来年デビュー50周年を迎える甲斐バンドが敢行した、1985年に開催した「BEATNIK TOUR」のセットリストを再現するプレミアムライブ。ステージで提示された彼らの新たな決意表明とは
撮影:三浦麻旅子
日本のロックシーンの歴史を紐解く上で、その存在抜きには語れないレジェンドがいる。それが甲斐よしひろ率いる甲斐バンドだ。
カルチャーとしてもビジネスとしても未整備であった70年代から80年代半ばの音楽業界。その中で、大いなる野心と反骨心を胸に、彼らは前例無き挑戦に挑み続けた。
無謀と言われながら開催した大規模コンサート。ニューヨーク3部作に代表される極限まで“音”を突き詰めたアルバム制作。甲斐バンドが駆け抜けた日々は、今なお人々の記憶に鮮明に刻まれている。
バンドブーム前夜の1985年。彼らは11枚目のオリジナル・アルバム『ラヴ・マイナス・ゼロ』をリリース。ツアーファイナルでは、両国“新”国技館のこけら落としとして『BEATNIK TOUR in 両国国技館』を開催した。
名実共にナンバーワンバンドとして君臨していた彼らのこの公演は、ひとつの“到達点”とも言えるものだった。
あれから38年。今年7月1日、彼らは当時のセットリストを再現するライブを敢行。会場は開設100周年を迎え、建て替え直前の日比谷野外大音楽堂。特別な場所で、プレミアムな公演が開催された。
開演直前、詰めかけた満場の観衆の熱気が頭上を覆う雨雲を蹴散らしていく。バンドがグルーヴィーなうねりを奏でる中、甲斐がステージに登場する。1曲目は「野獣」。客席の呼応が早くも熱い。続く「ランデヴー」はアルバム『破れたハートを売り物に』収録の疾走感あふれるナンバー。ツインギターの鳴りも抜群だ。甲斐の味わい深いヴォーカルとハーモニカが日比谷の空に舞い上がり、冒頭2曲で38年の時空が繋がっていく。
短いMCの後、ストリート・ロックの名曲「キラー・ストリート」から小林旭のカバー曲「ダイナマイトが150屯」へ。リズム隊が刻む強靭な屋台骨にキーボードのフレーズが重なり、野音が燃え上がる。
ニール・ドーフスマンがミックスを手掛けたことでも知られるダンサブルな「フェアリー(完全犯罪)」を経て、カッティングエッジなギターが印象的な「ボーイッシュ・ガール」へ。彼らの実験的な音作りが後世にもたらしたものはあまりに大きい。改めて痛感する。
田中一郎のヴォーカルとギターソロが光った「悪夢」を経て、抒情的な世界観で描く「ナイト・ウェイブ」へ。ボブ・クリアマウンテンのN.Y.ミックスダウンにより、洗練されたサウンドに酔いしれた記憶がよみがえる。名バラード「荒野をくだって」では、一音たりとも聞き逃すまいと演奏に聴き入る聴衆たち。歌い終わった甲斐に多くの歓声が注がれる。
メンバー紹介を経て披露された「BLUE LETTER」そして「ラヴ・マイナス・ゼロ」も素晴らしかった。甲斐の歌に寄り添うような温かい演奏が心に沁みた。
甲斐バンドは国民的大ヒット曲のイメージもあり、熱いロックンロールのイメージが強いかもしれない。しかし、抜け感の強いバンドアンサンブルもまた彼らの真骨頂だ。強く深く頷く聴き手の姿があちこちで目についた。
一転して場内を横揺れさせる「Try」、高揚感が徐々に高まる「デッド・ライン」、スリリングな「冷血(コールド・ブラッド)」と、アルバム『ラヴ・マイナス・ゼロ』収録曲が続く。彼らの“極み”とも言える作品たちだ。
7枚目のシングル「氷のくちびる」、デビューのきっかけとなった「ポップコーンをほおばって」、甲斐よしひろが持つ漂流者の美学が結実した「翼あるもの」は70年代を代表する楽曲。甲斐が放つ言葉たちが加速し、バンドを引っ張っていく。
ハイライトは「漂泊者(アウトロー)」だった。愛を渇望する切迫した想い。痛い程ヒリヒリした歌が心に突き刺さる。声出しが解禁されたコンサート、誰もが甲斐を追うように「愛をくれよ」と続く。すべての叫びが木魂する荘厳な光景が展開され、本編は終了した。
しばしの余韻後、アンコールに応え黒いシャツ姿で舞台に戻った甲斐は、鮮やかな黄金色を放つ毒草をモチーフに男女のあやを描いた「きんぽうげ」を歌う。
続いて演奏されたのは、いわゆる“ニューヨーク3部作”第一弾アルバム『虜-TORIKO-』に収録された「無法者の愛」「観覧車’82」。サキソフォーンがフィーチャーされた都会的なサウンドが響き渡る。まさにクライマックスへと誘うようなスケールの大きな演奏に全員が酔いしれる。
ステージが暗転し、甲斐よしひろ、松藤英男、田中一郎の3人が前方に立つ。声を合わせて歌い始めたのは「破れたハートを売り物に」だ。発表されてから40年以上演奏され、そしていつしか「約束の歌」ともなったアンセムでコンサートは終了した。
“BEATNIK”を掲げ、常に極限の状況下を妥協なく進んできた甲斐バンド。先陣を切って向かい風に抗い、傷跡すらも勲章として掲げて来た。そして、今回のプレミアム公演で、また新たな決意表明すら伝わって来た気がした。
「老いぼれるなよ、みんな!」ステージで甲斐が叫んだ言葉が、終演後も心の中でリフレインを重ねていた。衝動や渇望を抱えながら転がり続けて来た甲斐バンドは、これからもずっと旅路の途上にある。そう、それはまさしく僕らの人生と同じようにー
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