草彅剛は『ミッドナイトスワン』でさらなる高みへ――自らのオーラを、役への魅力に変換
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草彅剛は『ミッドナイトスワン』でさらなる高みへ――自らのオーラを、役への魅力に変換

マガジン「映画のはなし シネピック」では、映画に造詣の深い書き手による深掘りコラムをお届け。今回は映画ライターのSYOさんが、『ミッドナイトスワン』でトランスジェンダーの主人公を熱演し、第44回日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞を受賞した草彅剛について、その魅力を作品から紐解くコラムをお届けします。

文=SYO @SyoCinema

 2020年に劇場公開された国内の映画の中で、大いに話題を集めた1本。草彅剛が主演を務めた内田英治監督作『ミッドナイトスワン』(’20)が、8月21日(土)にWOWOWで初放送を迎える。封切り時は150劇場だった上映劇場数は、超ロングラン上映を続けるほどのブームとなり、全国271劇場にまで拡大。観客動員は累計約57万8,000人超、興行収入は累計約7億9,590万円を突破した(2021年8月5日時点)。第44回日本アカデミー賞や第23回ウディネ・ファーイースト映画祭で受賞も果たし、オリジナル作品として、新たな扉を開いた日本映画となった。

 本作は、孤独に生きるトランスジェンダーの凪沙(草彅剛)が、母親の愛を知らずに育った少女・一果(服部樹咲)と出会い、愛情に目覚めていくヒューマン・ドラマ。脚本も手掛けた内田監督が長年温めていた独自性の高いストーリーや、渋谷慶一郎によるエモーショナルな音楽もさることながら、やはり多くの観客・視聴者の目に強く焼き付き、心に強く訴えかけるのは、役を全身全霊で生き抜いた草彅剛の名演だろう。製作にGOが出ないままだった脚本が彼のもとに渡ったことも運命的であり、草彅が「やりたい」と快諾したことで一気に企画が動きだしたというエピソードも、感慨深いものがある。

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 では、本作における草彅の「何」がすごいのか? それはやはり、「その役にしか見えない」ところではないだろうか。国民的グループSMAPの活動時期はメンバーとして、そしてもちろんひとりの俳優としても、知らぬ者などいない領域にまで到達していた草彅。役者にとって知名度というのはもろ刃の剣で、人気が高ければ高いほど携わることのできるフィールドは増えるだろうが、その逆も然り。本来役者というものは演じることでその役に「なる」ものであり、個人のイメージがまばゆ過ぎると、“役者”が“役”を超えてしまうのだ。何を演じさせても本人が透けて見えてしまう状態は、必ずしも幸福とはいえない。ましてや草彅ほどの認知度があれば、自身の人気が錘(おもり)となる向きもあろう。

 しかし彼は、その非凡なポテンシャルを発揮し、これまでの出演作で毎度パブリックイメージを雲散霧消させ、スクリーンに、あるいはテレビの画面や舞台上に役を現出させてきた。『黄泉がえり』(’03)、『日本沈没』(’06)、『BALLAD 名もなき恋のうた』(’09)、『任侠ヘルパー』(’12)といった大作映画に絞っても、ヤクザから侍、厚生労働省の役人といった見た目も性格も(あるいは生きた時代も)まったく異なるキャラクターに“肉体”を持たせ、説得力をもたらしている。

 『ホテル ビーナス』(’04)では全編韓国語でのセリフをこなし、『山のあなた 徳市の恋』(’08)では目の見えないキャラクターに挑戦。『まく子』(’19)では寡黙ながら、女性にだらしない主人公の父を淡々と演じ、『台風家族』(’19)では究極のどケチぶりをハイテンションに魅せる(クズで結構~♪と歌いながら珍妙なダンスを披露する姿は爆笑もの!)。

 直近の作品であればNHK大河ドラマ「青天を衝け」での好演も、記憶に新しいところ。観ているこちらは「草彅剛である」と認識しているものの、それは最初だけで、ものの数分で「役」としてしかインプットしなくなる――。自らのオーラを、自らの努力とセンスで役への魅力に変換する。そんな作用を、草彅は起こすことができる。

ただ、彼は自分の能力を誇示しない。『ミッドナイトスワン』のインタビューなどでは、スタッフに感謝を述べつつ、「(服部)樹咲ちゃんが、僕を凪沙にしてくれた」と繰り返し語っていた。そうした姿勢も、草彅が草彅たるゆえんだろう。「トランスジェンダー」という言葉に付きまとうふわっとした(表面的な)鋳型に当てはめることを避け、凪沙というひとりの人間と向き合い、理解した上で「生きよう」とする。

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 私たち自身が他者との関係性の中で自己を確立していくのと同じように、役というのも独りで作るものではない。共演者やスタッフとのセッションの中で肉付けがなされていくものであり、その果てに「生きている」実感が伴うのだ。特に凪沙は一果との交流の中で愛を知るわけで、柔和なスタンスを持つ草彅だからこそ、観る者の涙腺を刺激する「感情の盛り上がり」を生み出せたのだと推察できる。

 白眉といえるのは、凪沙がヘルメットをかぶり、肉体労働を行うシーンだ。それまでのかれんな姿とは180度異なるにもかかわらず、見た目が変わっても役がブレることが一切ない。いわば“魂”のレベルで役へと成り切っているからこそ、成し得た芸当といえるだろう。凪沙が憔悴していく過程も、動きが鈍く・遅くなるのはおろか、まばたきが重そうになるという細やかな部分まで丁寧に魅せ、セリフ以上に雄弁に、たたずまいで物語る。

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 『ミッドナイトスワン』という作品、凪沙というキャラクターは、草彅剛という表現者に出会うのを待っていたのだ――。本作を観るにつけ、そんな想いが込み上げてくる。そしてまた、草彅自身も、この作品を経たことで、新たな可能性を見いだしたのではないか。ひたすらに丁寧に「役を生きる」草彅が、次にどんな人物の生きざまを見せてくれるのか。楽しみに待ち続けていたい。

SYOさんプロフ20210816~

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クレジット:©2020 Midnight Swan Film Partners

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