大森立嗣監督が視聴者に解釈を委ねるこだわり抜いた演出法―。「連続ドラマW 完全無罪」を通して伝えたい“冤罪(えんざい)”の残酷さ【ひろがる。私たちのオリジナルドラマ】
取材・文=小田慶子 撮影=中川容邦
大森立嗣監督が全5話の脚本を執筆、冤罪に向き合う人々の揺れる心情を描く
―まず「完全無罪」を制作することになった経緯を教えてください。
植田春菜プロデューサー(以下植田)「実は、放送にこぎ着けるまで4年ほどかかった企画なんです。最初は制作プロダクションの神山プロデューサーが提案してくださった原作でした。大門剛明さんの小説はこれまで『連続ドラマW ヒトヤノトゲ〜獄の棘〜』(’17)、『連続ドラマW 両刃の斧』(’22)と、WOWOWでよく映像化してきたこともあり、加入者の方々は絶対好きなジャンルだなと思って読んでみたら、やっぱり面白かったんですよね。監督はぜひ大森監督にお願いしたいとその時から思っていました」
大森立嗣監督(以下大森)「僕は普段ミステリー小説はあまり読まないのですが、この小説は連続ドラマにぴったりの構成になっているなと思いました。主人公の松岡千紗が弁護士で、21年前に起こった少女誘拐事件の被害者であり、その事件で平山聡史が犯人だとして逮捕されたのは冤罪で、裁判で彼を弁護するというストーリーも面白い。ただ、人間ドラマとしては少し肉付けしたいと思って、植田さんに声を掛けていただいた時、『脚本も書かせてくれるなら』との条件でお引き受けしました」
―5話分の台本をすべて大森監督が書かれたんですね。
大森「もともと自分で書きたいタイプなんですよね(笑)。僕の最新作で公開中の『湖の女たち』(’24)や『星の子』(’20)など、映画監督作では脚本もたくさん書いてきましたから」
植田「確かにご自分で書いてらっしゃいますね。たいていは、まず第1話を書いてみてから『じゃあ、次の第2話を』と、1話ずつ順番に進めていくんですが、大森監督は映画を撮るときのように『物語の結末までがどういう形になるか、組み立てたい』とおっしゃったんですよね。『ちょっと一回書いてみるわ』みたいな感じで(笑)。それでいきなり全話そろった状態で読ませていただいたのが、最初の脚本でした。びっくりしましたね。1話ごとに各回の意味がしっかり描ける形で出してきてくださったので、ドラマの脚本もこんなに上手なんだって」
大森「原作小説も5章あるんですよね。だから、それを5話にするのは書きやすかったし、基本的には小説が持っている力で構成し、植田さんからドラマ的な始まりと各話の終わり方などに助言をもらいながらブラッシュアップしていきました。僕は基本的に脚本を書く前のプロット(構成)もあまり書かなくて。最初から考えすぎると固定概念に囚われてしまうので、書きながら登場人物たちがどんな言動をするのか自由に想像しながら着手しました」
“大森監督の作品なら”広瀬アリスら豪華キャストが集結
―本作の主演は松岡千紗役を演じた広瀬アリスさん。連続ドラマWには初出演にして初主演となりました。
植田「広瀬さんはたくさんのドラマに出演し、引っ張りだこですけれど、こういった題材の本格ミステリーに弁護士役で出演されたことはなかったと思うんですよね。コメディやラブストーリーではないバージョンの広瀬さんがどういう表情をするのか、私も見たかったですし、ドラマを見る方にとっても新鮮で面白いはずだと思いました。そして、彼女のそういう部分が引き出せるのはやっぱり大森監督しかいないと」
大森「なるほど、そういうチャレンジだったんですね。僕は普段あまりTVドラマを見ないから、広瀬さんがどういう演技をするのかという先入観がなかった」
植田「広瀬さんも、大森監督の作品だからお引き受けいただいたところはあると思います。それだけにクランクイン前は楽しみにしつつ、かなり気合が入っていたというか。いつもとは少し違うギアを入れて取り組まなきゃいけないというエンジンのかけ方をしていましたね」
大森「確かにクランクイン前、広瀬さんから『すごく緊張しています』と言われました。僕は『全然大丈夫でしょ』とサラッと応えて撮影を始めたけれど、この作品では分かりやすく表現しなくていいということをすぐに理解してくれたので、うまいなと思いましたね。柔軟な演技をしてくださったので、広瀬さんの演技の幅の広さが引き出せるようにもっと見せ場をつくった作品を制作していくなど、今後も一緒にお仕事をしていきたいと思う機会にもなりました」
植田「大森監督はカットをあんまり割らず長回しで撮るので、広瀬さんはすごく緊張感を持って、より集中力を高めて臨もうとしていました。監督が端的にパッと言った演出に対し、広瀬さんはとても素直に受け止め、それをすぐ次の場面でお芝居に反映していたので、本当に力のある俳優さんだなと感じました。主演の広瀬さんがそういう頑張り方をしていたので、周りの先輩の俳優さんたちも改めて気合が入る。現場はそういう空気感に包まれていましたね」
―物語のキーパーソンとなるのは北村有起哉さんが演じる平山。北村さんの悪人にも善人にも見える演技に「本当に冤罪なのか、それとも犯人なのか」と引き込まれますね。
大森「とにかく印象に残る見た目をしていらっしゃるなと思って。北村さんには今回初めて僕の監督作に出演していただき、演技ができる方とは思っていたけれど、ここまですごいとは思ってなかった。正直、この作品での最大の発見かもしれないです」
植田「北村さん、いかにも“大森組”のようなイメージがあるけれど、意外にも今回が初めてだったんですよね」
大森「実は北村さんの家とは近所だったので、彼のお姉さんとは幼稚園時代からの同級生なんですよ。だから、子どものころ、家に遊びに行ったこともあるぐらいプライベートでは関わりがあったんですけど、仕事で組んだのは本作が初めてでした」
植田「平山は難しい役ですからね。本当に冤罪なのか、そうじゃないのか。どちらにも見える演技をしないと成立しない。北村さんのたたずまいがすばらしく、その存在感からいっても陰の主役と言っていい役どころです」
―そして、奥田瑛二さんが元刑事の有森義男役。奥田さんが演じるからにはやはり重要な人物なわけですよね。
植田「奥田さんは、大森監督の作品ならということで二つ返事で『出演させてください!』と、気合を入れてこの作品に臨んでくださいました。有森は正義感の強い男で、自身も幼い娘を亡くしたという過去を背負いながら連続少女誘拐事件の捜査をし、平山が逮捕された後も、殺された少女の母親に寄り添い続けている。そんな難しい役を熱演してくれました」
大森「奥田さんは魅力的ですからね。有森役ははまり役でした。昔、助監督だった時に現場でご一緒して、そのオーラに圧倒されつつ、もう一度お仕事したいなと思っていたので今回、引き受けてくださってうれしかったです。奥田さんの役はかなり難しかったのもあって彼のコメントで『NGのオンパレード』とおっしゃっているような場面が撮影中にもあり、なかなか進まないことも。でも奥田さんが納得いくまで撮りましょうと、こちらも腹を決めていました」
四国でロケを敢行、美しい風景で作品の世界を深める
―原作小説の設定どおり、舞台は香川県に。丸亀市など、現地ロケで撮影された風景が印象的です。
大森「撮影全体の4分の1ぐらいは香川で撮影しました。丸亀駅前や千紗の実家であるうどん屋さん、砂浜が続く父母ヶ浜、五百羅漢像が並ぶ雲辺寺(徳島県)など…。長い期間行かせてもらったんですが、やっぱり四国の風景が作品の中で“効いて”いるので、ロケができてよかった」
植田「父母ヶ浜は『日本のウユニ塩湖』と言われるぐらいの人気スポットで、観光客の方々に『すみません、すみません』とみんなで謝りながら撮影して、たいへんでした。でも、苦労した甲斐がある映像になっていると思います」
大森「そこもよかったけれど、有名な観光地ばかりじゃなく、千紗が乗るフェリーや平山が住むアパートなど、地元の人が生活している場所をリアルに映しだすことによって、作品が豊かになったと思う」
植田「そうですね。香川の中でも中心地ではないところで撮影し、その土地ならではの空気感の中でこの物語が生まれるんだという説得力につながりましたよね」
あえて分かりやすくしない、俳優の演技と観客を信じる演出
―冤罪というテーマについてはどう捉えましたか?
大森「有名な1960年代に起きた『袴田事件』がいまだに再審中というように、冤罪というのはずっとあるわけで。ぬれぎぬを着せられて人生を喪失する人もいる。そのどうしようもない苦しみ、悲しみというのを、今回描けたのではないかと思います」
植田「そうですね。冤罪をテーマにしているけれど、描きたかったのは、冤罪に巻き込まれた人たちの気持ち。当事者や犯罪被害者、その遺族という三者三様の揺れ動く心情や、正義感が間違った方向に動いたために引き起こされたことを見せたいと思いました」
大森「誰かが誰かを犯人だと思い、あいつは絶対にやっていると思う。一方で、あの人は絶対にやっていないと信じる人がいて、要はこれは分断なんですよ。どちらも譲らなければ争いになるしかない。そういう状態からどうやってもう一度、両者が対話できるようになるのかというのを、5話かけて撮りました。被害者の遺族は亡くなった娘を想い続けているし、平山は平山で、殺人犯だとされた自分のことはあきらめたとしても、自殺した妹のためにというところはある。自分のためじゃなく誰かのためにこそ人間は動いていく」
植田「千紗にしても、自分が連続少女誘拐事件の被害者だということはありつつ、ほかに誘拐された2人の少女のことを思っているわけですよね。そのことも映像で印象的に表現されています。私が思ったのは、やっぱり大森監督自身がそういう人なんですよ。現場でも、スタッフの話やアイデアを聞いて、その人の良いところを見ようとする。根本にある人を見るまなざしが温かいので、そういう視点で物語が描かれていくんだなと実感しました」
―演出にもかなりこだわったとか?
大森「そうなんです。ショッキングな事実が明かされるシーンでも、カメラは人物のアップにならず引いたまま、音も控えめ。役者の演技を全面的に信頼することを意識しましたね」
植田「確かに地上波のゴールデン・プライム帯(19時~23時)のドラマなら、物語の展開を一変させるようなシーンはしっかりどーんとアップになるかもしれませんね。正直、もうちょっと寄ってもいいのでは、と思った場面はありました(笑)」
大森「僕的にはそれは避けたい演出でして(笑)。どの作品も同じようになり、見たことがあるような映像になったらつまらないと思う。それは俳優の演技もそうですね。そこにしかない作品にするために、いかにパターンに陥らずに見せるかということをずっと考えているわけです。ひとりの人間のいろんな顔を捉えようとすると少し難しくはなっていくけれど、俳優も人間で、人としての多面性は絶対にある。その一方だけを強調して撮れば分かりやすくはなるけれど、俺はそういうふうには人を見つめられないんですよね。人間の持っている裏の顔というか、もうひとつの顔を撮りたくなるんです」
植田「このドラマはまさに多面性がテーマで、そういう話もしましたよね。確かに安心感のある絵作りで伝わりやすくするというアプローチをするなら、そもそも大森監督の作品ではないわけで。見てすぐに意味が分からなかったとしても、反芻するように考えてみてほしい。また、俳優陣の全身全霊のお芝居で伝わるものになっている、『完全無罪』はそういう見方ができると思います」
大森「そういう意味でWOWOWのドラマには、今のように独自のポジションで、より見応えのあるものを狙っていってほしいですね」
植田「ドラマ作品にはバリエーションが大事で、エンタメに振り切った作品ももちろん必要ですし、そうでないものも必要で、私はどちらも作っていきたい。とはいえ、『完全無罪』は大森監督の作品の中では、かなり分かりやすい方だと思います」
大森「そうかもしれませんね。映画やドラマを見るという行為は、リアルな人付き合いと同じだと思って見ると、すごく見やすくなると思います。実生活で誰かと話すときのように相手の顔を見て、しゃべっていることを聞いて…。だから、できれば大きい画面で見て、俳優の表情に注目してほしい」
植田「とにかく第1話を見逃さないようにしてもらえたら。刑務所の接見室で広瀬さん演じる千紗と北村さん演じる平山が対峙するシーンは、お2人とも迫真の演技ですし、気持ちがヒリヒリするようなシーンで、そこから本格的に冤罪に巻き込まれた人たちの人生を考えさせられる物語が始まりますので、ぜひ見てほしいです」
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