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『オッペンハイマー』と『関心領域』の真逆といえる「音」へのアプローチを紐解く

映画ライターSYOさんによる連載「 #やさしい映画論 」。SYOさんならではの「優しい」目線で誰が読んでも心地よい「易しい」コラム。今回は、第96回アカデミー賞で注目を集めた『オッペンハイマー』('23)と『関心領域』(’23)それぞれの“音響”の違いやその効果を解説します。

文=SYO @SyoCinema

 2024年も終わりに近づき、映画ファンの皆さまにおかれては「2024年の極私的映画ベスト10」を選出するフェーズに入ってきたのではないだろうか。

 かく言う自分もそのひとりだが、やはりこの2本を抜きには語れない。
オッペンハイマー』と『関心領域』だ。

(左から)『オッペンハイマー』(12月28日(土)午後10:00 WOWOWシネマで放送)
『関心領域』(12月1日(日)午後9:00 WOWOWシネマで放送)

 前者はクリストファー・ノーラン監督が“原爆の父”を描いた作品で、その題材と内容から日本国内でも議論を呼んでいた1本。後者は、ポーランド・アウシュビッツの強制収容所の隣に住んでいたという所長とその家族の生活を淡々と追った衝撃作で、どちらも日本公開時に満席の劇場が続出となったことも記憶に新しい。

 そして両者は共に2024年3月10日に行なわれた第96回アカデミー賞授賞式で複数部門にノミネートされ、『オッペンハイマー』が作品賞、監督賞、主演男優賞ほか最多7部門を受賞、『関心領域』が国際長編映画賞、音響賞を受賞した。

 「戦争」「史実」というキーワードをはじめ、この2本はさまざまな共通項を有しているが、個人的に注目したのは「音」だった。前述のアカデミー賞では、共に音響賞の候補となったライバル関係。
 「音響」というと音の響きが良い映画を表彰するのかな? と思うかもしれないが、もちろんその要素はあるにせよ、個人的には「劇中の“音”のデザイン/設計」と捉えた方がしっくりくる。英語では「Academy Award for Sound Mixing」だが、撮影現場での録音の難易度&技術の高さなどは当然として、映画の中で流れる音をどのように構成するかまでを評価している部門、という認識だ。ちなみに「劇伴」といわれるサウンドトラックは作曲賞、主題歌/挿入歌は歌曲賞に当たる。

 音響賞の過去受賞作には『セッション』(’14)、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(’15)、『ダンケルク』(’17)、『ボヘミアン・ラプソディ』(’18)、『トップガン マーヴェリック』(’22)などが並んでおり、いずれも観賞時の臨場感が桁違いの作品であった。

 そして第96回の音響賞候補は『オッペンハイマー』『関心領域』のほか、『ザ・クリエイター/創造者』(’23)、『マエストロ:その音楽と愛と』(’23)、『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』(’23)の5本。いずれも納得できる選出だが、その中で『オッペンハイマー』と『関心領域』は音響に対するアプローチがまるで逆だ。

 前者は「剛と轟」、対して後者は「柔と静」。
 徹底的に攻め立てる『オッペンハイマー』と、とにかく情報を排除した『関心領域』。それでいてどちらも震えるような仕掛けを施しているのが興味深い(余談だが、自分は『オッペンハイマー』の翌日に『関心領域』を観賞してそのギャップに打ちのめされた)。

 『オッペンハイマー』は、冒頭から音の洪水だ。ノーラン監督自身が『TENET テネット』(’20)のオーケストラ・シーンで表現したように「観客を音で作品世界に引きずり込む」アプローチを好む傾向にあるが、今作ではその特色が強く出ている。それはなぜか。
 これは個人の推測だが――本作は「オッペンハイマー視点」をコンセプトとしている。原爆を投下された広島・長崎の惨状を直接的には映し出さない点が日本国内でも議論の的となったが、そのような内容にした理由は「オッペンハイマーが実際に目にしたものだけで構成する」ことから。
 となれば音響においても「映画全体を“主観”にするために使う」手法になるのは当然で、故に「オッペンハイマーに見えている/聞こえる世界」が観客の頭になだれ込んでくるのではないか。

『オッペンハイマー』

 その上で――だが、原爆開発の実験に成功したシーンでの音の演出も実に効果的。爆炎が上がったシーンをじっくりと見せるが、観客が想起するであろう轟音は鳴り響かず、じっとりとした静寂が続く。その後、音が遅れて鼓膜に到達し、後に待ち受ける悲劇が一気に現実感を帯び始める。

 やがてオッペンハイマーは功績を認められて大喝采の中で講演を行なうが、鼓膜が震えるような音とともに目の前の聴衆が被ばくするイメージが彼を襲い、その後地鳴りのような歓声に包まれてわれに返るシーンが用意されている。いずれも音響が観客の心理に与える影響を、多少の皮肉を込めて仕立てている。

 対して『関心領域』は、主観をどこまでもそぎ落とし、客観に徹している。メインの舞台となる主人公家族の家の至る所にカメラを設置する撮影手法を取ったそうだが、作品全体を見ても“寄り”のショットがほぼ皆無。
 音響においても、「その空間に身を置けば聞こえてくる」環境音の意味合いが強い。ただこれが実にうまい部分で、赤ん坊の泣き声、家事や炊事といった生活音の向こうに、収容所で発生した叫び声や銃声が混ざってくる。  
 家族が庭でくつろぐ光景の奥には、人を燃やしたであろう煙が上がっている。いかにも劇的に演出しないように見せていることが、最大の演出になっているのだ。

『関心領域』

 ただ『関心領域』ではその前に、観る側が不安に感じるような真っ黒の画面がしばらく続き、叫びとも音楽ともつかぬ凶暴な音で映画の世界へ導くという演出が施されている。この意図や目的自体は、ひょっとすれば『オッペンハイマー』と通じるかもしれない。だからこそ、メインのストーリーが始まった際の“違い”がより際立つのだ。

 最終的にアカデミー賞音響賞において軍配が上がったのは『関心領域』だが、『オッペンハイマー』は作曲賞に輝いた強烈な劇伴との棲み分けを含めた多層性も絶妙だ。今後も語り継がれるであろう物語面の完成度はもちろんのこと、緻密に設計された音の強度にも耳を澄ませていただきたい。

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クレジット:
『オッペンハイマー』:© 2023 Universal Studios. All Rights Reserved.
『関心領域』:©Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.

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