見出し画像

スウェーデン警官のリアルを、複雑な「社会/人間」情況のもとに描き出す『捜査官カタリーナ・フス』

各種さまざまな映像配信サービスによって、海外ドラマに触れることが多くなった昨今。なかでも注目を集めるのは英米作品ばかりだが、膨大なライブラリのなかで、それ以外の作品を見過ごしてしまうのはもったいない。

まずは、「海外ドラマ=英米ドラマ」という固定観念を解きほぐすための「北欧ドラマ考」として、世界中で愛される北欧作品から、現地で愛される人気作までを幅広く紹介していく。今回は骨太な警察ドラマである北欧サスペンス『捜査官カタリーナ・フス』についてお届けする。

テキスト:麦倉正樹 編集:川浦慧

連帯や団結は、つねに「善きもの」であると言えるのか?

 「いちばん大事なのは、お互いに助け合うことさ」――これほど、文脈や状況によって、ニュアンスが変わる言葉はないだろう。もちろん、それを発する人間が、どんな立場で、誰に向かって言っているのかも重要だ。それは、言われた者の耳に「甘美」に響くときもあれば、ときに「共犯」への誘いを意味することもある。

 2023年の1月1日(日)午後1:00よりWOWOWで一挙放送・配信する北欧サスペンス『捜査官カタリーナ・フス』(全5話)。スウェーデンのミステリ作家ヘレネ・トゥルステンによる人気小説を原案とし、映画『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2009年)の制作会社が手がけた本作は、スウェーデンの制服警官たちの「リアル」を、複雑な「社会 / 人間」情況のもとに描き出す、かなり骨太な警察ドラマになっている。

©ZDF

 仲間との「連帯」、あるいは「団結」といったものは、どういった局面において声高に叫ばれるようになるのか。それは、つねに「善きもの」であると言えるのか。それが、本作の根幹にあるテーマだ。

銃売買、DV、強盗人質立てこもり、ドラッグ……過酷な事件に遭遇する新人捜査官

 主人公は、そのタイトル通り、新人捜査官カタリーナ・フス(カーリン・フランツ・ケーロフ / 声:沢城みゆき)だ。警察学校を卒業し、研修期間に入ったカタリーナは、同期の新人たちとともに、スウェーデン西地区の地方警察に配属。そこで、「危険な男」として上層部から疎んじられている、いわくつきの警察官であるヨハン(アンデッシュ・ベルイ / 声:前田一世)のチームに加わることになる。

 観察力と洞察力に優れながらも、持ち前の気の強さと恐れ知らずの行動力で、輪を乱しがちな彼女がチームの面々とともに、ときには、彼女の将来的な希望である「殺人課」の刑事ダリウス(カルド・ラザーディ / 声:諏訪部順一)とともに、さまざまな事件に遭遇・捜査しながら、決して綺麗ごとだけではない警察組織の「現状」と、一筋縄ではいかない犯罪者たちの「実情」、そしてスウェーデンが直面している「現実」に思いをめぐらせる……というのが、本ドラマの基本的なプロットだ。

©ZDF

 研修期間とはいえ、カタリーナが遭遇する「事件」は、かなり過酷なものになっている。「子どもを利用した銃売買」「夫によるドメスティック・バイオレンス(と、その夫の不審死)」「強盗人質立てこもり事件」「ドラッグの密輸ルートの摘発」……しかも、立てこもり事件では、カタリーナ自身も人質のひとりに、密輸ルートの摘発では、彼女が潜入捜査官役を買って出るのだから、なかなかハードである。

 銃撃戦から殺人、ドラッグの取引現場、果てはギャングとの抗争やカーアクションに至るまで。北欧ドラマらしいクールでスタイリッシュな映像に加え、一話あたり約90分という長尺で、米英ドラマのような高いテンションとスピード感を楽しめる本作は、それだけでも各話、十分に見応えのあるものになっている。

©ZDF

 けれども、本作において重要なのは、一見破天荒のように思えるそのプロットが、スウェーデンという国の「現状」を踏まえた、非常にシリアスなものになっている点だろう。

国際的には報道されない「裏」の顔? 舞台となる、スウェーデン第2の街イェーテボリ

 劇中で明言されているわけではないが、ことあるごとに街を見下ろす巨大な「ポセイドンの像」が映し出される本作の舞台となっているのは、ストックホルムに続くスウェーデン第2の街として知られている、イェーテボリだ。

 スウェーデン南部の西側、デンマークのユトランド半島北東部とスカンジナビア半島のあいだにある「カテガット海峡」をのぞむ港湾都市として、古くから栄えてきたイェーテボリ。「大航海時代」にはスウェーデン東インド会社の拠点が置かれるなど、現在も貿易面においては重要な都市であり、ボルボの本社があることでも有名な街だ。

 けれども、港湾都市であることは、海外からの人の流入が激しいことでもあり、現在は、港湾労働者をはじめ外国からの労働者も多く、移民の比率も高い地域となっている。果ては、移民の2世たちが結成したギャングによる犯罪や、その待遇に不満を持つ移民たちによる暴動など、運河沿いにある美しい「古都」として世界的に知られる一方で、あまり国際的には報道されない「裏」の顔も持った地域なのだ。

©ZDF

作品の重要なモチーフとなる「暴動」と、誰にも触れられたくない「秘密」

 じつは本作において「暴動」は、全話を貫く重要なモチーフになっている。各話の冒頭に置かれた、警察関係者たちによる意味深な証言映像。かつてこの地で開かれたEUサミットに反対するデモが、やがて暴徒化するという事件があった。その鎮圧にあたって、暴徒化した市民に対応した警察官のひとりが意識不明の重体に陥ってしまったのだ。どうやらこの映像は、その詳細と真偽を明らかにすべく行われた、警察の内部調査の映像のようである。

 カタリーナの上司であるヨハンはもちろん、その相棒であるロバート(フィリップ・ベルイ / 声:奥田寛章)などが、かわるがわる登場する証言映像。そう、カタリーナが行動をともにするヨハンのチームの面々は、それぞれの心の奥底に、誰にも触れられたくない「ある秘密」を抱え込んでいるのだ。移民たちを躊躇なく警棒で殴りつけることはもちろん、法の手の及ばぬ悪人には、自らのチームを率いて私的な制裁を加えるなど、警察官らしからぬ、過激で暴力的な振る舞いが目立つヨハン。

 「いちばん大事なのは、お互いに助け合うことさ」――ことあるごとに「仲間」や「団結」という言葉を口にする彼は、なぜそういった行動に出るようになったのか。そんなヨハンに従いながらも、徐々にその情緒が不安定なものになっていくロバートの胸中には、どんな思いがあるのだろうか。そして、彼らが抱えている「ある秘密」とは、一体何なのか。カタリーナはやがて、その「真実」を知ることになるのだった……。

© ZDF

同じ警察として闘う、母と娘

 さらにもうひとつ、このドラマの人間模様を複雑なものにしているのは、主人公カタリーナが、彼女が配属された地方警察の副署長イレーヌ・フス(カイサ・エルンスト / 声:小宮和枝)の娘であるということだ。その関係性は、表面上は決して悪くないけれど、イレーヌは娘の身を気遣う母として、自らの権力を用いながら、要所要所に介入してくる。

 それを疎ましく思いつつ、ときには周囲の人間から揶揄されながらも、姉の死を通して母親と確執があり殺人課を希望するカタリーナ。そう、じつは本作『捜査官カタリーナ・フス』は、同じくヘレネ・トゥルステンの人気シリーズをドラマ化した『捜査官イレーヌ・フス』(2007年 / 2011年)の、その後を描いたドラマなのだ。

 殺人課の優秀な刑事であり、2人の娘を育てる母でもあるイレーヌ・フスが、冷血なシリアルキラーに立ち向かう『捜査官イレーヌ・フス』。その捜査の過程において大きな代償を払いながらも、現在は副署長として警察組織の上層部にいるイレーヌ・フスは、その信念と正義感はともかくとして、若さゆえに無謀な行動に打って出がちな娘カタリーナ(そこには母への反発や抵抗もあるのだろう)のことを、どんな思いで見つめているのだろうか。

 そして、この10年のあいだに変貌した、知られざる「移民国家」スウェーデン(人口の約20%が移民)の現在とは。カタリーナが関係を結ぶことになる刑事ダリウスがイラン系の移民であることをはじめ、コソボ、リトアニア、アフガニスタン、ポーランドなど、このドラマには、さまざまなルーツを持った人々が登場するのだ。本作が「骨太な警察ドラマ」と言われる理由も、おそらくそのあたりにあるのだろう。

©ZDF

繰り返される「大切なのは団結だ」という言葉。その意味とは?

 けれども、個人的に印象に残ったのは、やはり冒頭に挙げた「問いかけ」なのだった。カタリーナの上司である警察官ヨハンが、執拗に繰り返す「大切なのは団結だ」「お互いに助け合うことが重要だ」「危険なときほど助け合うんだ」という言葉。それは、物語が進むにつれて、徐々にその重みと切実さを増していくのだった。

 正義を語るには、あまりにも事態は切迫している。ある種の理想主義のもとに日々行動していても、自身の生活は向上しないどころか、身の安全すら脅かされている。

 彼を突き動かしているのは不安であり恐怖なのだ。自分とは異なる何かに遭遇したとき、それを理解することを放棄して、自分と同じ立場にいる仲間たちと連帯しながら、その何かと敵対し、それを排除しようとすること。

 同じ秘密を共有することは、ときにその連帯や団結を強化する。この光景、どこかで見たことがある。いわゆる「ホモソーシャル」な関係性のネガティブな側面だ。その矛先は、ときに女性たちへと向けられる。

© ZDF

大きく揺らぎ始めている「福祉国家」スウェーデンの実情

 無論、本作が射程するのは、それだけではない。むしろ、その根源にある「人間の心理」を、本作は描き出そうとしているように思えてならないのだ。第二次世界大戦後、積極的に移民を受け入れ、近年はシリア、イラン、アフガニスタンからの難民も受け入れてきた「福祉国家」スウェーデン。けれども、その状況はいま、大きく揺らぎ始めている。

 ある経済学者によると、スウェーデンにおける「長期服役者の53%、失業者の58%が外国生まれで、国家の福祉予算の65%を受給しているのも外国生まれの人々」であるという。さらに「スウェーデンの子どもの貧困の77%は外国にルーツを持つ世帯に起因し、公共の場での銃撃事件の容疑者の90%は移民系」であるとも。

 「福祉国家」であることは仇となってしまうのか、かつて「寛容の国」として知られたスウェーデンの姿は、急速に薄れていっているようだ。実際、2022年の9月に行われた総選挙では、「反移民」を掲げる極右政党であるスウェーデン民主党が第2党へと躍進。スウェーデン初の女性首相であった与党・社会民主党のマグダネラ・アンデション首相が、辞任に追い込まれる事態となったのだ。

 人々が本当に恐れているものは何なのか。それから身を守るための連帯は、他の国々と同じく疑心暗鬼と断絶しか生まないのではないか。自らの国の現状を隠すことなくその背景としながら、ドラマというかたちで自国の人々はもとより、世界に向けて発信、問いかけること。

 『捜査官カタリーナ・フス』は一見、よくある警察ドラマのようでいて、その実、北欧サスペンスらしい気概と問題意識にあふれた、じつに野心的な作品であると言えるだろう。

※この記事は株式会社cinraが運営するウェブサイトCINRAより全文転載となります。
※CINRA元記事URL:https://fika.cinra.net/article/202212-viaplay2_kawrk

「Viaplayセレクション」の詳細はこちら

▼北欧サスペンス「北欧サスペンス『捜査官カタリーナ・フス』」の詳細はこちら

▼WOWOWオンデマンドで「Viaplayセレクション」を見るならこちら

▼WOWOW公式noteでは、皆さんの新しい発見や作品との出会いにつながる情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください

クレジット(トップ画像)「北欧サスペンス『捜査官カタリーナ・フス』」:©ZDF