この社会でマイノリティーとして暮らす人々が、より生き心地のよい社会となるよう、『RENT/レント』が色あせることなく、社会に響き続けることを願う

 SDGs(Sustainable Development Goals)とは、2015年9月の国連サミットにて全会一致で採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す17の国際目標。地球上の「誰一人取り残さない(Leave No One Behind)」ことを誓っています。
 フィクションであれ、ノンフィクションであれ、映画が持つ多様なテーマの中には、SDGsが掲げる目標と密接に関係するものも少なくありません。たとえ娯楽作品であっても、視点を少し変えてみるだけで、われわれは映画からさらに多くのことを学ぶことができるはず。フォトジャーナリストの安田菜津紀さんによる「観て、学ぶ。映画の中にあるSDGs」。映画をきっかけにSDGsを紹介していき、新たな映画体験を提案するエッセイです。

※今回を持ちまして、本コラム「安田菜津紀『観て、学ぶ。映画の中にあるSDGs』」の連載は最終回となります。
これまでご愛読いただきありがとうございました。

文=安田菜津紀 @NatsukiYasuda

 今回取り上げるのは、トニー賞ほか数々の賞に輝いたブロードウェイのロングラン・ミュージカルを映画化したクリス・コロンバス監督作『RENT/レント』('05)だ。製作でロバート・デ・ニーロも参加している。
(※9/7(木)後4:05、ほかリピート放送あり)

 マーク役のアンソニー・ラップほかミュージカルの初代キャストらも出演し、ボヘミアンたちの1年を、巡りゆく季節とともに描く。貧困や病、差別の渦巻く時代にありながらも、時に手を携え、時に歌を分かち合い生きる仲間たちの姿から、SDGsの「目標10:人や国の不平等をなくそう」を考えます。

(SDGsが掲げる17の目標の中からピックアップ)

私が人を好きになることは、人から笑われるようなことなんだ――彼女と向き合う中で出会った『RENT/レント』

 雪がちらつく真冬のニューヨークの片隅で、ついさっき観終えたばかりのミュージカルの歌を口ずさみながら、私は地下鉄までの道のりを歩いていた。賑やかな歌声が頭の中でこだまし続けているからか、凍てつく寒さの中でも、足取りはどこか軽やかだった。10年以上も前のことだが、今でも舞台の熱量を、五感の全てが覚えている。思えばこのミュージカルを観るために、ニューヨークまで来たようなものだった。1996年からブロードウェイで続いていた、「RENT」だ。

 実はミュージカルよりも前に、私は日本で公開された映画でこのストーリーに触れていた。「RENT」と出会うきっかけは、私が大学に入学して間もない頃までさかのぼる。

 ある時、新入生同士の交流の場で、「俺、男が好きやからー!」とふざけ半分に自己紹介をした男子学生がいた。彼自身はゲイというわけではなく、ただ“笑い”を誘おうと放った言葉だったという。休憩時間に入り、ふと窓の外に目をやると、さっきまで輪の中にいた一人の女の子が、車の陰にうずくまり、肩を震わせて泣いているのが見えた。彼女は恋愛対象として、女性を好きになる人だった。あの男子学生の自己紹介を聞いて、「私が人を好きになることは、人から笑われるようなことなんだ」と、その場から消えたいとさえ思ったのだと語ってくれたのは、それからしばらく経ってのことだった。

 彼女と向き合う中で存在を知ったのが、映画『RENT/レント』だった。映画館で観たその世界観に衝撃を受け、原作にも触れたいと、翌年にはニューヨークまで飛んでいった。

『RENT/レント』で描かれた、差別と偏見が蔓延する時代が、「過去」になっていくことを願う

 舞台は1989年ニューヨークだ。物語は、クリスマス・イヴの夜、家賃を滞納し、電気を止められた人々の叫びから始まる。ミュージシャンのロジャー(アダム・パスカル)と、ルームメイトであり、ドキュメンタリー映像作家を目指すマーク(アンソニー・ラップ)は、ともに凍える夜を過ごしていた。同じ夜、彼らの友人であり、大学で哲学を教えるコリンズ(ジェシー・L・マーティン)は、強盗に襲われ、真冬の路上にうずくまっていたところを、ドラァグ・クイーンのエンジェル(ウィルソン・ジェレマイン・ヘレディア)に助けられ、二人は次第に惹かれ合う。

 マークは元恋人で、破天荒なパフォーマンス・アーティスト、モーリーン(イディナ・メンゼル)との別れを引きずっていた。彼女の新たなパートナーは、ジョアンヌ(トレイシー・トムズ)という弁護士の女性だった。一方ロジャーは、同じアパートに暮らすミミ(ロザリオ・ドーソン)と恋に落ちるも、彼女は薬物を絶てずに苦しみ続けていた。かつては「仲間」の輪にいたものの、資産家と結婚し、「別世界」の人間になってしまったかのように見えたベニー(テイ・ディグス)は、一見、露悪的でありながら、仲間たちが危機に瀕したとき、違った一面を見せる。人種も、セクシャリティも、育ってきた環境も異なる登場人物たちが、それぞれの生き方を歌い上げる姿は圧巻だった。

 貧困や薬物依存、人種や性的少数者への差別、社会に渦巻くあらゆるものが、彼らの日常について回る。HIVに感染した者同士が、心を通わせたかと思えば、すぐにまた、悲しい別れが待ち構える。ミュージカルとしての公演が始まった1996年、HIVの新たな治療法が導入され、感染による死亡率はぐっと減っていくが、『RENT/レント』が描いているのはそれ以前の、発病すれば数年以内に死に直結する時代だった。

 私がニューヨークの路上で口ずさんだのは、映画でも冒頭に歌われる「Seasons of Love」という曲だった。1年という月日は525,600分、それをあなたは何で計る? 夜明けや夕暮れの数、飲んだコーヒーの数、笑った数や争った数――そんな歌詞の投げかけ一つ一つが、突き刺さった。登場人物たちにとって1分1秒がどれほど切実で、はかないものなのだろう、と。

 実はミュージカルと映画では、物語の細部で異なる点がある。映画では、モーリーンとジョアンヌの婚約パーティーに、二人の両親も出席し、彼女たち二人の幸せを祝福する姿が映し出されている。一方、原作での登場人物の親たちは、留守電に「小言」を残し、彼女たちの生き方に「注文」をつける存在だった。この点についてのとらえ方はさまざまあると思うが、私には、「時代を前に進めよう」というメッセージのようにも思えた。

 「RENT」を生んだ脚本家・作曲家のジョナサン・ラーソンは、ミュージカルの上演を目にすることなく、この世を去った。あの時、彼は、30年後の未来をどのように思い描いただろうか。

 米国ではさまざまなバックラッシュに見舞われながらも、2022年、同性婚の権利を連邦レベルで保護する法律が成立した。一方、日本では、婚姻の平等に関する法制化は遅々として進まず、とりわけトランスジェンダーに対するヘイトスピーチが絶えない。

 この映画から考えられるSDGsの目標は多数あるが、中でも「目標10:人や国の不平等をなくそう」に着目したのは、不平等を是正する仕組みが、この社会には不十分だからだ。それは、同性婚をはじめ婚姻の平等を定めるものであり、差別を禁止する法律だ。こうした社会の基盤を築くことで、マイノリティーが貧困に陥り、医療や福祉から隔絶されることを防いでいく必要があるだろう。ひとたびそれを築くことができれば、私たちがいなくなった後の社会にも、その仕組み自体は受け継がれていくだろう。

 大学時代、肩を震わせて泣いていた彼女や、この社会でマイノリティーとして暮らす人々が、より生き心地のよい社会となるよう、この映画が色あせることなく、社会に響き続けることを願う。同時に、この映画で描かれた、差別と偏見が蔓延する時代が、「過去」になっていくことも。

 さて、2020年から始まった連載も、今回で最後となりました。これまで読んでくださった皆様に、この場をお借りして、感謝をお伝えしたいと思います。この連載で触れたテーマは多岐にわたります。どの映画も、時代や空間を超え、異なる他者との出会いをくれました。そんな「出会い」の積み重ねの先に、よりよい明日が築けると信じています。

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