この映画を観て、俺もどんどんめちゃくちゃな方へ行きたいと思った――スピードワゴン・小沢さんが心撃ち抜かれた映画のセリフを語る
取材・文=八木賢太郎 @yagi_ken
──今回の『さよなら、僕のマンハッタン』は、すごく有名な作品というわけではないですが、いい作品でしたね。
小沢一敬(以下、小沢)「うん、めちゃくちゃ良かったよね。観終わった後の最初の感想としては、若いときに観たら、きっと今とは感じ方が違ったんだろうなってことだね」
──大人向けのストーリーですから、ちょっと若い人だと理解しがたいところもありますかね?
小沢「それは分からないけど。若いときなら、また違った面白さを感じられたのかもしれないし。とにかく俺は、今の年齢で観て良かったなと。決してサスペンスではないんだけど、最後のところで『えっ?』っていう展開があるじゃん。その部分を知ってから、もう一度最初から観直したら、いろんな伏線がよく描けてるのが分かるかもしれないよね」
──また最初から観たくなりましたね。まだ観てない方のために、核心部分のネタバレは避けたいんですが、映画そのものの印象がガラッと変わるような展開でした。
小沢「そうだよね。男女とか家族とかのギクシャクした関係を描いたヒューマンドラマなんだろうな、と思って観てたら、ただそれだけの物語じゃなかったっていう…」
──ちょっと鳥肌が立つような展開で。
小沢「うん。グッときたよね。俺ね、この連載のために映画を観るときには、好きなシーンとか好きなセリフがあると、必ずメモを取りながら観るようにしてるんだけどさ。今回、まず好きだったセリフが、結婚式の場面でのおじさんのスピーチだったのよ」
──主人公のトーマス(カラム・ターナー)が参加した友達の結婚式で、新婦のおじさんが、ベロベロに酔って無理やりスピーチしちゃう場面ですね。
小沢「そのときにおじさんが言うのが、『結婚して添い遂げることは、すなわち演技』『互いに秘密があってこそ2人は結びつく』『辛抱強く自分に合うピースを探し続けるのだ』みたいな話で。いい言葉だなと思ったから、今回の名セリフに選ぼうとしたら、これが実は、物語のタネ明かしのようになってたんだよね。終わってみたら、あそこで映画自体のヒントというか、ある意味の答えが出されてたんだなって」
──そうなんですよね。そういう構成も非常にうまくできている作品で。
小沢「そうなると、このセリフについて語ると、かなりのネタバレになっちゃうじゃない。だから今回は、このセリフじゃないのを選ぼうと思って」
──ということは今回、小沢さんが選んだシビれた名セリフは?
小沢「『無難だ』だね」
──トーマスの父は、かつては作家を目指しながらも挫折して、今は出版社の社長。そんな父親に自分が書いた小説を読んでもらったトーマスが、父親から言われた感想が「無難だ」。
小沢「そう言われてショックを受けたトーマスは、自分には才能がないと思って、書くことを諦めちゃったっていう過去があって。そうしたら今度は、父親が息子に『うちの会社で働け』って誘うんだけど、その誘いを断ったトーマスが、父親に『出版業の何が悪い?』って聞かれたときに言い返すセリフが、『悪くはないよ。ただ、無難だ』で。この『無難だ』っていうセリフ、ラストの方でも、もう一度出てくるから。すごい印象に残ったよね」
──この映画のキーになるようなセリフでしたね。
小沢「物語のポイントごとに、フックとして使われてたよね。それで俺は、無難っていう言葉の意味を考えてて、ひとつ思いついたことがあって。これはもう、日本語の言葉遊びでしかないんだけどさ。無難っていう言葉は『難が無い』って書くけど、その言葉を反対にして、『無い』を『有り』にすると『ありがとう(有り難う)』になるんだよね」
──おお、本当ですね。
小沢「まあ、言葉遊びだからこの映画のメッセージとは直接関係ないんだけど、映画を観た後にずっとそれを考えてて、それが自分の中で勝手に残ったんだ」
──偶然かもしれませんが、映画の内容にも合ってる解釈かもしれません。
小沢「日本人としての解釈ではね。英語としては、全然違うんだろうけど」
──映画のセリフとしては、「無難」に対して、ジェラルドが言う「窓を見つけて、飛び出せ」というメッセージが出てきますね。
小沢「でもさ、人として生きてく上では、できれば無難なことをしたくないのに、不安とか恐れが無難を選ばせる瞬間って必ずあるんだよね。『無難な選択はつまらない』って批判する人もいるけど、どうしてもそういう瞬間はあるのよ。たとえば俺なら、漫才を書いてるときとか番組に出てるときに、やっぱり怖いから無難な方を選んでしまうときがある。どんな仕事をやってても、それはあると思うんだ」
──必ずあります、誰しも。
小沢「だけど、それを『無難だな』って言われると傷つくじゃん。この映画の主人公のように。やっぱり、ロックンロールのスターだとか物語の主人公は無難じゃなく見えるから、カッコよく生きるには無難じゃダメだって思うからね」
──特に若いときほど、無難じゃない生き方をしたくなりますしね。
小沢「でも、ホントは逆じゃなきゃダメなんだけどね。よく『若いときしかできないんだから、もっとむちゃくちゃやれ』って言うけど、実際には、年を重ねたからこそ、どっちに転んでも平気だって分かってるんだから、むちゃくちゃな方、大変な方、無難じゃない方を選ぶべきだろうなって思うよ」
──確かにそうですね。いろんな経験をしてるから、多少の失敗なら大丈夫だと分かっていますもんね。
小沢「いや、取り返しがつかないぐらいの大失敗をしたとしても、年を取ってからなら、残りの人生も少ないんだから大丈夫でしょ(笑)。この主人公のセリフにもあったじゃん、『僕もいつか後悔する。でも今は平気だ』って。だからもう、俺もどんどんめちゃくちゃな方へ行きたいし、この映画を観てなおさら『そうあらねばならない』と思ったよ」
──ちなみに、結婚生活というのがこの映画の一つの題材でもありますけど、こういうものを観て、結婚について考えたりすることは?
小沢「まったくないね(笑)。例えとして間違ってるかもしれないけど、俺は結婚って、学生時代の部活みたいなものじゃないかと思ってて。部活をやってるやつにとっては、毎日の練習はルーティンになってて当たり前のことだけど、部活やってないやつから見たら、『そんなの、しんどくないの? 俺たちのほうが毎日楽しいのに』って思うじゃん。でも、部活をやってないと絶対に味わえない瞬間もあって…」
──その例えは、分かるような気がします。結婚という形だけが正解とは思わないって意味ですね。
小沢「うん。結婚だけが正解じゃないし、結婚が不正解でもない、っていう。なんかこれ、最初はあんまりいい例えじゃないと思ってたけど、しゃべってるうちに、だんだんしっくりきてる自分がいます(笑)」
──それは良かったです。
小沢「あとさ、この映画を観て改めて思ったことは、やっぱり時代は“ニューヨーク”だなってことかな」
──?
小沢「うん。YouTubeも人気だし、雑誌の表紙にもなって、いろんなバラエティ番組でも活躍してるし…」
──あ、お笑いコンビのニューヨークの方ですか!(笑)
小沢「時代はニューヨークだからさ。2021年は注目していきたいね、ニューヨークに(笑)」
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