スウェーデンの美しい植物に注目。北欧ドラマ『ビーチホテル』を別の視点から見ると、風土が見えてくる
テキスト:飯嶋藍子(sou) 編集:川浦慧
スウェーデンの田舎町を舞台にしたソープオペラ風サスペンスドラマ『ビーチホテル』。海岸に面した「サルトシューヴィク・ビーチホテル」で開かれた経営者の誕生日パーティーで、ライバルのホテル「ミストラル」の経営者が急に倒れ、搬送先の病院で亡くなるところから物語が始まる。
異なるホテルをそれぞれ経営するふたつの家族の複雑な人間模様とともに、隠された謎が明かされていくこのドラマ、海沿いの田舎町ならではの四季折々の美しいフラワーデザインやガーデンも目を引く作品となっている。
そこで今回は、北欧フラワーデザイン発祥の地であるフィンランドの国立ケンペレン花卉芸術学校マスタ―フローリスト科で学び、現在は日本で「北欧フラワーデザイン協会・フラワースクールLINOKA Kukka」を運営するフローリストのヘンティネン・クミさんにご登場いただき、『ビーチホテル』に登場する植物や、北欧のフラワーデザインの文化について聞いた。知らなければ見逃してしまう北欧の自然にも注目しながら、このドラマをより楽しんでみてほしい。
スウェーデンの海岸に佇む2軒のホテル。ホテルの庭や植え込みから見る「北欧の田舎」らしさ
フィンランドで10年間暮らし、フラワーデザイナーとしてホテルやブライダルなどのフラワーデザインを手掛けてきたクミさん。『ビーチホテル』を観て最初にフィンランドの風景を思い出したという。
「ドラマの舞台になっているスウェーデンとフィンランドは地続きだから、海辺の風景が似ているんですよ。サルトシューヴィク・ビーチホテルが建っている場所はおそらくバルト海沿いだと思うのですが、岩場で波がなく穏やかな懐かしい風景を思い出しました。バルト海は日本の海ほど塩分濃度が高くないので、ある程度の海風や潮に耐えられるススキやヒエ、塩分による害を引き起こす成分を根から排除できるアシ(ヨシ)のような植物がたくさん生えているのが特徴的で、北欧らしいなと感じました」
物語の軸となるサルトシューヴィク・ビーチホテルとミストラルというふたつのホテルについても「北欧の田舎にある本当に普通のホテルが描かれているなと思いました」というクミさん。サルトシューヴィク・ビーチホテルは、海水浴客をターゲットにした家族経営の慎ましいホテルで、華美なフラワーデザインはなく、素朴な寄せ植えがエントランスに設えてあるのが印象的だ。
「お客さんを大事にして家族経営をしている、昔ながらの温かみがあるきちんとしたホテルという印象でした。お花も豪華絢爛に飾っているわけではなく、入り口にゼラニウムなど鮮やかなハーブやお花の寄植えがちょっとずつ置いてあったり、お庭で摘んだような植物がテーブルの上にさりげなく飾ってあったりして、年配のスタッフが『お花がちょっとあったら素敵かも』というふうに華美な装飾にお金をかけず、誠実に経営している感じがしました。
穏やかな海沿いでお茶を飲みながら、まったりと過ごす雰囲気や、ホテルから見えるアシ系の植物が海沿いにたっぷり生い茂っている風景は、日本では見られない北欧の田舎ならではのものだと思います」
一方で、ミストラルは緑あふれる森のような庭園が特徴だ。クミさん曰く、サルトシューヴィク・ビーチホテルとはまた違った北欧らしさを感じられる。
「ミストラルのナチュラルに整えられたお庭は、サルトシューヴィク・ビーチホテルと比べて若者をターゲットにしたようなモダンな雰囲気があります。とっても北欧らしいコニファーやオークの木が植えられているなど、お花よりもグリーンで癒されてほしいという意図が見える、リトリート感のあるホテルです。赤い色味のヨーロッパブナがシンボルツリーのように植えられていて、グリーンに映えていたのが印象的でした。私もこんなにコニファーが生えているお庭がほしいなと思いながら観ていました」
海水浴客を和ませるようなサルトシューヴィク・ビーチホテルの素朴なあしらいや、ミストラルのグリーンでまとめられた癒しの造園の仕方に、北欧ののんびりとした夏の過ごし方も反映されているという。
「ふたつのホテルがあるのは海岸沿いの田舎町、いわゆるビーチリゾート地なのですが、日本や他のヨーロッパ諸国の賑やかなビーチの雰囲気と比べてずいぶん静かなんです。
北欧はオンとオフがとてもはっきりしていて、夏休みが1か月間あるのですが、パーティーなどのお祭り騒ぎをするのではなく、その期間をリトリートにあてる人がとても多い。海辺で本を読んだり、美味しいカクテルを飲んだり、ただただまったりと自然に身を委ねて休息するんです。
あと、北欧の人々は夏のうちにいっぱい太陽を浴びるんですよ。劇中にもあったように、テラスに座ってみんなでお茶をしたり、特にビーチサイドでは日光浴をしながらぼーっと過ごしたりしている人が多いです。だからどちらのホテルのガーデニングもとても北欧の夏らしいと感じます」
北欧の土地ならではの植物との向き合い方、フラワーデザインの工夫
1年を通して気温が低く日照時間も少ない北欧。当然、ほかの国と比較して花を入手すること自体、生育環境や費用面でハードルが高い。北欧でのバラの価格は季節にもよるが1本1000円以上だと言う。そんななかで北欧のフラワーデザインはどのように成立していったのだろうか。
「スウェーデン、フィンランド、ノルウェーはフラワーデザイナー同士の交流が盛んで、基本的にこの3か国で切磋琢磨しています。マスターフローリストといわれる国家資格が出されるフローリスト養成学校は北欧ではフィンランドにしかないので、スウェーデンやノルウェーから勉強に行く人も多いんですよ。最初はスウェーデン系の人がフィンランドでフラワーショップを始めて、そこから広がっていったと言われています」
「ブーケやアレンジメントの装飾でボリュームを出そうとすると高額なお花だけでは難しい。だから、森の中で自生している野花や樹木などを組み合わせるスタイルが生まれたんだと思います」と話すクミさん。多様な国のデザインが融合したことと花の入手のしづらさという制限、そして、北欧ならではの豊かな森の存在が、フラワーデザインの独自性を発展させたと言っていいだろう。
「北欧では保育園のころから必ず森を歩く時間があって、つねに自然に触れているんです。そこで、『この実は食べられるけど、こっちは食べちゃダメだよ』『このキノコは毒があるから触っちゃダメだよ』という教育をされます。
また、自然享受権という権利があって、自生しているベリー類やキノコ類は誰でも自由に採取していいんです。だから、日本のようにあらたまってお花を生けるとか、そういうことではなくて、自然を見て、触れて、食べて、生活の一部として森があるんです」
『ビーチホテル』に登場するふたつのホテルのロビーや室内、登場人物たちの家に飾られている植物も、凝ったハンドワークを施したものではなく、森に自生している植物を採ってきてそのまま花瓶に挿したようなシンプルさがある。
「さりげなく映る花たちを見て、ナチュラルに徹した北欧ならではの飾り方だなと思いました。北欧の考え方として、お花はインテリアの一部と捉えられ、部屋の大きさやテーブル、カーテンや壁の色などを加味し、あくまで空間ありきでデザインしていくんです。
私自身がフラワーデザインのレッスンをする時も、どういう部屋に似合う作品を作るのかというところから考えます。ちなみに劇中ではグリーンやドライフラワーがよく飾られていますが、あれはわざわざドライフラワーを飾っているのではないんだと思います。北欧は湿度が低いので、生花が自然ときれいにドライになるのでそのまま飾ることがよくあるんです」
自生している植物を楽しむだけでなく、登場人物たちの家の庭には、ピラミッドアジサイやタチアオイ、アリウムなど、園芸用に販売されている耐寒性のある様々な草花も植えられている。そのなかでも北欧で特にガーデニングに人気なのはゼラニウムだという。
「一般のお家のバルコニーにゼラニウムが咲き乱れているのは、北欧の夏によく見られる風景です。ゼラニウムは次々と生えてきて、お手入れも簡単ですし、北欧の夏といえば、というお花。
以前、北欧の海と空をイメージして、青と白のお花を使ったブーケを作ったのですが、『青と白はフィンランドの国旗の色で、男の子の出産祝いや葬式用の花だ』と言われてしまったことがありました。スウェーデンも国旗の色である青と黄色を使うと、お葬式や男の子が生まれた時に贈るブーケの色になるんです。お母さん用のブーケと赤ちゃん用の小さなブーケを臍の緒をイメージしたリボンで2つのブーケを繋ぐ風習があるんですよ。そういった意味づけがなく、赤などの単純に夏のイメージとなると、鮮やかな色のゼラニウムが人気なんです。もちろん白も人気ですが。」
「ドラマに登場する植物を意識して見てみると、その国の風土や風習がわかってより楽しめる」
『ビーチホテル』で映し出される素朴でかわいらしい草花たち。そのシンプルさからクミさんは「本当に北欧の田舎って感じがします」とあらためて言う。クミさん自身は、フィンランドの首都ヘルシンキのホテルの装飾を手掛けた際レセプション装飾して森から採取した柳を天井に這わせて、そこからネコヤナギのシルバーの芽をたくさんつないで光る雪が降っているようにたくさんを垂らしてみたり、シラカバをダイナミックに使ったりと、『ビーチホテル』に登場する花々よりも、スタイリッシュで華やかな作品を制作したという。
今回取材を行なったクミさんのアトリエにも大型の作品があるが、いずれも『ビーチホテル』とはまた違った北欧の情景を想起させるものだ。
「この天井からぶら下がっている作品にはカラタチを使っています。カラタチは大木なので、10cm角くらいに切って脱色し、針金に絡めて成形していて。カラタチの白いトゲが、雪が吹き付けられたトナカイの角っぽく見えるので、そこで北欧らしさを出しました。
長方形の作品は、フィンランドに住んでいた時の近所の生垣をイメージしたものです。冬に葉っぱが落ち、雪が吹きつけて真っ白になった生垣を見てみると、そのなかでたくさん小鳥が暖をとっていました。その様子がかわいらしくて、小鳥をデフォルメして、コチョウランで表現しています」
クミさんの話を聞くと、『ビーチホテル』の舞台のような田舎町でも都会のホテルでも、北欧の人々が自然を見つめる心持ちに、大きな差はないのではないだろうかという気がしてくる。
このドラマはサスペンスミステリーだが、謎が深まるひりつくようなシーンの間にさえ、凪いだ海の様子や北欧の夏特有の白夜の雰囲気が映し出されている。四季折々の自然を慈しみ、共存するように森からささやかなおすそわけをもらい、生活に彩りを与える。そんな眼差しと自然との親密さが作品の細部から滲み出ているのではないだろうか。
「『ビーチホテル』に限らず、ドラマに登場する植物を意識して見てみると、その国の風土や風習がわかってより楽しめると思います。物語が進むにつれ、季節ごとにまた違ったお花を見ることもできると思うので、ぜひ注目してみてくださいね」
見逃してしまいがちなドラマの背景にある植物たち。この記事を読んで『ビーチホテル』を観ることで、北欧の夏や自然のあり方をより色濃く感じながら物語に没入してもらえたらと思う。
※この記事は株式会社cinraが運営するウェブサイトCINRAより全文転載となります。
※CINRA元記事URL:https://fika.cinra.net/article/202310-beach_hotel_kawrkcl
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