『あの頃。』に見る松坂桃李の“受け”の魅力

 映画ライターSYOさんによる連載「 #やさしい映画論 」。SYOさんならではの「優しい」目線で誰が読んでも心地よい「易しい」コラム。俳優ファンからコアな映画ファンまでをうなずかせる映画論をお届けしていきます。今回は、松坂桃李がアイドルオタクを熱演した『あの頃。』を中心に彼の魅力を紐解きます。

文=SYO @SyoCinema

 松坂桃李と今泉力哉監督が初タッグを組んだ『あの頃。』(’21)が、2月にWOWOW初放送される。それを記念し、松坂の出演作品も特集放送。『あの頃。』のほか、『ツナグ』(’12)、『エイプリルフールズ』(’15)、『真田十勇士』(’16)、『娼年[R15+指定相当版]』(’18)『居眠り磐音』(’19)、がラインナップされており、松坂の演技と役柄の幅広さが感じられる作品群と言えるだろう。

 2009年の『侍戦隊シンケンジャー 銀幕版 天下分け目の戦』から現在に至るまで、約40本の映画に出演してきた松坂。2021年のコラムでは、松坂の「柔軟さ」をテーマに、『孤狼の血』(’18)を中心にハードな役柄での“攻め”の輝きを紹介した。今回は『あの頃。』を中心に、松坂の “受け”の魅力にフォーカスしていく。

 劔樹人の自伝的コミックエッセイを実写化した本作で松坂が演じたのは、熱狂的なアイドルオタク。日々に疲れ切っていた青年が、松浦亜弥の存在に心を救われ、ハロー!プロジェクトを応援する“推し”仲間と出会い、人生が好転していく。注目いただきたいのは、冒頭、死んだ目でアパートに帰ってきた主人公・劔(松坂)が友人から借りた『♡桃色片想い♡』のDVDを観て号泣し、家を飛び出すや自転車をかっ飛ばしてCDショップに向かうシークエンス。単に笑えるというだけでなく、「分かる!」という共感性や、さらには観る側が応援したくなるような“ほほ笑ましさ”に満ちているのだ。ここに、松坂の恐るべき“引力”が集約されている。

 映画が始まってすぐに描かれるこの場面、画面に映っているのはほぼ松坂一人。モノローグや説明ゼリフもなく、観客はまだほとんど主人公の情報を持っていない状態だ。にもかかわらずほほ笑ましさを感じてしまうのは、松坂が画面の中で放つ親しみやすさが、群を抜いているからであろう。松坂桃李という役者は、とかく人を好きにならせる才に秀でている。その後も、劔は握手会で緊張しまくったり、仲間とふざけ合ったり、割としょうもないことを全力でやっているだけなのだが、観ているだけで頬が緩む。

 そして重要なのは、劇中で松坂が見せるのは、決して派手な演技ではないということ。あくまで淡々とリアリスティックに、少しだけおかしみを混ぜることで人間らしさが付加され、共感性へとつながっていく。「この人と友達になりたい」というような感覚を自然と抱かせるような、ファニーな味付けになっているのだ。

 いわゆるコメディ演技にもいろいろなパターンがあり、松坂も『風俗行ったら人生変わったwww』(’13)などではガチガチに作ったキャラ演技を披露しているが、『あの頃。』はまた別物。本作で松坂が任されたのは、どちらかといえばすべてを包み込むような“受け”の役割だ。作品の中心にいて、仲野太賀、山中崇、若葉竜也、芹澤興人、コカドケンタロウ(ロッチ)といった個性豊かな面々が投げてくるさまざまな球種をすべてさばき切る主人公。高度な対応力を要するポジションだが、松坂はあくまで自然体を崩さずに、やり遂げてしまう。

 共演相手から良い芝居を引き出し、観客を引き付ける松坂桃李の“引力”。ドラマ「ゆとりですがなにか」(’16~’17)や「あのときキスしておけば」(’21)、「今ここにある危機とぼくの好感度について」(’21)といった作品でも見せてきた「周囲に振り回されるように見せつつ、自分も輝く」ポジショニングは、彼の得意技だ。

 ここまではコメディ・タッチの作品を中心に紹介してきたが、“性”をテーマにした『娼年』でも構造は同じ。男娼に扮した本作では、さまざまな人々の他者にはなかなか言えない性癖を受け止め、安らぎを提供する役割を担っている。真剣だが、どこかおかしみも漂う人のさがが奇異なものではなくリスペクトをもって成立しているのは、すべてを肯定してくれる松坂の存在あってこそといえるだろう。

 ほかにも、音楽映画『蜜蜂と遠雷』(’19)では、華々しい天才にはなれないが、審査員の心をもつかむ努力の人を好演。松坂の落ち着いた演技が、演奏者と観客における潤滑油となっていた。医療映画『いのちの停車場』(’21)では、物語に動きをもたらす役割を丁寧にこなしつつ、人の生死に立ち会い、感情をかき乱される若者を熱演。各方面から激賞された『空白』(’21)においては、心が壊れていくスーパーの店長を見事に演じ切った。周囲からの圧を受けてボロボロになり、自暴自棄になっていく――。松坂の“受け”の演技が作品のテンションやトーンに直結する、テクニカルな到達点と言えるかもしれない。

 2022年には、『怒り』(’16)の李相日監督作『流浪の月』が公開予定。広瀬すず、横浜流星と共演する本作で、松坂はどんな“受け”を見せてくれるのだろうか。

SYOさんプロフ20220116~

▼SYOさんコラム「柔軟にして、変幻自在。俳優、松坂桃李は「柔らかさ」で人々を魅了する」はこちら

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