplay Group.

 本作の特徴は、エピソードごとに一人ずつ容疑者が取り調べられること。8人の容疑者がいて全8話という構成だ。取り調べの際にガブリエルとアグネスはビデオカメラで容疑者を撮影。容疑者はカメラ目線で事件について証言していく。視聴者は自分が捜査官になったように彼らの証言を聞き、その表情を見ながら推理を働かせるのだ。では、ここで8人の容疑者を紹介しておこう。

次男、オリヴェル ⒸViaplay Group.

 繊細な性格の次男、オリヴェルは、かつてミュージシャンになることを夢見ていた。しかし、オットからは能無し扱いされ、いつも怒鳴られてばかり。しかし、妻のモニカはオットに気に入られていて、最近、オリヴェルに内緒でオットに新車を買ってもらったらしい。モニカは生活力のないオリヴェルに愛想を尽かし、オットに媚を売りながら密かに彼の金庫から金をくすねていた。

長男、オスカル ⒸViaplay Group.

 オリヴェルの兄でミュラー家の長男、オスカルはオットの下で働いているもののオットにはまったく評価されていない。父親が引退して自分がトップになる日が来るのを待っていたが、オットはオスカルを会社から追放しようとしていた。

オスカルの妻、アンネケン ⒸViaplay Group.

 オスカルの妻、アンネケンはミュラー家の家事をすべてこなす家政婦のように陰が薄い存在。しかし、彼女には家族が知らない一面があり、オットのある秘密を握っていた。

オットの妻、メルレ ⒸViaplay Group.

 そして、オットに長年連れ添ってきた妻、メルレは裕福な家の出身。オットは彼女と結婚することで事業を始めることができた。しかし、妻に対する感謝の気持ちはなく、次々と愛人をつくって囲っていた。誕生日パーティーには、新しい愛人、マルレーンを招いて家族を驚かせる。貧しい家に生まれ育ったマルレーンはオットの金が目当てで、オットは自分の保険金の受取人をマルレーンにしていた。

オットの愛人、マルレーン ⒸViaplay Group.

 マルレーンのほかにも、事件当日、ミュラー家にやってきた家族以外の者がいた。一人は次男のオリヴェルが前妻のレーリとのあいだにもうけた息子、ロベルトだ。オリヴェルは離婚後にレーリが子どもを生んでいたことを知らず、その日、初めて青年に成長したロベルトと対面した。息子たちに子供ができないことが不満だったオットは、突然現れた孫に興味津々。そこにロベルトを追ってレーリが駆けつける。息子がオットに傷つけられるのではないかと心配したのだ。

左:オリヴェルの息子ロベルト、右:前妻のレーリ ⒸViaplay Group.

 オリヴェル、モニカ、オスカル、アンネケン、メルレ、マルレーン、ロベルト、レーリ。それぞれに事情を抱えた8人が集まった夜に事件は起きた。彼らの口から事件当日の様子が語られるが、同じ出来事を語っていても証言する者によって微妙に様子が違う。新事実が発見されることで事件の見え方が変わってきたり、容疑者の意外な過去や素顔が明らかになったりと、エピソードが進むに連れてミュラー一家のいびつな関係が明らかになり、容疑者の隠れた一面があらわになったりと、犯人探しも一筋縄ではいかなくなってくる。

ソ連からの二度の独立、貧富の差、ジェンダー問題など、エストニアの社会状況が反映

 さらに物語を楽しむために押さえておきたいのがエストニアの悲しい歴史だ。エストニアは13世紀の頃からさまざまな国に占領されてきた。1918年に長らく支配されていたロシア帝国から独立したが、第二次世界大戦が勃発すると、ソ連(旧ロシア帝国)は1940年にエストニアに侵攻して占領。1941年にナチス・ドイツに占領されたが、1944年にソ連に再び占領・併合されてエストニア・ソビエト社会主義共和国となった。エストニアがソ連から再び独立できたのは1991年のこと。二度、ソ連から独立したエストニアは、現在2つの独立記念日を設けて祝っている。

 ドラマのなかに「ソ連時代」という言葉が出てくるが、オットはソ連がエストニアを併合していた時代に財を成した、という設定だ。オットが周りの人々を支配する怪物のような男として描かれているのは、これまで大国におびやかされてきたエストニアの人々の恐怖や怒りが、そこに反映されているのかもしれない。

オット・ミュラー ⒸViaplay Group.

 さらに物語から浮かび上がってくるのは貧富の差だ。巨額の富を蓄えたオットをめぐる人間模様を通じて、貧しい者の苦しみや怒りが描き出されていく。そこには経済成長を遂げるエストニア社会の現状が反映されているのかもしれないが、格差社会が進むいまの世界の現状を描いているようでもある。

 また、家父長制、マチズモ(男性優位主義)、ジェンダーなど、近年議論が高まっている社会問題も本作の重要な要素になっているのも見逃せない。

 そうした社会的なテーマを含んでいるところや人間の闇の部分に焦点を当てているところは北欧ミステリーのテイストを感じさせるが、巧妙なプロットや犯人探しの面白さは本格ミステリーの醍醐味をたっぷり味わえる。容疑者全員を集めて犯人を明らかにする、という本格ミステリーではお決まりの儀式が行なわれているのも嬉しい。

 さらに事件を捜査するガブリエルとアグネスのドラマも見逃せない。2人は捜査を通じて次第に距離を縮めていくが、そんななか、ある意外な事実が判明。お互いに疑心暗鬼になったりと、先が読めない展開が待ち受けている。北欧ミステリードラマの世界に新たな風を吹き込む『8人の容疑者』は、ミステリーファンには見逃せない新シリーズだ。

※この記事は株式会社cinraが運営するウェブサイトCINRAより全文転載となります。
※CINRA元記事URL:https://fika.cinra.net/article/202212-viaplay_kawrk

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クレジット(トップ画像)「8人の容疑者~誰がオット・ミュラーを撃ったのか~」:© Viaplay Group.



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