岸井ゆきのの“頼もしさ”—独自性の高いキャラクターに命を吹き込む彼女を紐解く
文=SYO @SyoCinema
表現者にとって、“代表作”に出合えるかどうかは活動上の生命線ともいえる。ブレイクするきっかけにもなるだろうし、転機や原点にもなり、時には越えなければならない壁にもなるだろう。何にせよ、代表作は必殺技みたいなもので、あるのとないのとではその後の人生が大きく異なる。往々にして代表作は自分だけでなく他者も含めた得票数で決まるため、ある種の総意ともいえるだろう。
俳優・岸井ゆきのにおいては、やはり『ケイコ 目を澄ませて』がそれにあたるはずだ。先天性の聴覚障害を抱えながら、プロボクサーとして活躍する女性を描いた本作。元プロボクサー・小笠原恵子の自伝『負けないで!』が原案であり、監督は『きみの鳥はうたえる』(’18)の三宅唱が務めた。
岸井は本作で第46回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、第77回毎日映画コンクール女優主演賞ほか多数の賞に輝いている。劇中ではそうした評価も納得の熱演を見せており、「耳が聴こえないボクサー役」を、説得力をもって魅せきるスキルだけでなく、主人公の内面の揺らぎを微細な表情の変化やたたずまいでみごとに表現している。
『ケイコ 目を澄ませて』の試合シーンは「動」だが、全体的には静謐な作品であり、劇伴(BGM)やセリフも最小限。説明的なシーンや、観る側の感情を誘導するようなドラマチックな演出も施されていない。ただただ、迷い悩みながら生きていく人々の在りようを見つめていき、観る側がそこにかすかな感動をおのおの立ち上げて震える、といったタイプの作品だ。とすれば、画面に映る俳優陣に登場人物の人生が乗っていなければ、また欲をいえば「その人」にしか見えない割合が高くなければ、見応えは薄まってしまう。その点において、岸井ほど頼もしい俳優はいないのではないか。
机に向かう姿を背後から捉えたファースト・カットから、「岸井ゆきの」という人物情報をこちらが忘れてしまうほど「ケイコその人」として存在している。
ジムの会長(三浦友和)とシャドーボクシング中に思わず涙をこぼしそうになってしまうシーンや、トレーナー陣(三浦誠己、松浦慎一郎)のやりとりを見てほほ笑む姿、マスク姿の警官に職務質問をされ、唇を読めずに戸惑うさま……あらゆるシーンにおいて「彼女のすべては分からないが、きっと分かる・想像できる」と思わせる。洗い場の水を出しっ放しにしてしまい、床を拭くシーンでは、表情どころか上半身すら見えないのにその感情が流れ込んでくるようだ。
思えば岸井ゆきのは、これまでにも複雑な役どころが吸い寄せられる俳優だった。初主演映画『おじいちゃん、死んじゃったって。』(’17)では、恋人とのセックス中に祖父の訃報を聞き、ぼんやりとした罪悪感や寂寥感を覚える主人公に扮し、『友だちのパパが好き』(’15)では友人に父親への好意を打ち明けられて戸惑う娘を演じている。『愛がなんだ』(’18)では恋愛依存症の女性をほほ笑ましさとほのかな狂気すら感じさせる解像度で体現し、『やがて海へと届く』(’22)では親友を失くした喪失感が消えない主人公の悲しみを水のようなイメージで魅せる。『神は見返りを求める』(’21)では底辺YouTuberからインフルエンサーへと成り上がり、高飛車な性格に変貌していく女性を痛々しくも真実味をもって熱演。
どれも「必勝パターン」が見えないような独自性の高いキャラクターであり、岸井と巡り合ったことで“人間”として歩き出したような感がある。
本人が大の映画好きであり(彼女のInstagramをのぞけば、その映画愛に頰が緩むことだろう)、映画的IQの高さがあればこそ、適切な“解”を都度導き出せるようにも思う。次はどんな役柄をぶつけたら、まだ見たことのない可能性を提示してくれるのだろう――。岸井ゆきのは、クリエイターと観客の想像力を増強し続ける。
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