『これ、俺だよ!』と思ってさ、苦しくて――又吉直樹原作『劇場』を観てスピードワゴン・小沢さんが心撃ち抜かれたセリフとは?
取材・文=八木賢太郎 @yagi_ken
──今回はピースの又吉直樹さん原作の『劇場』です。又吉さんの小説が原作の作品は、今までご覧になってましたか?
小沢一敬(以下、小沢)「芥川賞になった『火花』は本も読んだし、映像化作品も全パターンを観たよ。映画版もドラマ版も。だけど、『劇場』については、なんかこれまで避けてたんだよね」
──それは、なぜ?
小沢「なんだろうね。又吉のことは好きだし、仲もいいの。それこそ俺も又吉も20代の頃には下北沢に住んでたから、その頃はよく一緒にお酒を飲んでたし。ただ、そういう距離にいるからこそ、複雑な気持ちもあって。なんて言うか、全部を観たいわけじゃないというか…まあ、嫉妬もあるのかな」
──だから、なんとなく『劇場』は避けてしまっていたと。
小沢「そうだね。もちろん、小説家としての又吉は、本当に心からすごいと思ってる。『火花』なんて、普通の小説家の作品より『小説してるな』と思ったし。だけどさ、『火花』も『劇場』もそうだけど、又吉も俺も、あの登場人物たちのような暮らしをしてたことがあるわけじゃん。だから、彼らの気持ちが分かり過ぎるというか。なんかね、目を背けたくもなるのよ。べつに後ろめたいことがあるわけじゃないのに、後ろめたい気持ちになるんだよね」
──又吉さんの作品は、そういう当事者たちが目を背けたくなるような部分も、あえてグイグイ描いていきますからね。
小沢「そうね。だから、どれも面白い作品なんだけど、みんなが思ってる面白さと、俺が思ってる面白さは、果たして同じなんだろうか? と思う部分があって。それで『劇場』も避けてたんだと思う。ただ今回、初めて観て、素直な感想として、本当に観てよかったと思ったよ」
──お~、よかったです。
小沢「実は最初の1時間ぐらいはね、見るに堪えなかった。つまらなかったという意味じゃなくて、苦しくて見てられなかった。気取ったことを言うわけじゃないけど、山﨑(賢人)さんが演じた主人公の永田を見てたら、『これ、俺だよ!』と思ってさ(笑)。自意識だけ高くてさ。街で彼女が友達に会ったときには離れた場所で黙って立ってたりして、だけど、彼女にはすごいやつだと思われたがってて。もう、ホントに苦しかった、若い頃の自分の姿を見せられてるみたいで。しかも、主演の山﨑さんと松岡(茉優)さんの芝居が、めちゃめちゃうまいじゃん。だから、余計に嫌になっちゃった」
──山﨑さんの永田も、松岡さんが演じた沙希も、すばらしかったですよね。
小沢「あの沙希ちゃんはさ、最初は、ただ田舎から出てきた無邪気で優しい子だと思ったら、途中から、永田に嫌われたくないから、自分を殺してそうしてたんだってことが分かるじゃん。その変化を見せるときの松岡さんの芝居がうま過ぎて。だからこそ、余計に胸が痛むのよ」
──それだけリアルに描けていたということでしょうね。
小沢「うん、ものすごくよくできてたよ。だから俺、これから先の人生で泣きたいときがあったら、この映画の最後の10分を観ようと思ったもん(笑)。あの最後の10分のシーンを観たら、いつでも泣ける自信がある」
──では、そんな今回の作品で、小沢さんが一番シビれた名セリフは?
小沢「今回はいくつも名セリフを紹介したいんだけど、まず選びたいのが、『一番すごいって分かってるから!』だね」
<ここから先はネタバレを含みますのでご注意ください>
──家で永田と沙希がケンカするときに沙希が言うセリフですね。
小沢「そう言われた永田が、『一番すごい? そんなわけねえだろ』って言い返すじゃん。あれさ、俺もいつも思ってることなんだよ。俺が後輩の芸人たちとご飯を食べるとき、一緒に連れられてきた彼らの奥さんとか彼女とかが言うのよ、『私、この人が一番面白い芸人だと思ってるんです』って。それを聞いて俺はいつも、『そんなわけないだろ、一番面白いのは松っちゃん(松本人志)に決まってるじゃん! ダウンタウンを知らない星から来たの?』と思ってて(笑)。言われてる男のほうだって、絶対に松っちゃんのほうが面白いと思ってるんだもん。だから、沙希ちゃんのあのセリフが、とても苦しかったねえ」
──いちいち苦しかった(笑)。
小沢「うん。彼女に『一番すごいと思ってるよ』って言われるのって、男にとっては複雑なんだよ。むしろ、それを素直に受け止められるようなやつは表現者には向いてないよ、とすら思う。だって、自分が一番すごいと思ってないから、次々と新しいネタを書くんだもん。もちろん、言う方の気持ちは分かるんだ。表現の種類なんて無限にあるんだから、この子にとっては彼氏が作るものが一番面白いんだって、それも間違いとは言えない。だけど、本気でそう思ってるのか、もしくは『そうでも思わないとやってられないのよ』ってことなのか、そこがまた複雑なところで」
──なんか、そう思わないとやってられない、が多い気もしますけど。
小沢「違うよ、それはたぶん、俺たちの勝手な思いであって、そう言ってくれる人たちは本当に思ってるのかも…というか、そうであってほしい(笑)。きっと、それを素直に受け入れられない俺に問題があるんだ。まあ、この映画の中の沙希ちゃんだって、実際はどっちなのか、それは言ってる本人すら分かってない気もするし。そうやって、いろんなことを考えさせられたセリフだった。あと他に好きなのは、自転車で桜を見に行く場面」
──徐々にふたりの関係が崩壊へ向かうなか、ある出来事の帰り道に、永田が自転車の後ろに沙希を乗せて走る、長回しのカットですね。
小沢「あの場面の少し前に、お酒を飲んでベロベロになった沙希が永田に向かって『気付いてないと思うんだけどさ、永くんてね、私のこと褒めたりしてくれたこと、一度もないんだよ』って言ってケンカになるんだけどさ。あの辺から沙希は永田に対して爆発できるようになるし、逆に彼は彼女に対して優し過ぎる接し方をするようになる。それは、ふたりの関係が正常に向かってるわけじゃなく、いびつになって終わりに向かってるということなんだよね。本当はどっちも気を遣わずに言いたいことを言い合うのが正常だけど、そういう恋愛にならなかったから、終わりが見えてきちゃう」
──そういうなかでの、あのふたり乗りのシーンでした。
小沢「あそこでは、永田がひとりで昔話なんかをしながら、ずっと沙希ちゃんのことを褒めるんだ。『あのときは沙希ちゃんのことを神様だと思ったよ』とかって。だけど、彼女は黙って泣いてるだけで何も答えない。そこで彼が後ろにいる彼女に向かって、『俺、ずっとひとりで喋ってるけど、大丈夫かな? 神様! 後ろに乗ってますか?』って声を掛けると、彼女が彼のコートの左腕のところをギュッとつかむ。あの“会話”がよかった。会話といっても彼女には一切セリフはないんだけど、腕をギュッとつかむことで、『後ろに乗ってるよ。でも、返事はしないよ。できないよ。喋ったら壊れちゃいそうだから』っていう気持ちを表現してる。すばらしい“会話”だったよね」
──その後、いよいよふたりの関係は完全に終わりを迎え、そして、小沢さんが何度観ても泣けるというラストシーンへと向かいます。
小沢「うん。あの最後の10分間はすべてがよかったんだけどさ。俺が特に好きなのは、ふたりで部屋の荷物を片付けてたら、その中から彼らが一度だけ一緒にやった古い舞台の台本が出てきて、急にその読み合わせを始めるところ」
──昔の台本のセリフをお互いに言い合ううちに、だんだん、セリフにはない本音の言葉をお互いにしゃべるようになっていくところですね。
小沢「山﨑さんと松岡さんの掛け合いの芝居の名場面なんだけど、そこで最後に沙希ちゃんが、『あなたとなんか、一緒にいられないよ』『昔は貧乏でも好きだったけど、いつまでたっても、なんにも変わらないじゃん』って言うんだよね。あそこの松岡さんがすごいのは、舞台のセリフを読んでる感じで映画のセリフをしゃべるの。わざと下手な芝居をしてるような芝居をする。それだけでもすごいんだけど、さらにその後、急に立ち上がって、素の沙希ちゃんに戻った感じで、『でもね、変わったらもっと嫌だよ。だから仕方ないよ』って言うのよ。あの松岡さんの芝居も、絶妙過ぎたよね」
──それを笑顔で言うところが、また切なかったですね。
小沢「あの『変わったらもっと嫌だよ』って言葉はさ、沙希の本心なのか、それとも、彼女が彼のためについた“最後の嘘のセリフ”なのか。あれを沙希の『変わらないあなたでいてほしかった』っていう本心だと感じる人は多いと思うし、それも決して間違ってないと思うよ。だけど、俺なんかはひねくれてるから、『あれは、あくまでもセリフとして言ったんだよな』と思っちゃった」
──あなたは私にこう言ってほしいんでしょ? って沙希が考えてつくったセリフだと。
小沢「そうそう。彼を最後まで喜ばせてあげたかった、という沙希の気持ちだろうなって。俺はそう感じたよ。ラスト10分のシーンには、その他にも俺が大好きな山﨑さんの名セリフとかがあるんだけどさ、それを語り続けてると涙が止まらなくなっちゃうし、全部ネタバレしちゃうだけだから。あとはぜひ、作品を観て確かめてほしい。とにかく俺は、この取材が終わったらすぐに、もう1回、あのラスト10分を観るから(笑)」
▼作品詳細はこちら
▼WOWOW公式noteでは、皆さんの新しい発見や作品との出会いにつながる情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください。