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イラストレーター・信濃八太郎が行く 【単館映画館、あちらこちら】 〜「福山駅前シネマモード」(広島・福山)〜

名画や良作を上映し続けている全国の映画館を、WOWOWシネマ「W座からの招待状」でおなじみのイラストレーター、信濃八太郎が訪問。それぞれの町と各映画館の関係や歴史を紹介する、映画ファンなら絶対に見逃せないオリジナル番組「W座を訪ねて~信濃八太郎が行く~」。noteでは、番組では伝え切れなかった想いを文と絵で綴る信濃による書き下ろしエッセイをお届けします。今回は広島・福山の「福山駅前シネマモード」を訪れた時の思い出を綴ります。

文・絵=信濃八太郎

広島・福山へ

 広島県尾道から愛媛県今治まで、瀬戸内海に点在する小さな島々を橋でつなぐ「しまなみ海道」は、ナショナルサイクルルートとして認定された日本を代表するサイクリングロードだ。世界中からやって来るサイクリストたちは福山駅で新幹線を降りて、ここを起点に旅が始まる。

 映画好きにとっても絶好の観光地で、福山駅から海に向かえばすぐ鞆の浦。歴史の残る町並みはアニメ作品『崖の上のポニョ』('08)や「蒼穹のファフナー」の舞台として描かれているほか、『ウルヴァリン:SAMURAI』('13)や「流星ワゴン」『銀魂』('17)など数々の作品のロケ地にもなっている。お隣の尾道では大林宣彦監督の「尾道三部作」も作られた。

 広島、瀬戸内海とくれば、ぼくにとっては倉橋島で作られている日本酒「華鳩」だ。沖田修一監督作『モヒカン故郷に帰る』('16)で知ってから、すっきりとした飲み口のこのお酒を見つけると喜々として飲んでいる。

 映画は松田龍平さん演じるモヒカン頭の売れないバンドマン永吉が前田敦子さん演じる妊娠した恋人の由佳を連れ、瀬戸内海にある故郷の島へ帰るところから始まる。小船からの眺めが旅情を誘う。熱狂的な矢沢永吉ファンの父親役は柄本明さんで、ぎくしゃくとした父子のやりとりもおかしい。
瀬戸内海のいくつかの島でロケ撮影されており、実家の酒屋のシーンに映った看板で「華鳩」を知って、その酒銘に惹かれて早速購入してみた。飲みながら再度観る。
 劇中に暮らす人たちと同じ酒を飲んでいるのだと思うと、画面からグラスから、瀬戸内海の風が吹いてくるようで、映画もお酒もしみじみと染み入った。これって4D上映じゃないかと「家シアター」ならではの楽しみを発見した気分で、その日から、作品に感化されてはあれこれ買って、鑑賞のお供としている。

 駅の改札を出て、そうだこのお酒を瀬戸内海の魚と合わせて飲んでみたいと常々思っていたんだ、今日行けるかな…などとよだれを垂らして歩くうち、随分と行き過ぎてしまったようだ。地図を見ると、訪ねる福山駅前シネマモードはその名の通り、福山駅から歩いてすぐの場所にあった。

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福山駅前シネマモードで映画に浸る

 シネマモードを運営するフューレックという会社の歴史はかなり長く、明治30年に演劇場大黒座として創業、芝居小屋から始まっている。終戦後の昭和20年には戦災で焼失した大黒座を再建し、映画の上映も行うようになった。今では映画興行に加え、カフェバー、レストランなどのフードサービスや、コワーキングスペース、サウナ、ゲストハウスの運営も行っている。福山での楽しい一日を丸ごと提供してくれるという印象だ。

 創業から122年間続いた大黒座は、建物の老朽化のため2014年に閉館となった。その面影を残すべく、同年には取り壊される前の劇場を舞台に『シネマの天使』('15)という映画も作られている。
 フューレックが運営する映画館のうち、ミニシアター系作品を上映するシネマモードとしては、2013年から現在の場所で営業している。

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 いつものようにひとりでスケッチブックを広げて絵を描いていると「やぁ、やってますね」と声を掛けられた。ふっと顔を上げると、音声担当の番組スタッフ浮田さんじゃないですか。長年の間、ニュース番組の制作などで世界中旅してきた大ベテランの浮田さんは「何があっても対応できるように」といつでも現場に一番乗りだ。心構えから学ばせていただいているのだけれど、今回ぼくは絵を描くためにひとり前日から来ていたのでさすがに驚いた。前乗りが過ぎませんか。そういえば浮田さんは尾道のご出身だ。
 「せっかくの故郷広島だからさ。八太郎さん、この後なにか予定ありますか。よかったら夜ごはんでも一緒に食べませんか」
ぜひお願いしますと、後ほど劇場前で落ち合う約束をし、スケッチに戻る。いきなり夜が楽しみになって、ペンがよく動いた。

 シネマモードは1と2がある。スケッチを終えたタイミングで、ちょうどこれからスクリーン1で始まる豊田利晃監督作『全員切腹』('21)を観ることにした。
 スクリーン1には二階席があった。後方中央に位置する扉を開けると、目の前の暗闇に階段があって、ステップにはそれぞれLEDライトが敷設されている。一段上っていくごとに少しずつ現れるスクリーン。これから始まる映画への期待で胸も高鳴る。全貌が見えると、二階席にはなんともぜいたくに、アームレスト付きのひとり掛けソファが並んでいた。こんな座席は初めてだ。

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 腰を下ろして深々ともたれかかれば周りが気にならなくなって、自分だけの空間が出来上がる。二階席なので距離を感じるのかと思いきや、逆に巨大なスクリーンと一対一で対峙しているような迫力だ。暗闇に浮かび上がった窪塚洋介さんの血走った眼。「世が世なら、おまえら全員切腹だ!」という怒声と重なって、今でもたまに夢に出てくるほどで、これが芝居なのかと字のごとく魂消たまげた。

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 福山の夜、浮田さんからは、飲みながらこの町の歴史を教えていただいた。
 「日本鋼管福山製鉄所ってものすごい大きな工場があって、そこで働く人たちのために映画館なんかの娯楽施設や飲み屋がたくさんできたんですね。わたしが子どもの頃は本当に大都会、華やかな町だったんだ。あれやこれや(指折り数えて)映画館も七つくらいあったんじゃないかな。百貨店もあるし、尾道の田舎から出てくるとワクワクしたもんだよ」
 浮田さんが注文してくれた瀬戸内海のアナゴや赤ニシ貝の刺身、エイヒレの唐揚げなど、東京では珍しいさかなをいただきながら、念願の華鳩と合わせることもできて、楽しい夜になった。

映画館を通じて地元を元気に

 今回取材を受けてくださるシネマモード支配人の藤井信さんは福山のご出身で、ここは子どもの頃から来ていた場所なのだそうだ。幼少の頃の思い出などから伺う。

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 「子どもの頃からインドア派だったので、外で遊ぶよりも映画のなかの世界を楽しむのが好きでした。作品のことというよりも、あのとき誰と来たとか、幼い頃の映画はそんなことの方が記憶に残ってますね」
 「よく分かります!」とぼくも思わず前のめりになる。あいつが上映前におなかが痛いと言いだして、トイレにこもって戻って来ず、もう始まっちゃうよと暗くなった席でやきもきしたあの日の映画はなんだったっけ。「あーすっきりした!」の小声に、声を抑えて笑い合ったあの時、暗闇でのたった数秒間の出来事が、何十年たっても色あせない。

 映画を愛する藤井さんは、他県の大学を卒業してフューレックに就職し、地元福山に戻ってきた。勤め始めて25年になられるとのこと。
 「入社した時にはまだ35ミリの映写機でした。入ってすぐ、いきなり映写をやれということで、技師の人に教えてもらいまして。これはなかなかの緊張でしたよ。よく映画で観るような映写にまつわるトラブルがあるじゃないですか。あれ、ひと通り全部やりましたから(笑)」
 「なんとひと通りですか!」笑って聞いてしまったけれど、お客さんが入っている状況だったのだろうか。
 「はい、営業中のことでした。フィルムを燃やす、穴を開ける、全部やりました。いやぁもう大変なんてものじゃなかったですね。なんの作品だったかは記憶から消しました。燃えたことだけ覚えています…」
 その時その場にいたらと想像すると、聞いているだけでおなかが痛くなってくるけれど、そうやって身に付けた技術は消えることなく、今でも映写機の操作は体で覚えていらっしゃるそうだ。35ミリ映写機は、イベント上映などで今でも使われているとのこと。

 「イベント上映としては、監督特集や俳優特集などに力を入れてます。監督作や主演作を何本かまとめて『誰々特集』のような形で上映してまして、最近では井浦新さんや今泉力哉監督にも来ていただきました。zoomでもできるようになったので、成田凌さんにオンラインでご登場いただいたりもしました。『全員切腹』に主演されいてる窪塚洋介さんにも、以前ご来館いただいたことがあります。あの独特の格好良さで、駅からおひとりで歩いていらっしゃった。あのオーラのままでした」
 新幹線が止まる駅で、しかも駅から歩いてすぐということもあり、来てもらいやすいのだそうだ。車に乗るような距離でもないので、俳優さんたちとの遭遇率は東京の劇場よりも高いかもしれないな、なんてミーハーにも思ってしまった。

 続いて地下にあるスクリーン2にご案内いただく。こちらの特徴はなんといっても「音」だそうで、スクリーンの前に巨大なスピーカーがいくつも連なって並んでいる。ライブハウスのステージのようで、見た目も壮観だ。
「こちらでは重低音を効かせて激音上映などやっています。音の洪水が押し寄せるような体感があって、音楽映画や、またアニメは音にこだわった作品が多いので、こちらでかけることが多いですね。他県から来てくださるお客さまも多いんですよ」
 いったいどんな音が聴こえてくるのだろう。劇場入口には明後日から始まる「音楽ドキュメンタリー特集」の告知が掲示されていた。もう数日滞在し、まとめて観てみたくなった。

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 見渡してみるとアニメ作品のポスターが多いのも特徴的だ。そうですね、と藤井さんがお話しくださる。
 「年に一度、近隣の商業施設と一緒に、福山とアニメをかけて『フクヤマニメ』という町ぐるみのイベントをやってきました。その期間は町を歩けばコスプレーヤーの人が至る所にいたり、街角ではアニソンを歌っていたり、シネマモードでは声優さんたちのトークショーをやったりと、福山の町全体がお祭りのようにとてもにぎわいます。普段はシニア層が多い当劇場ですが、そういう時には若い人もたくさん来てくれるんですよ」

 教えていただいてHPを見ると、会場は福山駅前の商店街、商業施設、映画館、福山城など、歩いて回れる全域だそうで、かなり大きなイベントだ。全国からもたくさんの人が来ることだろう。
 「福山ならではの色を打ち出して、地元福山を盛り上げたいんです。今は郊外に住宅などもできて人が流れ、駅前に昔ほどの勢いがなくなってきているけれど、この劇場があることで、市の中心にお客さまをお迎えしたい。地元の人たちにも元気を出してもらいたいんです。ぼく自身も映画から元気をもらってきました。映画にとどまらず、カフェやサウナなどをやっているのも、この町に住んでいる人たちの一日が楽しくなるようプロデュースしたいという思いなんです」

 楽しい場所に人は集まる。また同時に人が集まる場所は楽しく映る。自と他の関係はいつも表裏一体だ。両方がうまくかみ合って好循環してくれるよう働き掛けていくのがご自身の役割と、藤井さんのお気持ちが伝わってきた。
 「福山には全盛期には7館ほど映画館がありました。弊社にも大黒座という歴史ある劇場があったのですが取り壊しになりまして。『シネマの天使』という映画作品に残すことができたので、建物はなくなってしまいましたが、町の人たちの心には残る。これはぜひ観ていただきたいです」

 最後に劇場併設のカフェにご案内いただいた。想いはこちらのカフェも同様で、地元を盛り上げるべく、近隣のパン屋さんや精肉店から直接仕入れる地産地消にこだわったメニューを展開している。伏見ローストビーフサンドと瀬戸内海の海水塩が入った青いコーラをいただいた。マスクをしていても感じるローストビーフのおいしそうな香り! 店内の低温調理器で自家製造しているのだそうだ。うま味たっぷりなローストビーフの味わいとさっぱりとした青いコーラの組み合わせは最高だった。

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 料理が運ばれてくるまでの間、藤井さんといろんな話をした。若き日に出会って衝撃的だった自分にとっての一本、これからの町とミニシアターの関係、その中でやっていきたいことなど…。初めてお会いしたのに、なにか昔からの友人のような気持ちで話し込んでしまった。あの日、トイレからなかなか戻ってこなかったのは藤井さんじゃなかったか。そんな錯覚すら覚え始めたらもう危ない。藤井さん、当日カメラの前で交わしたお約束は、本編では時間の都合でばさりと切られてしまいましたが、きちんと守りますことをこちらに残しますので、どうぞこれからもよろしくお願いします!

「家シアター」で福山への想いを馳せる

 旅から帰って『シネマの天使』を観た。実際に取り壊される前の大黒座が使われているので、往年の写真とともに、壁に寄せ書きされた地元の人たちのリアルなメッセージが胸に突き刺さる。
 「最後に来れてよかった」「ぼくらの青春」「映画好きにしてくれてありがとう」「小学生の頃初めてきた映画館でした」
 映画の最後には解体シーンまで映し出され、建物に残る記憶の奥底から悲鳴が聞こえてくるようだった。劇中で大黒座に住む天使を演じるミッキー・カーチスさんが言う。
 「映画館てのは、知らない人がみんなで集まって、なにか一つの映画を観る。その映画からいろんなことをインスパイアされて、それぞれの皆さんの人生が変わっていく。その時間と空間のゆがんだ感じを、私はずっと見てきた」
 「映画館で映画を観るという価値を、みんな忘れてしまってるんじゃないかな」
 深く感じ入りながらも、この作品を、劇場でなく家で観ている時点でどうなのかという自己矛盾をはらみつつ、気になったのは大黒座支配人を演じる石田えりさんの夕食シーンだった。結局そこかと自分でもあきれる。

 居酒屋だろうか、かなり年季の入った風情あるお店だ。牛の煮込みのように見えるお肉を白いごはんに合わせ、実においしそうに頰張る支配人。本筋とあまり関係なさそうなシーンに目がくぎ付けとなり、早速調べたら「稲田屋」という福山で100年以上続いてきた老舗食堂の「関東煮」という甘めの味付けをした煮込みホルモンとのこと。お店自体はこの映画が作られた後、2020年に閉店してしまったそうなのだけれど、取り寄せられることが分かり、早速「家シアター」用に注文してみた。そろそろ届くんじゃないかと楽しみにしている。

信濃八太郎さんプロフ

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