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WOWOW『PLAN 75』放送&配信記念 早川千絵監督×安田菜津紀:特別対談――無知・無関心が一番の問題。この映画が少しでも関心を向けるきっかけになれば

 今回のコラムは通常の連載をお休みして、『PLAN 75』('22)で長編映画デビューを果たした早川千絵監督と、フォトジャーナリスト・安田菜津紀さんによる特別対談をお送りします。
 第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、カメラドール特別表彰に輝いた『PLAN 75』。75歳以上の人々が自らの生死を選択できる架空の制度<プラン75>が施行された日本を舞台にした群像劇は、大きな話題となりました。
 『PLAN 75』に衝撃を受けた安田さんが早川監督へさまざまな質問を投げかけ、映画の中で描かれた日本の社会問題について語り合います。

構成・文=よしひろまさみち 撮影=中川容邦

自己責任論や生産性で人を測ることの恐ろしさ

安田菜津紀(以下、安田)「長編版はもちろんですが、長編のもとになったオムニバス映画の『十年 Ten Years Japan』('18)(※3/12(日)後11:15放送)に収められた同名短編も拝見しました。自分がもし<プラン75>を勧めるあの役所に勤めていたら…、または、もうすぐ子どもが生まれる立場で、認知症の母親を介護しているときに<プラン75>を提示されたら…、と1日中、映画のシーンを振り返りながら考えてしまいました」

早川千絵(以下、早川)「ありがとうございます。短編はハッピーエンドとはいえない物語で、こんな世の中になることを望みますか? と問題提起しています。長編ではもう一歩進んで希望の兆しのようなものを描ければと思っていました」

安田「このような制度が施行されてしまうような社会が、本当に来ないと言い切れるのだろうか…と改めて感じました。私の周りでも長編を観た人がとても多く、さまざまな反響がありました。反響の中で特に印象に残っているものはありますか?」

早川「カンヌ国際映画祭で初めて上映した後、フランスのジャーナリストから言われたことですね。『もしこの制度がフランスで立案されたとしたら、ものすごい反対運動が起きる。だけど、この映画の中に出てくる人たちは、それをすんなり受け入れている。それが異様に見えた』と。決まったことには真面目に従う日本人の特性が表われているけれど、それがこのような制度に対してもとなると、非常に異様に見えたようです」

安田「確かに登場人物は皆、とても受動的ですよね。最近、イギリスで教員の給料が安いことに対してストライキが起きましたが、街の反応や子どもたちの反応はいたって素直。『先生たちのお給料を上げるためには大事なこと』と子どもがコメントしているのを見て、日本とは対照的な姿勢だと思いました」

早川「私はこの作品に出てくる人たちがすんなりシステムを受け入れてしまっていることを、あえて分かりやすく描いたんですが、ヨーロッパに限らず、韓国でも社会に不満があったらデモが起きますし、おかしいというときに声を上げるのは当たり前だと思うんです。日本では子どもの頃から先生や親の言うことを聞く、規則やルールを守ることが大切だと教えられるので、国や管理者が決めたことに対してたとえ違和感を抱いても、異を唱えずに従順になってしまう傾向があるのではないかと感じています」

早川千絵監督

安田「この作品の着想のもとになったのは、2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件(※通称やまゆり園事件)だったと以前おっしゃっていました。あの事件が監督に投げかけたことは何だったのでしょうか?」

早川「あの事件が起きる前から、日本社会に浸透している行き過ぎた自己責任論に違和感をもっていました。命の価値を『生産性』で測るような政治家や著名人の発言にも憤りを感じていたんです。そんな時にあの事件が起きてしまった。自己責任論が幅をきかせ、社会的弱者を叩くような社会で、起こるべくして起こった事件と感じました。

さらに、ネット上のリアクションや意見で、犯人を擁護するようなコメントも散見されたんです。それらを見て、ついに一線を越え、恐ろしい状況になっている気がしました。もちろん、ひどい事件だという意見が大多数でしたが、一方で人を傷つける極端な意見でさえも容認する社会に変わってしまうのではないか? そんな危機感を初めて感じた事件でした」

安田「車椅子を使っている私の知人も、これまでの社会が積み上げてきた信頼が、あの事件で一気に崩れてしまい、外に出掛けるたびにものすごい恐怖を感じるようになったと言っていました。あの事件は突発的に何の脈絡もなく起きたのではない、という視点は大事ですよね。あの事件でも犯行に及んだ側は、生産性で人を測るような主張を繰り返していました」

早川「他人に迷惑をかけてはいけないという社会的プレッシャーが強く作用しているように思います。障害の有無にかかわらず、社会全体を覆う抑圧があるのではないかと。それってすごく生きづらいし、助けてと言いたいときに言えない社会になっているなと思ったんですよね」

安田「『PLAN 75』の中でもそういった描写がありますよね。私が印象に残っているのは、市役所職員のヒロム(磯村勇斗)が<プラン75>の相談窓口に使う時間は一件きっちり30分だったり、生活保護の窓口は市役所の勤務時間通り早々に閉まるのに、<プラン75>の相談窓口は24時間オープンしていたり。人の営みって、そんなに単純に区切れるようなものではないはずじゃないですか」

早川「まさにその通りで、効率優先の合理主義が行き過ぎて、人へのリスペクトを欠いた場面です。時間を知らせるアラームも、説明している職員だけでなく、相談相手にもあえて聞こえるようにしているところとか。人の生死に関わることまで効率的に処理しようとするおぞましさを表現したシーンです。しかも、その制度自体を受け入れてしまった登場人物たちには、まったく悪気がない。他人の感情に鈍感になっているんです」

安田「合理的、効率的な市役所に対して、主人公のミチ(倍賞千恵子)の部屋はとても人間的な<生>にあふれていました。小さな部屋の中にちょっとした観葉植物があったり、そこで生きてきたことを感じ取れます。ミチが植物の鉢に切った爪を与えているのは、何かのメタファーなのでしょうか?」

早川「以前、お年寄りの方が『栄養になるから』と言って植木鉢に卵の殻を入れているのがとても印象に残っていまして。爪もカルシウムになるから、と。あれは、『自分の体の一部が植物のためになるならいいかな』とか、『爪も自分もやがては土に返るだろう』という思いがどこかにあるからではないかと、命に対するミチの誠実な態度が表れたシーンです」

安田「ミチの部屋はゆっくりとした<生きる>時間だけれど、一歩外に出たら何でも機械的で冷徹に区切られている時の流れという、対照的な世界観が見えてきますね」

フォトジャーナリスト・安田菜津紀さん(写真左)と早川千絵監督(同右)

外からの視点で日本の社会を見る

安田「短編から長編へ膨らませるに当たって、外国から来た移民労働者のマリア(ステファニー・アリアン)の視点が入りましたね?」

早川「この作品で描く日本の社会で起きていることは、外の視点でどう見えるのだろうと考えたからです。他のキャラクターは日本で生まれ育った人たちですが、マリアだけはフィリピン出身で、客観的にこの社会を見ています。なぜフィリピン出身にしたかというと、フィリピンは家族やコミュニティの絆が強い国だからです。日本在住のフィリピンの方々は、教会を中心としたコミュニティが発達していて、困っている人がいたらとにかく助けるのが当たり前。『踏み込むのは失礼じゃないか』と遠慮がちになる今の日本と対照的ですよね。

また、マリアは登場人物の中で唯一、社会規範に従うよりも自分で意思決定する人間なんです。他の人がどう考えるとか、法律やルールは考えずに、自分の意思で正しいと思ったことを迷いなく行動に移す。こんな社会になっても、自分の考えをしっかり持った人として描いています」

安田「確かに。マリアのシーンはごくごく自然で、故郷から遠く離れた国でも、コミュニティや家族とのつながりを大事にしています。日本側は労働力としか見ていませんが、彼女は機械ではありません。マリアとミチの人間関係は対照的です。例えば、ミチがホテルを解雇されて元同僚の友達に電話するシーンも、時間を気にしてすぐに切ってしまう。長い間、仕事場で一緒に働き、食事を共にしてきた人でも、職場のつながりが切れた瞬間に人間関係も簡単に途切れてしまっていますね」

早川「そうです。まさにそういった対比を描きたかったんです」

安田「最近も、まるで<プラン75>のように、特定の集団を名指しし、『役目を終えたら自主的にいなくなってください』といった発言が拡散されたことがありました。そのような意見を耳にして感じられたことは?」

早川「言葉は、発せられた瞬間、多くの人の目に触れて、人々の意識に潜在的に刷り込まれてしまう怖れがあります。例えるならば、水桶に墨汁を一滴垂らしても、水の色はほとんど変わりません。ですが、それが何度も続くとどんどん水は濁り、最後は黒くなってしまう。言葉に傷つく人、恐怖を抱く人だけでなく、言葉に影響されてしまう人も確実にいます」

安田「言葉が発する影響は二つあると思います。一つはその言葉を向けられた当事者の言葉。映画では高齢者になりますが、無意識のうちに『自分は退場しなければならない存在なんだ』と思ってしまう。もう一つは、それ以外の人たち。『ああいう集団は退場させてもいいんだ』と刷り込みが起きてしまう」

早川「ドナルド・トランプが米国大統領だった時に、アメリカの学校でいじめや差別的な事件があった際に『大統領だってそう言ってるじゃん』と子どもがいうケースがすごく多くなったと聞きました。それに近いことは日本でも起こり得るのではないかと不安に思っています。やはり発言力の強い人が言ったことに人は影響を受けやすいですから」

安田「ところで、早川監督の映画作りの根底にあるのは何でしょう?」

早川「私は社会を良くするために映画を作りたいと思っているわけではないんです。『自分の心が動くものを表現したい』という気持ちが最優先にあるので、少し後ろめたい気もするのですが。『PLAN 75』も、社会問題をモチーフにしているものの、社会へのメッセージのために作ったものではありません。登場人物たちが、それまで無関心だったり知らなかったりした他者に対して、少しでも関心を向けたり想像力を持ったりするようになる、そんな人間の可能性を描いた映画です」

安田「この作品でしたら、市役所のヒロムやコールセンターの瑶子(河合優実)ですね。自分は機械的な社会システムの一部になりきれないんじゃないかという気付きが描かれます」

早川「あの2人の気付きこそ、この作品の世界での小さな希望になるのではと思っています。無自覚にシステムに加担し、仕事だからやっているというスタンスですが、あの仕事は高齢者が去った後、何が起きるか想像していないからできること。それが名前のある個人として高齢者に向き合った時に、自然と人間的な感情が芽生えて、システムに問題があることに気付き、2人は小さな行動を起こします。私たちは、若い人に限らず、『人に迷惑をかけちゃいけない』とか『ルールを守りましょう』とか、そういった教育を受けてきましたよね」

安田「間違えないための教育ですね」

早川「そうです。言われた通りのことを言われた通りにやりなさいと育てられると、大人になってからも、自分の考えで行動したり発言したりするのは難しくなる。だからヒロムや瑶子の行動はささやかなものになってしまうんです」

安田「これまでヒロムと瑶子はある意味、楽だったはず。システムに身を任せていたわけですから。違和感に気付いてしまった2人は、これから苦しみが始まるのだとも思いました」

考え続ける、関心を寄せ続けること

安田「この世の中は、とかく都合よく標的を設定しがちですよね。例えば、異次元の少子化対策と言われても、若い人たちが将来を見通すことができ、安心して子どもを育てられる仕組みかというと、そうは見えてこない。また、高齢者こそ社会の負担だ、とスケープゴート化していくところとか。そんなことを思いながら作品を見てしまいました」

早川「冒頭のシーンはそれですね。本当はきちんと対策をしない政府に問題があるのに、不公平を感じる若い人たちの怒りの矛先が向けられるのが高齢者というのは、ネガティブ・キャンペーンのようにメディアが必要以上に『高齢者が悪い』とあおるからでしょう。でも、問題はそこじゃない。きちんと対策をしない政府に向かうべきなのに、目先の悪者とされる人たちに怒りの矛先を向けてしまう。問題がどんどんすり替えられてしまっているんです」

安田「その点では外国人政策もそうですね。『労働力』は受け入れても移民は受け入れないというのも、人間性を削いで都合だけを考えた仕組み。この作品ではマリアがそれに当たります」

早川「これから移民労働者の方に担ってもらうことがすごく増えてくだろうなってこと、分かっているのにどうしてそこが変わらないんだろうっていうのは思いますね。マリアを描くに当たり、介護職で日本に来ているフィリピンの方を取材しました。彼女たちのように誇りをもって仕事をして人間関係を築いている外国人労働者はたくさんいます。しかし日本は彼らに課す制約がとても厳しい。置き換え可能な機械のような扱いをせず、ひとりの人間として迎え入れるべきなのに。

そういえば、オープニングタイトルの『PLAN 75』のロゴ、75の数字を少しぼかしているんですけど気付かれましたか? いずれそれが65歳以上になったり、障害のある人になったり…と対象者が変更されるかもしれないという可能性を示しています」

安田「それは気付かなかったです…! もう一度拝見して確認したいと思います。今回は特別編ですが、もともと私のコラムは、映画からSDGsを見つける、学ぶがテーマです。早川監督が考える持続可能な社会とはどういうものですか?」

早川「難しいですね。でも、やっぱり無知・無関心というのが一番の問題じゃないかと思います。何かを知ろうとすることは小さなことではありますが、小さな一歩として絶対に必要。私は映画を作っているので、映画を見ることで他者に対する想像力が喚起され、関心のトビラを開けるきっかけになってもらえれば。もちろんそれが問題解決に直結することではないかもしれないんですけど、思考を止めない、考える、関心を寄せる、ということを続ける人が増えることで、少しずつ良い方向に変わっていくんじゃないかと思います」

<早川千絵プロフィール>
1976年東京都生まれ。映画監督。是枝裕和監督が総合監修を務めたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』('18)の一編を監督。その短編から物語を再構築した長編第一作『PLAN 75』('22)は第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品され、新人監督に贈られるカメラドールの特別表彰を受けた。

<安田菜津紀プロフィール>
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)副代表、フォトジャーナリスト。16歳の時、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事』(日本写真企画)『あなたのルーツを教えて下さい』(左右社)『隣人のあなた』(岩波書店)他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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