『35年勤めてきました。ここが家です』 スピードワゴン・小沢さんが語る映画の名セリフのこと #このセリフに心撃ち抜かれちゃいました
取材・文=八木賢太郎 @yagi_ken
──今回からこの連載は、noteに場所を移してリニューアルされました。
小沢一敬(以下、小沢)「うん、なんかそうらしいね」
──ここでは毎回、小沢さんがチョイスした映画の名セリフについて語っていただいてるんですが、こういう形で映画について掘り下げて考えていくという作業は、小沢さんにとっても何か得られるものがあったりするんでしょうか?
小沢「得られるものはたくさんあるよ。例えばここで1本の映画について語ってるうちに、『あ、俺は今、こういうことを考えてたんだな』とか『今はこういう方向を向いてるんだな』ってことに気付いて、自分の中で整理されるんだよね。で、そうやって整理された話の内容が、俺の普段のお笑いというフィールドでのトークの元にもなっていったりするから。そういうアイデアをもらえる場所として、この連載は俺にとってすごい大事な存在なんだよね」
──それは、とてもうれしいお言葉です。
小沢「もちろん、映画というものに関しても、気付かせてくれることはたくさんあってさ。俺は普段、映画を観るときはファンタジーとかの作り物を選びたい方で、特にこの年になると、より娯楽性の強いものを求めがちになってきてるのね。今回の映画は実話を基にした映画だけど、普段は俺、こういう映画は観ないのよ。観るのは、『仁義なき戦い』('73)とかの広島ヤクザの実録ものぐらい(笑)」
──それは偏り過ぎですけどね。
小沢「でも、普段は観ない映画だからこそ、そこで初めて分かることもあってさ。例えば今回の映画を観て分かったのは、映画には、娯楽として作られた作品と使命として作られた作品、そのふたつがあるんだなってこと」
──今回は、まさに後者ですね。
小沢「そう。歴史の教科書だったら2行で終わってしまうような事件でも、それを2時間の映画にすることで、そこにある物語全体が見えてきたり、その事件をまるで自分のことのように考えさせてくれたりするわけじゃん。映画にはそれを伝える使命があるし、そういう映画が作られ続けることは素晴らしいことだなと。そういうことに気付かせてくれるのも、この連載のいいところだよ」
──とはいえ今回は、リニューアルの一発目にしては重い映画でした。
小沢「そうね。重かったし、人もたくさん亡くなったね。だけど、今回のこの映画は、マジで観てよかったと思ったよ。この映画の存在、そして、この映画を作ろうと思った人たち全員に敬意を表したい」
──まさに歴史の教科書の2行で終わらせてはいけない、世界のリアルを知ることができる映画ですよね。
小沢「日本で暮らすわれわれには想像もつかない世界の話だよね。特にこの映画での怖いところは、テロリストたちの要求が何もないとこで。今までのハイジャック犯とかテロリストは、金を用意しろとか、捕まってる仲間を解放しろとか、何かしらの要求があったじゃん。だけど今回のテロリストは、ただ市民を殺すことだけが目的。こんな恐ろしいことはないよね。殺される側に殺される理由がないんだから」
──動いてる人はみんな銃撃されるという状況ですもんね。
小沢「だからこそ、この映画は事実を描いてるんだろうなって思った。これがただの作り物の映画だったら、人の命が奪われる瞬間って、もっと大々的にドラマチックに描くじゃない。だけどこの映画は、主要人物でさえホントにあっさり殺されちゃう。たぶん、あれが現実の怖さなんだよね」
──リアル過ぎて、本当に映画なのか? とすら思うぐらい。
小沢「しばらくザワザワとモヤモヤが止まらなかったよ」
──またこの映画は、テロリストとなった青年たちの事情もちゃんと描いているので、そこがまた余計にリアルで。彼らを単なる悪人とは言い切れなくなってしまうというか。
小沢「元ザ・ブルーハーツの真島昌利さんの『人にはそれぞれ事情がある』っていうソロアルバムがあるんだけど、まさに今回のテロリストにも彼らなりの事情があって。子どもの頃からあれが当たり前だと思える環境で育ったら、究極、彼らがああなってしまうのも分かる…いや、分かりはしないけど、理解はできるよね。神のために命をささげることが正しい行いだと信じて生きてきた人が、世の中にはいるんだってことを理解はできる。けど、分かりはしない」
──とにかく、そんな重い映画なので、今回は名セリフを選んでもらうのも大変だったんじゃないかと思ったんですが。
小沢「そうなのよ。いろいろと好きなセリフもあったんだけど、それを選ぶと映画そのものの話ではなく実際の事件の話になってしまうセリフも多かったから。だから今回は、この映画としてのテーマである、プロフェッショナルとしての使命にまつわる名セリフを取り上げたいと思って」
──そのセリフとは?
小沢「『35年勤めてきました。ここが家です』」
※編集部注
ここから先はネタバレを含みますのでご注意ください。
──テロリストたちに占拠されたホテルで、オベロイ料理長(アヌパム・カー)がホテルのスタッフたちに「もし(家に)帰りたければ、帰ってもいい」「帰っても恥ではない」と語り掛ける場面。何人かのスタッフが逃げ出すなか、そこに残ることを決意したバトラーのジャモン(アレックス・ピンダー)が発したセリフです。
小沢「どんな状況でも自分の仕事を全うしようとするホテルマンたちの姿は、『タイタニック』('97)で船が沈む最後の時まで演奏を続けた弦楽団の人たち、あれにも近いと思うんだけど。今日の仕事を全うするのが人生、やるべきことをやらずに生きたとしても、それは人生ではない、という考え方だよね」
──まさにそれがプロフェッショナルですよね。
小沢「プロフェッショナルのホテルマンにとっては、最後までホテルを守るのが使命であって、それを放り出して家に帰ってしまったら、たとえ命は長らえても生きてることにはならない。そう考えたから、あの『ここが家です』っていうセリフになったと思うんだ」
──ある意味、テロリストたちにも使命があったわけだし。
小沢「そうだよね。ホテルマンにも使命があったし、テロリストにも使命があった。そしてこの映画は、そうやって使命のために命を落とした人たちの姿を後生に伝えるという使命があった」
──凄惨な場面ばかりが印象に残ってしまいますけど、そういう構造がとてもうまく描かれた映画でしたね。
小沢「うん。だから今回はこのセリフが一番テーマに合うとは思うんだけど、ただ、本当はもう一つだけ、取り上げたいセリフというか、シーンがあって。映画の名セリフを紹介する連載で、これは反則になっちゃうんだけどさ。実は俺が一番よかったのは、ラストに無事に家に戻れたホテルマンのアルジュン(デヴ・パテル)が、裏路地で奥さんと小さな娘と無言の抱擁をするところなんだよ」
──最後の最後のシーンですね。
小沢「セリフは何もないシーンなんだけど、実はあそこが、他のどのシーンよりも一番雄弁に語ってたと思うんだ」
──あそこで「お帰り」ぐらい言ってくれたら、それが今回の名セリフになったのかもしれないけど。
小沢「いや、そうなのよ。ただ感動させたいだけだったら、あそこにセリフを入れちゃうと思うんだ。だけど、そこにセリフを入れないことで、むしろ雄弁に、多弁に語ってた気がする。あえて明言されなかった名言、とでもいうのかな」
──では、小沢さんが今回一番シビれたのは、無言という名セリフだったということですね。
小沢「そうだね。でも、本当にすばらしい映画で、観れてよかったよ。この映画のおかげで、コロナが収束したら行きたいホテルがふたつになったもん」
──ふたつ?
小沢「うん。この『ホテル・ムンバイ』と、木村拓哉さんがフロントにいる『マスカレード・ホテル』('18)ね(笑)」
▼作品情報はこちら