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詐欺師たちの物語でもあり、庶民派ファミリードラマでもある。北欧ドラマ『ヨーアンスン一家~彼らの正体~』

各種さまざまな映像配信サービスによって、海外ドラマに触れることが多くなった昨今。なかでも注目を集めるのは英米作品ばかりだが、膨大なライブラリのなかで、それ以外の作品を見過ごしてしまうのはもったいない。

まずは、「海外ドラマ=英米ドラマ」という固定観念を解きほぐすための「北欧ドラマ考」として、世界中で愛される北欧作品から、現地で愛される人気作までを幅広く紹介していく。今回は北欧ドラマ『ヨーアンスン一家~彼らの正体~』についてお届けする。

テキスト:辰巳JUNK 編集:川浦慧

闇の大企業を相手どる詐欺師たちの物語。笑いながら共感できる「庶民派」ファミリードラマでもある

 「北欧ドラマ」のイメージで『ヨーアンスン一家~彼らの正体~』を見ると、すこし驚くかもしれない。このデンマークの人気ドラマは、闇の大企業を相手どる詐欺師たちの物語だ。手に汗にぎるクライムドラマなわけだが、一般的に「北欧ドラマ」と言われて想起される、凍てつくようなダークさ、重厚さとはかけ離れている。じつはこの作品、笑いながら共感できる「庶民派」ファミリードラマでもあるのだ。

 『ヨーアンスン一家』の主人公は、かつて詐欺師として世界中を飛び回っていた中年夫婦、エーリクとニナ。妊娠をきっかけとして引退したのちは、17年間、郊外フリへデンで子どもたちと普通の家庭をいとなんでいた。ある日、かつての詐欺仲間ジャクリーネから製薬企業相手の巨額詐欺に誘われる。

ニナ © Chr. Geisnæs

 見どころは、主人公一家の「庶民」っぷりだ。詐欺で儲けたお金を散財してしまった夫婦は、電車の轟音が鳴りひびく郊外の家しか買うことができなかった。二児を育てるなか、住宅ローンの支払いに悩まされ、家電すら購入できない経済状況となっている。物語がはじまると、悩みリストに、保険が適用されない住宅の水漏れ被害が加わる。遠く離れた日本でも親近感がわく、リアルな生計描写がとにかく秀逸なのだ。

エーリク © Chr. Geisnæs

 詐欺師時代にスリリングな大恋愛を繰りひろげたエーリクとニナは、すっかり「中年の危機」に陥っている。失業中の料理人である夫に対して、IT企業財務として勤労するニナが嫌味を飛ばすなど、子どもの前でも夫婦喧嘩する日々。経済的に圧迫されている彼らは、皿洗い中の洗剤の量でも口論してしまう。

 就職活動もうまくいかず「ふがいない夫」の烙印を押されたエーリクには「もう一度家族を幸せにしたい」願いがある。だからこそ、ジャクリーネの提案は魅力的だった。製薬企業インヴォファーマ社をだしぬけば、一発逆転できる100万ユーロ(約1.4億円)もの大金が手に入るのだ。

ジャクリーネ © Chr. Geisnæs

「庶民」と「リッチ」な世界を行き来。「経済格差ジャンル」作品としても注目

 こうして、妻のニナもまきこみ、超巨大企業を相手どった詐欺計画がはじまる……わけだが、17年ぶりの詐欺活動も「庶民派」となっている。たとえば、標的となる企業幹部をスパイしている時、学校から「子どもが吐いた」と連絡が入り、迎えにいかなければいけなくなる。子育て経験がある視聴者なら、つい共感してしまうハプニングだろう。

 「庶民」の日常と「リッチ」な世界のギャップも『ヨーアンスン一家』の魅力にひと役買っている。一家が住むのは、コペンハーゲンのフリヘデン。おもに労働階級の人々が住む郊外なので、デンマークの一般的な生活が垣間見られるロケーションだ。一方、詐欺の標的となる大企業の世界観はかなりのラグジュアリーとなっている。キーパーソンである御曹司、マス・モラルのライフスタイルはもちろんとして、オフィスも北欧的なスタイリッシュ建築になっている。

右がマス・モラル © Rolf Konow

 このギャップは、詐欺計画にも作用していく。エピソード2「計画始動」では、ニナがインヴォファーマ社に侵入する際、エーリクは自宅から通話で進路を教えるサポート係をになう。しかし、その声は子どもたちの部屋にまで筒抜け。

 あやしんだ娘のエスターが夫婦部屋に入ってくるハプニングが発生して中断せざるをえなくなり、ニナに危機が陥る。このように、本作では、犯罪ドラマとしてのスリル、家族ドラマとしてのコメディが同時展開されるのだ。危険な二重生活は、予想外の波紋も呼んでいく。危機をむかえていた夫婦関係は、詐欺への「復職」、つまりスリリングな共同作業を通して高揚に向かうが、娘のほうは、怪しすぎる両親が離婚危機にあると疑いはじめるのだ。

 カジュアルに楽しめる『ヨーアンスン一家』だが、鑑賞の際は、節々で流れるニュースやラジオに耳を傾けてもいいだろう。メインストーリーに直接関係ないものの、それらの多くは経済格差問題を扱っている。「庶民」と「リッチ」な世界を行き来する本作が、世界中で拡大する同問題を背景としているのは明らかだ。いわゆる「経済格差ジャンル」は、2010年代末から2020年代にかけてのエンターテイメントのトレンドでもある。

 アメリカでは『ジョーカー』や『ナイブズ・アウト: グラス・オニオン』、韓国では『パラサイト 半地下の家族』、北欧だとWOWOW Viaplayセレクションのノルウェー作品『EXIT』がこれにあたる(参照:ノルウェーで『オリンピック』並の視聴率。「新時代の北欧ドラマ」を象徴する重要作『EXIT』シリーズ )。

『EXIT』(サイトで見る) © 2021 FREMANTLEMEDIA LIMITED. All rights reserved.

 こうした傑作群と比べてもきわだつ『ヨーアンスン一家』の持ち味とは、暗くならない範囲で「庶民」の生活をしっかり描くことで「リッチ」階級とのギャップをコミカルに引き立てる構成だろう。家族愛中心のドラマでもあるから、世界的にも親近感がわきやすい「経済格差ジャンル」作品のはずだ。

 実のところ、『ヨーアンスン一家』の親しみやすさは、全キャラクターに及ぶ。「庶民」と「リッチ」、そして「犯罪」、3つの世界の住人がみな人間味にあふれているのだ。ある種、それゆえに、展開が予想しにくくなっている。

 たとえば、多くの「経済格差ジャンル」で、超富裕層は冷酷だったり愚かな人物として描かれがちだ。本作で詐欺の標的にされる製薬会社インヴォファーマにしても、国連との契約を悪用し「難民が増えるほど儲かる」システムを構築したとされる、巨悪のような存在だ。

 しかし、同社の御曹司であるマスは、悪役というより、父親に認められたい願望が強い、どこか不安げで人懐こいキャラクターになっている。エリートビジネスマン「フランク」に扮して接近したエーリクは彼についてどう感じ、どんな関係になっていくのか、ひとつの見ものとなっている。

© Chr. Geisnæs

三者三様の思い、山積みの家庭問題……詐欺計画は、予想外の方向へと激走していく


 「犯罪」チームにしても、幸福な家庭を手に入れた主人公夫婦に対し、服役から出所したばかりの元仲間、ジャクリーネは「なにもない」人生だと語る。元々「子どもに犯罪者の人生を送らせたくない」想いで詐欺から足をあらったニナは、彼女になかば脅されるかたちで復帰することになった。

 一方「庶民」生活の17年で17回もの転職を繰り返していたエーリクは、ひさしぶりの詐欺で自信をとりもどしていく。元仲間だからこそ人間関係の問題がつみかさなっており、三者三様バラバラな状態で巨額の犯罪計画をはじめるのだ。

 家庭の問題も山積みだ。喧嘩しつづける両親に失望気味の娘エスターは、17歳ながら、23歳のパトリックと交際している。当然、母親であるニナは、未成年の娘に手を出した成人男性に好感を抱かない。8歳の息子、カイの場合、おとなしい気質で、男友達からバカにされている。両親は犯罪行為を子どもたちに秘密にしているが、それゆえに、前述したようなハプニング展開が巻き起こされていく。

エスター © Rolf Konow

 『ヨーアンスン一家』は、四方八方の人間関係がドミノ倒し的に相互作用していくミステリとしても楽しめる。それでも、不快感を与えずに親しみを与えるキャラクターたちの魅力によって、視聴者はカジュアルに楽しむことができるのだ。

 展開の速さも売りの『ヨーアンスン一家』の詐欺計画は、予想外の方向へと激走していく。ドラマファンのあいだでも衝撃と言われた最終回まで必見だ。幸運なことに、問題を抱えながらも愛しあう家族の物語は、これからも終わらない。シーズン2の放送も4月12日より決定しているのだ(配信は3月1日より開始)。経済的な苦境を描きながら家族愛を中心に据えるコミカルな作風は、日本においても共感を集めるだろう。2023年に是非おすすめのシリーズだ。

※この記事は株式会社cinraが運営するウェブサイトCINRAより全文転載となります。
※CINRA元記事URL:https://fika.cinra.net/article/202302-Viaplay_kwtnk

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クレジット(トップ画像)「北欧ドラマ『ヨーアンスン一家~彼らの正体~』」:©Viaplay Group, All rights reserved