この映画を観て、俺もどんどんめちゃくちゃな方へ行きたいと思った――スピードワゴン・小沢さんが心撃ち抜かれた映画のセリフを語る

映画を愛するスピードワゴンの小沢一敬さんが、映画の名セリフを語る連載「このセリフに心撃ち抜かれちゃいました」
毎回、“オザワ・ワールド”全開で語ってくれるこの連載。映画のトークでありながら、ときには音楽談義、ときにはプライベートのエピソードと、話があちらこちらに脱線しながら、気が付けば、今まで考えもしなかった映画の新しい一面が見えてくることも。そんな小沢さんが今回ピックアップしたのは、ニューヨークを舞台に、ひとりの青年が大人になるために苦く意味深い経験をする青春物語『さよなら、僕のマンハッタン』(’17)。さて、どんな名セリフが飛び出すか?

取材・文=八木賢太郎 @yagi_ken

──今回の『さよなら、僕のマンハッタン』は、すごく有名な作品というわけではないですが、いい作品でしたね。

小沢一敬(以下、小沢)「うん、めちゃくちゃ良かったよね。観終わった後の最初の感想としては、若いときに観たら、きっと今とは感じ方が違ったんだろうなってことだね」

──大人向けのストーリーですから、ちょっと若い人だと理解しがたいところもありますかね?

小沢「それは分からないけど。若いときなら、また違った面白さを感じられたのかもしれないし。とにかく俺は、今の年齢で観て良かったなと。決してサスペンスではないんだけど、最後のところで『えっ?』っていう展開があるじゃん。その部分を知ってから、もう一度最初から観直したら、いろんな伏線がよく描けてるのが分かるかもしれないよね」

──また最初から観たくなりましたね。まだ観てない方のために、核心部分のネタバレは避けたいんですが、映画そのものの印象がガラッと変わるような展開でした。

小沢「そうだよね。男女とか家族とかのギクシャクした関係を描いたヒューマンドラマなんだろうな、と思って観てたら、ただそれだけの物語じゃなかったっていう…」

──ちょっと鳥肌が立つような展開で。

小沢「うん。グッときたよね。俺ね、この連載のために映画を観るときには、好きなシーンとか好きなセリフがあると、必ずメモを取りながら観るようにしてるんだけどさ。今回、まず好きだったセリフが、結婚式の場面でのおじさんのスピーチだったのよ」

──主人公のトーマス(カラム・ターナー)が参加した友達の結婚式で、新婦のおじさんが、ベロベロに酔って無理やりスピーチしちゃう場面ですね。

小沢「そのときにおじさんが言うのが、『結婚して添い遂げることは、すなわち演技』『互いに秘密があってこそ2人は結びつく』『辛抱強く自分に合うピースを探し続けるのだ』みたいな話で。いい言葉だなと思ったから、今回の名セリフに選ぼうとしたら、これが実は、物語のタネ明かしのようになってたんだよね。終わってみたら、あそこで映画自体のヒントというか、ある意味の答えが出されてたんだなって」

──そうなんですよね。そういう構成も非常にうまくできている作品で。

小沢「そうなると、このセリフについて語ると、かなりのネタバレになっちゃうじゃない。だから今回は、このセリフじゃないのを選ぼうと思って」

──ということは今回、小沢さんが選んだシビれた名セリフは?

小沢『無難だ』だね」

※大学を卒業したばかりで、自分の将来にも、恋愛にも、両親との関係にも悩みを抱えるトーマス。あるとき、マンハッタンで一人暮らしをするアパートの隣の部屋に、ジェラルドと名乗る風変わりな男(ジェフ・ブリッジス)が引っ越してくる。ジェラルドに自分と似たものを感じたトーマスは、しばしば彼に人生の悩みを打ち明けるようになる。

──トーマスの父は、かつては作家を目指しながらも挫折して、今は出版社の社長。そんな父親に自分が書いた小説を読んでもらったトーマスが、父親から言われた感想が「無難だ」。

小沢「そう言われてショックを受けたトーマスは、自分には才能がないと思って、書くことを諦めちゃったっていう過去があって。そうしたら今度は、父親が息子に『うちの会社で働け』って誘うんだけど、その誘いを断ったトーマスが、父親に『出版業の何が悪い?』って聞かれたときに言い返すセリフが、『悪くはないよ。ただ、無難だ』で。この『無難だ』っていうセリフ、ラストの方でも、もう一度出てくるから。すごい印象に残ったよね」

──この映画のキーになるようなセリフでしたね。

小沢「物語のポイントごとに、フックとして使われてたよね。それで俺は、無難っていう言葉の意味を考えてて、ひとつ思いついたことがあって。これはもう、日本語の言葉遊びでしかないんだけどさ。無難っていう言葉は『難が無い』って書くけど、その言葉を反対にして、『無い』を『有り』にすると『ありがとう(有り難う)』になるんだよね」

──おお、本当ですね。

小沢「まあ、言葉遊びだからこの映画のメッセージとは直接関係ないんだけど、映画を観た後にずっとそれを考えてて、それが自分の中で勝手に残ったんだ」

──偶然かもしれませんが、映画の内容にも合ってる解釈かもしれません。

小沢「日本人としての解釈ではね。英語としては、全然違うんだろうけど」

──映画のセリフとしては、「無難」に対して、ジェラルドが言う「窓を見つけて、飛び出せ」というメッセージが出てきますね。

小沢「でもさ、人として生きてく上では、できれば無難なことをしたくないのに、不安とか恐れが無難を選ばせる瞬間って必ずあるんだよね。『無難な選択はつまらない』って批判する人もいるけど、どうしてもそういう瞬間はあるのよ。たとえば俺なら、漫才を書いてるときとか番組に出てるときに、やっぱり怖いから無難な方を選んでしまうときがある。どんな仕事をやってても、それはあると思うんだ」

──必ずあります、誰しも。

小沢「だけど、それを『無難だな』って言われると傷つくじゃん。この映画の主人公のように。やっぱり、ロックンロールのスターだとか物語の主人公は無難じゃなく見えるから、カッコよく生きるには無難じゃダメだって思うからね」

──特に若いときほど、無難じゃない生き方をしたくなりますしね。

小沢「でも、ホントは逆じゃなきゃダメなんだけどね。よく『若いときしかできないんだから、もっとむちゃくちゃやれ』って言うけど、実際には、年を重ねたからこそ、どっちに転んでも平気だって分かってるんだから、むちゃくちゃな方、大変な方、無難じゃない方を選ぶべきだろうなって思うよ」

──確かにそうですね。いろんな経験をしてるから、多少の失敗なら大丈夫だと分かっていますもんね。

小沢「いや、取り返しがつかないぐらいの大失敗をしたとしても、年を取ってからなら、残りの人生も少ないんだから大丈夫でしょ(笑)。この主人公のセリフにもあったじゃん、『僕もいつか後悔する。でも今は平気だ』って。だからもう、俺もどんどんめちゃくちゃな方へ行きたいし、この映画を観てなおさら『そうあらねばならない』と思ったよ」

──ちなみに、結婚生活というのがこの映画の一つの題材でもありますけど、こういうものを観て、結婚について考えたりすることは?

小沢「まったくないね(笑)。例えとして間違ってるかもしれないけど、俺は結婚って、学生時代の部活みたいなものじゃないかと思ってて。部活をやってるやつにとっては、毎日の練習はルーティンになってて当たり前のことだけど、部活やってないやつから見たら、『そんなの、しんどくないの? 俺たちのほうが毎日楽しいのに』って思うじゃん。でも、部活をやってないと絶対に味わえない瞬間もあって…」

──その例えは、分かるような気がします。結婚という形だけが正解とは思わないって意味ですね。

小沢「うん。結婚だけが正解じゃないし、結婚が不正解でもない、っていう。なんかこれ、最初はあんまりいい例えじゃないと思ってたけど、しゃべってるうちに、だんだんしっくりきてる自分がいます(笑)」

──それは良かったです。

小沢「あとさ、この映画を観て改めて思ったことは、やっぱり時代は“ニューヨーク”だなってことかな」

──?

小沢「うん。YouTubeも人気だし、雑誌の表紙にもなって、いろんなバラエティ番組でも活躍してるし…」

──あ、お笑いコンビのニューヨークの方ですか!(笑)

小沢「時代はニューヨークだからさ。2021年は注目していきたいね、ニューヨークに(笑)」

小沢さんプロフ

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