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ノルウェーに蔓延る、オオカミへの偏見と恐怖。神話から着想を得た北欧サスペンス『オオカミの棲む森』

各種さまざまな映像配信サービスによって、海外ドラマに触れることが多くなった昨今。なかでも注目を集めるのは英米作品ばかりだが、膨大なライブラリのなかで、それ以外の作品を見過ごしてしまうのはもったいない。

まずは、「海外ドラマ=英米ドラマ」という固定観念を解きほぐすための「北欧ドラマ考」として、世界中で愛される北欧作品から、現地で愛される人気作までを幅広く紹介していく。今回はノルウェーを舞台にした北欧サスペンス『オオカミの棲む森』についてお届けする。

テキスト:常川拓也 編集:川浦慧

オオカミの仕業なのか? オオカミの聖域とされるノルウェーの町で起こった、謎めいた殺人事件

 凍てつくような気温、長く暗い日、そして一見穏やかで巨大な自然のなかで、派手なアクションを排して、政治的腐敗や陰謀が絡んだ謎の殺人事件がゆっくりと展開されるノルディック・ノワール。北欧の配信サービス「Viaplay」が提供する6話完結のノルウェー産ドラマ『オオカミの棲む森』もこのジャンルに当てはまる。荒涼とした辺鄙な森を舞台に映し出しながら、かげりを帯びた冷たい色調で、陰鬱で重厚な雰囲気が保証されている。

 生物学者・動物愛護活動家でシングルマザーのエマ・サロモンセンは、自然調査局に勤め、コンピューターでオオカミの移動パターンや生活様式を遠隔分析する仕事を行なっている。ある日、上司のヨー・オースから彼の旧友のオオカミ研究者で、エマの父であるマーリウスが、当局にデータを提供する野外調査員として日々行っていたフィールドワーク(オオカミにタグづけし、その群れの動きを観察・記録し、個体数を管理する作業)を突如やめたことを聞く。不審に思ったエマは、息子レオを連れ立って、都心からスウェーデン国境にある故郷へ車で帰る──『オオカミの棲む森』は、このようにして始まる。

左からエマ、レオ、マーリウス © Viaplay Group. All rights reserved.

 エマの育った人里離れた村には、オオカミの聖域となっている密林がある。そこでは、最近、オオカミが好きで、マーリウスを父のように慕っていたティーンエイジャーのダニエルが行方不明になり、彼はオオカミに殺されてしまったという噂が渦巻いていた。町民たちは、この事件にマーリウスとオオカミが関わっていると疑いの目を向けていたのだ。

 一方、オオカミの生態を熟知するエマは、彼らが大人と同じくらいの身長の少年を襲わないと認識しているため、その可能性を受け入れていなかったが、父・マーリウスの家で血とオオカミの毛のついたダニエルのジャケットを発見してしまう。その直後、自殺と思しきマーリウスの遺体も発見されたことで、事件は一層謎めいていく。

 『オオカミの棲む森』の原題『Fenris』(フェンリス)は、劇中に登場する雄のオオカミの名前であるが、このタイトルは、北欧神話に登場する巨大なオオカミ「フェンリル(Fenrir)」から採られているのだろう。フェンリルは邪神ロキの息子で、その力を恐れた神々から鉄鎖で拘束されるほど警戒される怪物であり、何度も何度も鎖を引きちぎっては抜け出し、最終的には終末の日(ラグナロク)に最高神オーディンを食い殺したとされる。『オオカミの棲む森』は北欧に根づくオオカミの謎や神話に着想を得ながら、ノルウェーに蔓延るオオカミへの偏見と恐怖を物語に織り込んだドラマだと言える。

ノルウェーにおけるオオカミの実態とは? 家畜の捕食や住民の安全など、人間の利害と対立する存在

 本作の監督と脚本を務めるシーメン・アルスヴィクは、「ノルウェーでは、オオカミの議論ほど強い感情を掻き立てるものはない。そこでは理想主義と政治が爆発的に混ざり合っている」と語る。

 200年以上、ノルウェーでのオオカミによる死亡者は0だと報告され、人間への危害の確率は低いにもかかわらず、劇中、小さなコミュニティのあいだで、政治家や警察、地元マスコミも巻き込んで、オオカミへの反対の声は止められないほどにわかに燃え上がっていく。

 赤十字と民間防衛隊が配備され、地域住民たちにはオオカミを射殺すべきだという世論が確実に形成されるが、これは実際の現代のノルウェー社会を反映しているわけである。このドラマは、手持ち撮影で生々しさを与えながら、ダークミステリーの体裁でもってオオカミ論争をテーマとしているのだ(エピソードごとに周囲の人物や謎がほんの少しずつ判明してくるが、毎話エピローグ的に謎を上乗せするツイストが決まって用意されており、それらは視聴者をややしきりに惑わそうとするそぶりが感じられる)。


©Viaplay Group. All rights reserved.

 ノルウェーでは、ほかの動物と異なり、オオカミは、新しく土地に渡来、ないしはふたたび戻って来た未適応な存在として、特殊な位置づけがされた動物である。

 ノルウェーで野生オオカミは、1971年に保護動物に指定された。ワシントン条約(絶滅するおそれのある野生生物を保護する国際条約)でも絶滅危惧種に認められ、1980年代の生存数は少なかったが、1997年頃からその数は増加した。隣国スウェーデン南部にオオカミが流入し、その個体数が増えたことで、ノルウェーへの移動が容易になり、国境沿いに群れが形成されるようになったのだ。

 ヨーロッパの野生動物と自然生息地の保護に関するベルン条約を遵守し、基本的にノルウェーでオオカミを狩ることは違法とされている。しかし、その個体数の管理のため、毎年、一定数のオオカミの射殺を許可しており、2016年には、政府は野生オオカミの68頭の内47頭の合法的な殺処分を承認した(*1)。

 殺処分には、他動物の生態系への脅威として、特に羊農家たちからの継続的な圧力が作用しているという背景がある。牧場の外で無防備に放し飼いしている羊たちがオオカミに襲われていると農家らは主張している。

 実際には2016年に推定10万4500頭の羊が放牧期に姿を消し、このうち約1万7550頭が肉食動物(オオカミのほか、クマ、オオヤマネコ、クズリ、イヌワシ)に殺されたと指摘されているが、オオカミが捕食したとされる羊の数は約1600頭=総数の1.5%程度にすぎない。政府は、オオカミが家畜の羊を捕食し、農家に大きな経済的負担を与えていると判断したのだ。(*2)

 また、ノルウェーでは狩猟が盛んだが、もっとも価値のある狩猟動物ヘラジカをオオカミが襲う(狩猟できるヘラジカの数が減り、得られる利益が減少する)ことも忌避される要因のひとつとなっている。

 農民や猟師、ひいては保守派の議員やメディア、地域社会からの懸念が高まった動きに対して、ノルウェーの動物愛護団体NOAHを中心に大規模な抗議活動が行なわれ、さらに国外の環境保護団体からの批判も集まった結果、殺処分の数は近年、半分以下に減らされた。

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 このようにノルウェーでは、保護派と反対派で激しい意見の衝突が起こっている。オオカミは、家畜の捕食、狩猟の競争、住民の安全(オオカミのテリトリーで暮らすことへの恐れ)など、人間の利害と対立する存在である。いまやオオカミは政治化されてしまっているのだ。このもっとも政治的な動物を巡る論争は、自然と人間、都市と地方、エリートと農民、動物愛護と伝統文化、環境保護と地域安全、理想主義と統一主義とを二分するのである。

 なお、2020年に行われた調査では、ノルウェー人の約8%がオオカミの違法狩猟を支持し、さらに移民に反対し、地球温暖化に懐疑的な立場の者が多い傾向にあったという。あるいは、教育をあまり受けていない人ほどオオカミの違法狩猟を支持することが多く、年齢が上がるにつれて支持率が上がるとも言われる。(*3)

「男性性」が根づいた地域のなかで描かれる、状況を改善しようとする女性たち/母たちの姿

 一方で、本作では、政治的な対立と混乱、家父長制下の支配と陰謀をめぐるパワーゲームのなかで、システムや世論に与せず抵抗する女性たちに焦点を当てる。

 エマは、父親の死に傷つき、近い年頃の子どもが失踪した場所で息子の身を心配しながらも、研究者としての確たる知性と信念に基づいて果敢に行動する、頑固で強い母親 / 女性である。機能不全家庭に育った彼女の生い立ちが時折フラッシュバックで示されるが、個人的葛藤にも苛まれながらも、彼女は真実の探求にほぼひとり突き進んでいく。

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 対照的に、ダニエルがオオカミに殺されたと噂が広まるなかで、彼の母親カティンカは息子の失踪に対して、心配と混乱に押し潰され、激しい苦悩を滲ませる。ドラマは、暗いムードのなかで、カティンカと彼女の息子の無事を約束するエマの交流もほのかに映し出す。

次第に、カティンカも現在のボーイフレンドで息子の継父クヌート・オーヴェがいつも不機嫌で怒りっぽく、ダニエルの安否よりもオオカミを殺すことに向いた態度に拒絶を示すようになる。

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 あるいは、すべてはオオカミの仕業だと考える警察のなかで事件性を疑う女性警官が、不遜で危ない不良少年への取り調べの最中に、更生を静かに訴えかける場面も見逃せない。

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 町では、クヌート・オーヴェをはじめ、オオカミは危険な存在だと銃を持って徘徊する男たちに狩猟熱が高まる。狩猟は男性的な活動であり、それは彼らのあいだで伝統的に継承される男らしさの象徴であろう。それは、不良少年たちが森に肉を置いてオオカミを誘き寄せ、最後まで逃げなかった者が勝ちというデスゲームに興じていることからも伺える。

 オオカミに襲われるかを試す根性試しは、彼らの間で男らしさを測る遊びだろう。そのなかで、状況を改善しようとする女性たちの姿が描かれていると言える。

 平等主義的な女性たちが多いと言える一方で、女性町長はオオカミ根絶派の政策を進めているが、彼女には、成人した息子ふたり──策略的な長男と兄への劣等感を持ったチャイルディッシュな次男──を抱えながら、子どもと町の安全や利益を守るために過剰に防衛しようとする意思が働いているのかもしれない。登場する3人の母親のいずれも夫の存在が不在あるいは機能不全であるのは意図的だろう。

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 「フェンリル」は、オオカミの皮を被った恐怖の象徴である。しかし、ここで邪悪さを体現するのはオオカミではない。羊の皮を被った人間たちである。「生きている地球レポート2020」によると、この50年で世界の野生動物の個体数の68%が減少したという。それは人間と自然の関係が壊れていることを示唆する。

 『オオカミの棲む森』は、ノルウェー固有のタイムリーな社会問題を北欧ノワールの形式に昇華し、誰が壊滅的な影響を与える本当の獣であるのかを問う。それは、願わくば互いに共存できる社会を築くべく、オオカミに対するスティグマを取り除こうと喚起するものである。

(*1)「ノルウェーで歓迎されない野生オオカミ 殺処分で国民や政治家が喧嘩中」(参考元
(*2)「The Return of the Wolf - Carnivores in Norway」(参考元
(*3)「What kind of person supports illegal hunting of Norway’s wolves?」(参考元

※この記事は株式会社cinraが運営するウェブサイトCINRAより全文転載となります。
※CINRA元記事URL:https://fika.cinra.net/article/202301-Viaplay_kwtnk

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クレジット(トップ画像)「北欧サスペンス『オオカミの棲む森』」:©Viaplay Group. All rights reserved.