何気ない日常からゾンビ映画まで 鬼才ジム・ジャームッシュの美学

マガジン「映画のはなし シネピック」では、映画に造詣の深い書き手による深掘りコラムをお届け。今回は、1980年代から活躍し続けている鬼才ジム・ジャームッシュによる最新作『デッド・ドント・ダイ』の放送に合わせて、彼のこれまでの作品に注目。映画や音楽をメインに文筆家として活躍する、長谷川町蔵さんにコラムを寄せていただきました。

文=長谷川町蔵 @machizo3000

静かでドライで物悲しい。でもどこかコミカル。

 第37回カンヌ国際映画祭でカメラ・ドール(新人監督賞)を獲得した『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(’84)を引っさげてジム・ジャームッシュがシーンに登場したとき、こうした彼の作風は、時代のムードをこれ以上ないくらい反映した表現に思えたものだ。それは僕個人に限ったことではない。あの時代、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のポスターをベッド・ルームの壁に飾った文化系男子&女子は数えきれないほどいたはずだから。

 アメリカのインディー映画のポスターを壁に飾るなんて、当時を知らない人からすればマニアックな行為に思えるかもしれない。でもそれがありがちに思えるくらい日本におけるジャームッシュ人気は高かった。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』で主人公が“東京物語”という名の競走馬の馬券を買おうとするシーンに明らかなように、独特の「間」が小津安二郎ら日本の映画作家から影響を受けたものだからなのかもしれない。

 こうした日本との縁もあってか、『ミステリー・トレイン』(’89)には永瀬正敏工藤夕貴がロカビリー好きのカップル役で登場。「ファー・フロム・ヨコハマ」と題されたエピソードでは主人公を務め、泊まったメンフィスのホテルの部屋で夜更けに銃声を聞く。続く2つのエピソードでは別の俳優が主人公を務め、銃声の原因が明かされていく。

 本作を筆頭に、ジャームッシュは文学でいう「連作短編」を映画のフォーマットで描く稀有な映画監督でもある。『ナイト・オン・ザ・プラネット』(’91)では、若き日のウィノナ・ライダーがまぶしいロサンゼルス編を皮切りにニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキの5箇所を舞台に、タクシードライバーと乗客のやりとりが描かれる。『コーヒー&シガレッツ』(’03)に至っては、その名の通りコーヒーと煙草をテーマにした11編もの短編が綴られるのだ。

 そんな連作短編の名手が、本腰を入れて長編に挑んだのが、西部劇仕立ての『デッドマン』(’95)だった。主演は既にスターだったジョニー・デップ。しかし彼扮する主人公はヒーローどころか、冒頭シーンで瀕死の重傷を負ってしまい徐々に弱っていくだけ。しかも撮影はモノクロである。だが決して奇をてらっているわけではなく、静謐なトーンが観客に深い余韻を残す作品だ。

 長らく商業主義とは一線を画したキャリアを貫いてきたジャームッシュだったが、ビル・マーレイが老プレイボーイを好演した『ブロークン・フラワーズ』(’05)によって、商業的にも成功。『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(’13)ではティルダ・スウィントントム・ヒドルストン『パターソン』(’16)ではアダム・ドライヴァーが主演を務めるなど、今やスター俳優が出演を熱望する映画作家として尊敬を集めている。

 そんな鬼才の最新作『デッド・ドント・ダイ』(’19)は、ゾンビ映画のフォーマットを拝借しながら前述のマーレイ、スウィントン、ドライヴァー、そして長年の友人であるトム・ウェイツ、イギー・ポップ、RZAといったミュージシャンたちが一堂に会したオールスター映画だ。

 一見ポップコーン片手に楽しめるお気楽なパーティ・ムービーに見えながら、ワン&オンリーの作風は健在。何よりゾンビに支配された郊外の荒涼とした光景は、撮影後にやってきた新型コロナウイルスによるロックダウン下の世界を思い出さずにいられない。そう、ジャームッシュの映画はいつだって時代のムードを呼び込む吸引力に満ちているのだ。

長谷川町蔵さんプロフ20210410~