柔軟にして、変幻自在。俳優、松坂桃李は「柔らかさ」で人々を魅了する

マガジン「映画のはなし シネピック」では、映画に造詣の深い書き手による深掘りコラムをお届け。今回は映画ライターのSYOさんが「松坂桃李の“柔軟さ”」について、彼の代表作の一つである『孤狼の血』を軸に考察するコラムをお届けします。

文=SYO @SyoCinema

 松坂桃李は、「柔らかい」役者だ。スクリーンやテレビの向こうの彼はもちろん、取材時に接しているときも、包み込むような物腰と視線、朗らかな笑顔に引き込まれてしまう。

柔軟にして、変幻自在。思考もイメージも凝り固まることがなく、作品ごとにまったく違った顔を見せつける。それでいて気さくで、放つオーラは温かい。ほかに類を見ないタイプの表現者といえるだろう。

『娼年』(’18)、『孤狼の血』(’18)、『新聞記者』(’19)…。近年の出演映画を3本挙げるだけでも、その振れ幅に驚かされる。頭で「松坂桃李」と認識していても、心の部分で役としてしか思えなくなるのだ。公開中の『あの頃。』(’20)でも共演した盟友、仲野太賀は、松坂を「入れ物」と評したが、まさに言い得て妙。ただ「演技が上手い」のとは、レベルが違う。人為的な「演技」を感じさせないところに、松坂の恐ろしさがあるのだ。

 そんな彼の代表作の一つである『孤狼の血』が、WOWOWにて3月7日(日)に放送。また、8月20日(金)には、待望の続編『孤狼の血 LEVEL2』(’21)が劇場公開される。今回は、『孤狼の血』を中心に、俳優、松坂桃李の魅力について、これまでの作品を横断しつつ語っていきたい。

 『凶悪』(’13)の白石和彌監督が手掛けた『孤狼の血』は、1988年の広島県を舞台に、警察と暴力団の対立をバイオレンス描写たっぷりに活写した「ネオ・東映やくざ映画」的な1本。狂犬のようなベテラン刑事、大上(役所広司)とコンビを組まされることになった若手刑事、日岡(松坂桃李)が、正義と悪の曖昧な均衡の中で覚醒していく物語が展開する。いわば、松坂の演技のグラデーションが、作品全体のキーになっているのだ。

 そして…本作に至るまでに、重要な映画作品が大きく分けて2本ある。それは、『日本のいちばん長い日』(’15)と、『彼女がその名を知らない鳥たち』(’17)だ。松坂は、前者で役所広司と、後者で白石和彌監督と“共闘”しており、そのコラボレーションが『孤狼の血』につながったとみることができる。

 原田眞人監督版『日本のいちばん長い日』では、役所が陸軍大臣の阿南惟幾を演じ、松坂は陸軍少佐の畑中健二に扮している。戦争の終結か、継続かの決断を迫られた日本。畑中は本土決戦を望み、上官である阿南に訴える役どころだ。本作で松坂が見せたのは、ある一つの思想に染まり、テロリストと化してしまう“狂気”の演技。表層的な悪役として表現するのではなく、彼なりの強い想いが、現代を生きる私たちにも届くような演技設計となっており、非常に興味深い。血管が浮き出るほどの憤怒の表情で、阿南に食って掛かるシーンは、後の『孤狼の血』にも通じる。

 また、同年に公開された『劇場版 MOZU』(’15)では、暗殺者の狂的なフォロワーというクレイジーなキャラクターを体現し、その振り切った怪演で観る者を驚愕させた。キャリア初期の『アントキノイノチ』(’11)など、ダークな役もこなせるのが松坂の大きな魅力だが、『日本のいちばん長い日』であの役所広司を相手に堂々たる演技を見せた経験が、『孤狼の血』に生きているといえよう。

 ドラマ「ゆとりですがなにか」(’16)でコメディ演技を披露し、舞台&映画『娼年』で男娼という役柄に挑戦。ここまで来ると、もはや向かうところ敵なし、何でもござれ状態だが、役者、松坂桃李の進撃は止まらない。次なる出演作『彼女がその名を知らない鳥たち』では、気持ちがいいほど軽薄な不倫男を艶っぽく演じ切った。本で読んだ体験記を主人公(蒼井優)に自らの武勇伝として聞かせ、ちっぽけな虚栄心を満たすイタい人物ながら、松坂が自信満々に演じることで、不思議な美学が生まれている。

 それまでは『凶悪』や『日本で一番悪い奴ら』(’16)など、実録もののハードな作品で才気を発揮することが多かった白石監督が、ロマンポルノ『牝猫たち』(’16)に続き、性愛が象徴する「心のつながり」を描いた『彼女がその名を知らない鳥たち』。こちらも攻めた描写はあれど、最終的には純愛ともいえるラブ・ストーリーに昇華されており、白石監督の演出力を証明した重要な作品だ。

 監督が新たなジャンルに挑戦するとき、力強く支えた役者は、やはり特別な存在になるのだろう。再タッグ作となる『孤狼の血』で松坂に託された“任務”は、非常に難易度が高いものだった。というのも本作は、劇中で主人公が大上から日岡にスイッチする構造になっている。前半、圧巻の演技で観る者を吹き飛ばしていた役所の“後釜”を務めなければならないのだ。並の役者であれば、重圧と役所の演技に打ち勝つことができず、結果的に尻すぼみな作品になってしまったことだろう。

 ところが、松坂は『日本のいちばん長い日』からさらに進化・深化した“狂気”の演技を披露。役所から見事にバトンを受け取り、エネルギッシュな力走を魅せる。特に目を引くのは、ある事件に激高し、やくざ者をボコボコにするシーン。「目が据わる」とはこのことか、と戦慄するほどの衝撃的な場面になっており、松坂演じる日岡が、相手を殴り続け、顔に血しぶきが飛ぶさまを、表情にフォーカスして映し出している。つまり、「松坂の表情だけで魅せる」演出が施されているのだ(その後、目を開けたまま昏倒するシーンもすさまじい!)。この辺りからも、白石監督から寄せられた、厚い信頼が感じられる。

 この一連のシーンを境に、主人公は日岡へと完全に交代。続くシーンでは、大上の秘めたる優しさに触れ、「ようやったのう。褒めちゃるわ」の言葉に大粒の涙を流す。10分弱の中で、極限の怒りと絶望、哀しみが目まぐるしく交錯するのだ。そして、日岡は大上の後継者として覚醒。恩師とは異なるやり方で、正義を為そうとする。表情にも精悍さが加わり、観る者の視線を完全に奪い去っていくだろう。新たなるダーク・ヒーローの誕生を高らかに宣言し、物語は『孤狼の血 LEVEL2』へと受け継がれていく。

 松坂自身も、本作での演技が絶賛され、その後も次々と話題作に出演。気鋭の映画配給・製作会社スターサンズ&藤井道人監督と組んだ『新聞記者』に続き、直木賞受賞作を映画化した『蜜蜂と遠雷』(’19)、今泉力哉監督作『あの頃。』では松浦亜弥の熱狂的なファンを演じるなど、『孤狼の血』で確立したハードボイルドな魅力に甘んじることなく、精力的に活動を続けている。この辺りも、松坂桃李という役者に「柔らかさ」を感じるゆえんだ。難役ばかりを選びながらも、イメージが定着しない。

 戸田恵梨香という伴侶も得て、なお一層の活躍が期待される松坂。『孤狼の血 LEVEL2』のほかにも、『いのちの停車場』(5月21日(金)公開予定)や『空白』(2021年内公開予定)といったシリアスな内容をはらんだ意欲作が控えており、『あの頃。』も含め、今年は「松坂桃李イヤー」と言えそうだ。

SYOさんプロフ201031~

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